熱が出た。
連日の度重なる貢献活動が原因なのはアクセサリからの報告を聞かずとも明白である。
敵性アブダクターが出現する廃プラント地帯では最近、頻繁に雨が降るようになった。視界の悪化や敵勢力の気配を感知するのが遅くなる他にも、雨は悪影響を及ぼしたらしい。
昨日のボランティアから帰還してすぐ、濡れた支給服を着替えることもせずに寝てしまったことも原因の一つだろう。
アクセサリからの『体温の低下が見られます。衣服の変更をおすすめいたします』アドバイスも夢見心地の中へと消えて行ったのだった。その進言を睡魔に負けずに聞き入れていれば、おそらく本日も健康体を維持できていたかもしれない。
だからだろうか、
アクセサリの様子が、少し不機嫌そうに見えるのは。
『………』
「…ゴホッ、……あー…風邪薬なんてのは貰え、」
『咎人への栄養剤、及びワクチンの支給は許可されておりません』
「…だよな」
簡易寝台の上に寝転んでいるだけの状態で、本当に容態が良くなれるのだろうか。
幸いなことに、管理局からの通達もなければ、仲間たちからの協力要請も入っていない。ナマエ自らがボランティア申請をしない限りは、有限の休息が取れるだろう。
それにアクセサリも、ナマエが起床した直後に『簡易スキャン完了。バイタルに異常有り。――ナマエ、風邪を引きましたね』と言い当てた以外には、発熱状態だろうと関係ない貢献活動に勤しめ、と言って来ることもなく、『早急に横になるのがいいでしょう』とだけ言って来ただけだった。
「…俺の今の体温、どれくらい?」
『………簡易スキャン完了。 38.5分です、ナマエ』
「うわ、結構高ぇ……」
どうりでさっきから頭がガンガン痛むはずだ。喉からこみ上げてくるような咳も止まらない。熱に魘されているような感覚はないのがマシか。
シーツなんて支給されていないので、着の身のまま、ナマエは自分の腕で己の身体を抱きしめるようにして丸まっていた。
そんなナマエの様子を戸の前に立って見つめていたアクセサリの脳内回線に、一本の連絡が入電した。
『ナマエ 咎人マティアス・“レオ”・ブルーノより連絡がありました。 "今日はガソリンに来てないみてぇだけどどうかしたのか?"――以上です』
「あー……マティアスー…」
『返信内容は、いかがいたしますか?』
「んーー……今日はちょっと独房で寝るからってだけ伝えといてくれ…」
『了解しました』
姿を見せないから心配してくれた仲間の存在に、ナマエはうっかり泣きそうになった。風邪の時は心細くなるものだと、何かの資料に載っていたのを前に見かけたことがあるが、まさにその通りだと思う。ナマエは出てきた鼻水を啜った。本格的に寒気が襲ってきたのだ。
『………』
マティアスへの返報を完了したアクセサリは、再度ナマエの様子を窺った。文字通り、目に見えて、ナマエのバイタル値は低下している。
『…………ナマエ』
「なん……ってうわっ!? え、近、え、え?お前らってドアの前から動いてもいいんだ!?」
『ナマエ、今の貴方には可及的速やかに休息が必要です』
「え?お、おう」
『6……いえ、7時間と25分12秒の仮眠を摂ることを推奨します』
「……つまり?」
『"さっさと寝ろ" と言うことです』
以前、貢献場所に行くまでの護送車の中で、自由な時間を利用し、戯れにアクセサリに教えていた台詞を使用するとは。
そんなアクセサリの姿を見て、ナマエは気分が軽くなったような気がした。咳も出て来ない。
「…そこまで言うんなら、お言葉に甘えようかな」
『次の貢献活動での支障を減らす為です』
「そーだな。じゃあ寝させてもらうか。時間が来たら起こしてくれるんだろ?」
『はい。お任せください』
「いつもながら、俺のアクセサリは頼もしいことで。……じゃあさ」
寝返りを打ち、アクセサリが立っている方向へと身体を向けた。
アクセサリはキョトンとした表情でナマエを見下ろしており、『なにか?』と意図を訊ねて来る。
「…子守唄とか、歌える?」
――昔、遠い遠い昔。 赤子だったナマエを胸に抱いていた女性が歌ってくれたような子守唄を
『……それは、できません』
「…だよな、知ってる」
困らせてしまった。そんなつもりじゃなかった。ただ少し、感傷的になっていたせいで出ただけの言葉だから。
「……おやすみ、アクセサリ」
『――はい、ナマエ』
戸惑うように、躊躇いがちに、冷たい、金属質な手のひらが、そっとナマエの頭を撫でてきた。
"平時における咎人との接触は禁止されている"
アクセサリの脳内回線に、警告を示すエラー音が鳴り響いた。
それを そっと目を閉じることでやり過ごす。
なんてことはない痛みである。
優しいこの人に、温もりを与えてあげることも、安らぎを与える歌を歌うことも出来ない アクセサリ(自分)には、これぐらいのことしか許されないのだから。
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