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エンブリオン


※色々と設定におかしい箇所があります。


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誰も「彼女自身」を欲したりはしなかったが、エンブリオン全体には「彼女」が必要だった。

アサインメンツの戦闘員たちが放ったボウガンの矢を腹に受けた男は、息も絶え絶えになりながら「ナマエ」と自分のことを 少々目尻の上がった強い眼差しで見下ろす女の名前を呼んだ。呼ばれた女は「何」短く応えつつ、ハンドキャノンから空薬莢を落として弾を補充する。早く続きの言葉を口にしろと、暗に言っているようだった。男は虫の息である。医療班の女も「ナマエ、彼はもう」と男の生命が瀕していることを知らせた。「おれはしねばどうなりますか」男は訊いた。そんなことを問われても、ナマエは上手く答えられない。何せ未だ死んだことがなかった。なので「知らない」と伝えた。男は短く、そうですか、そう言ってもう息をしなかった。医療班に死体を運ばせる。ああまた一人いなくなってしまった、きっとサーフがまた"暗い顔"をする。

「ナマエ」
「報告よりも、アサインメンツの増援の数が多い。数が多いと、あいつらはとても面倒。撤退する。これからエンブリオンに帰還するとゲイルに伝えて」
「ナマエはどうする」
「追っ手を撃退しつつ後を追う」
「一人で大丈夫か」
「多分だいじょうぶ」

死体という荷物を抱えていないだけ、まだナマエの方が身軽に動ける。なのでこれは当然の作戦だ。エンブリオンのトライブ内では下っ端のリーダー的存在ではあるが、ナマエは決して弱いわけではない。ハンドキャノンを仕舞い、背負っていたスナイパーライフルを構える。「行って」医療班は行動を開始した。エンブリオンが向かって来ない、後退していると気付いたアサインメンツ達は、ハーリーを中心に案の定追撃行動を取ってきた。
ナマエは岩の陰を選びながら移動し、一人、また一人とアサインメンツの構成員たちに銃口を狙いつけ撃ち抜いて行く。弾は人間に当たったり当たらなかったりしたが、アサインメンツの行動を制限するには充分だった。目的は果せた。マントを翻し、先行した部隊の後を追う。

空からは"雨"が降ってきた。
この"雨"と言うものは、ニルヴァーナに存在している何者かが戯れに地上に向かって「水」を降らせてるのだとナマエは思っている。


※※※


「ただいまサーフ」
「おかえりナマエ」


やはりサーフは"暗い顔"をして、雨の影響で帰還が遅れたナマエを出迎えた。エンブリオンのリーダーでありながら仲間思いでもあるサーフには男の死が悼ましいのだろう。ナマエには理解できなかった。元よりナマエは"下っ端"だ。少数名の人数を率いているだけの自分と、その自分たちを含めた大勢の人間たちを率いるリーダーのサーフとでは…上手く言い表せないが「違う」のだろう。
一先ず、作戦室にいるゲイルに戦果報告を上げるべく、リーダーにご同行を願う。サーフは頷いただけ。途中、アルジラと擦れ違った。「おかえりなさい」サーフにしたのと同じように言葉を返す。「帰還が遅れたと聞いたけど、どうしたの」どこか怪我でもしたなら医療班に言うべきよ。 アルジラの言葉にナマエは「だいじょうぶ」と返した。「だいじょうぶ」便利な言葉だ。これを口にすれば、大体の者は納得をするか了解するかして会話を終わらせられる。無用な会話は好ましくない。


「戻ったよ、ゲイル」
「そのようだな。 では、報告を」

参謀に伝えるための要点はここに来るまでに既に脳内で纏めてある。一言一句無駄なく、そして淀みなく伝えればゲイルは「ご苦労」とだけ言ってすぐにまた考え事を始めた。彼の思考回路の邪魔になる行動も好ましくない。早々に退出し、自室に戻るか、戻る前に一度大カルマに立ち寄るか、どうするか、そう考えているとヒートと出くわした。「おう」撤退して戻って来たんだってな。 何故かは分からないが、ナマエはあまりヒートと顔を合わせたくなかった。

「撤退 何かいけないこと?」
「別に 必要的措置だったんだろ?」
「そう でも、今の言い方に棘がある気がした」
「ナマエ お前の考えすぎだ。他意なんかない」
「…ごめんなさい 勘繰りすぎた」
「いや」

ぎくしゃくとした二人の間に、サーフが加わった。「作戦室前で何をしてる?中に入らないのか」と訊ねてきた。どうやら、ゲイルはもう次の作戦行動を立案したらしい。サーフやヒート等を呼んで会議を開くつもりなのだろう。ヒートは「分かった。今行く」と言って中に入って行った。「じゃあ私は失礼します」立ち去ろうとしたナマエに、サーフが「ナマエ」と声をかける。

「?」
「ナマエもそろそろ、作戦会議に参加してもいいんじゃないか?」
「…なぜ」
「なぜって、ナマエも一リーダーとして皆を率いている。君が参加することに、誰も異論はない」

ナマエは暫く沈黙した。黙考し、そしていつもと変わりない表情で言う。

「…私は 下っ端ですから」

それは暗に、この立ち位置のままでいたいと言っているようだった。
しかしそれは決してサーフの思いを踏みにじるようなものではなく。

「下がいないと、上は生まれない。私はここから、サーフを支えていきます」

 それでは駄目でしょうか。

サーフの灰色の眼が、ナマエの灰色の眼を見つめ返す。そして緩く頷いた。

「――大丈夫だ」


よかった。きっとまた、次の作戦時にもエンブリオンの為に頑張れる気がする。何よりも、"何よりもの者たち"の為に。





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