ゴーストには"人間の死"の概念が理解できない。
ただなんとなく、「すべてが消える」ということだけは分かっていた。
なので、ゴーストのイタズラに業を煮やしていた目の前の老人も、やがては全てを消してしまうのだろう。
一度もゴーストに振るわれることはなかった乾涸びて皺がれた手も、イタズラを咎めて恫喝した声も、眼差しの強いつり上がった目も、ぜんぶ残らないのだ。
勿体ない。
偏屈で、怒りんぼうで、だけど付き合いのいい老人は、ゴーストにとって最高のからかいの対象だった。
そんな老人がいなくなってしまえば、退屈になってしまう。またこんないい人間を見つけるのには時間がかかるだろう。好みがある。対象は誰でもいいわけじゃない。あなたがいいのだ
「………おい……どうしたんだ……そんな顔をして……」
ベッドに横たわって、小さな声で老人はゴーストに問いかける。
弱々しく伸ばされた手に擦り寄ろうと試みたが、いつものように人間の手はゴーストのカラダを通り抜けるだけだった。触れられない。人間と、幽霊とでは。
「……泣いてるのか……?」
わからない。何故ゴーストは自分が泣かなければならないのかが分からない。
確かにこの人間がいなくなってしまうのはショックだが、先述の通り、時間はかかるだろうが新しい人間を見つければいい。幽霊であるゴーストには時間はある。じかんは、
「………イタズラ小僧だったお前さんが泣いてくれるのなら、俺も独りではなかったのだな」
『…………』
なぜ人間は触れられないものに手を伸ばすのか。
そしてどうして、自分はそれに応えようとしているのか。
「…ああ俺も、死ねばゴーストになれたらよかったのになぁ」
(ぼくも人間になりたかった。そうすれば、最期にあなたが伸ばした手に触れてあげられたのに)
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