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ヘルメス@


今日の最後の配達が終わった。辺りはすっかり真っ暗で街道には月の光だけが差していた。

昔は平気だったが、どうも最近夜の寒さが堪えるようになった。
今年で50歳、まだ現役として一線で配達を任されているのも、勤めている郵便局の圧倒的な職員の少なさのせいだ。何せ現場を踏んだことのない新米職員(20)と、受付業務ならお任せのおばば(46)しかいない。
どうなってんだまったく。小さな町とは言え、町の大きさに合わせて郵便局まで小さく収める必要も無いだろうに。


来年度からはあと一人くらい配達業務を任せられる奴を雇って貰わないと、いつか自分の身体の方が先に音を上げてしまう。

先月女房に「もうこんな生活には耐えららません」と言って出て行かれたから自宅に帰っても晩飯を作ってくれる人も風呂を沸かしてくれている人もいない。

夜風が目に沁みて何だか涙が出て来やがった。


「畜生……、ん?なんだ?」


ふと目をやった街道の脇の草むらに、月の光を反射して輝くものが。
まさか硬貨でも落ちてんのか? 近付いてみるとそれは両手でようやっと持ち上げられるくらい大きな金色の卵だった。


「こんなに大きな卵は見た事ねぇな!こんだけありゃあ巨大なオムレツが作れ……あ!?」


なんだなんだ!?卵が急に割れ出したぞ!
「おい待て待ちやがれ!今割れたら黄身も白身も全部落ちちまうだろうが!」
だが卵はビキビキと音を立てながら手の内で割れて行く。
そして中からは一際眩しい光が放ち出した。「うおっ!?」思わずそれを手から放す。ドサリ、と。凡そ卵が落ちて発するような音ではない音がした。例えるなら人が倒れた時のような…


『あっ…イタタタ……急に取り落とすとか酷いですね…』

「…はぁ!?お、男!?」


「いや天使か!?」
驚きのあまり、つい口から出て来た言葉に目の前の草むらに尻をついて倒れていた男は『おや、なかなか甘美な響き。言葉のチョイスが素晴らしいマスターですね』とご満悦そうな返事が返って来た。


「て、テメェは何モンだ!?けったいなモン生えてやがるが…」

『お初お目にかかりますれば、マスター 私は商業神ヘルメスと申します。人間が生きていく上で重要な人としての営み…消費、生産、発展を司る神様!なのです!』

「……」

『神様!なのです!』


わざわざ二回言って来やがった。なんだこのチャラチャラした軟派っぽい男は。気でも触れてんだろうか。


だが男は自分のことを神様と言った。そうは見えないが…足元から生えている大きな天使のような羽と、それの力か、ふわりと空中に浮いている様子や人間らしくない整った顔つきはまあ確かに"神様"のようにも思える。


「だがそれが俺に対して何になるってんだ…」

『何になるでは御座いませんよマスター!私はこう見えて優秀なモンスターなれば!冒険者たるマスターの旅路に必ずや大きな光を齎すこと間違いなし!です!』

「冒険者?何言ってやがる、俺は郵便局員だぞ」

『さあ参りましょうマスター!いざ冒険の旅…に……って、郵便局員!?』

「おう。勤続二十五年だ」

『ああ何と謹直な…ではなく!え、え?本当に郵便局員なのですか?冒険者ではなくて?私のマスターとなるお方ですのに?』

「そのマスターってぇのがよく分かんねぇが、お前さんの言う冒険者じゃねぇことは確かだな。悪りぃが他を当たるなり何なり…」

『い、いいえ!そう言うわけには行きませんのです!』


このヘルペスだかエルメスだか言う神様のせいで帰宅時間が大分食われている。だから早く帰りたいってのに、この神様はまだ俺に何かあるのか泣きそうな顔で俺の勤務服の裾を掴んで来た


『私の卵を割ったお方が冒険者ではなかったのもまた運命!たとえ町の郵便局員さんであろうとも、お付き合いするのが私の役目です!』

「…ほお、お付き合いと言ったか」

『ええ!このヘルメス、立場で人間を推し量るような行いは致さない主義なので!』

「ならお前さん、明日からうちの郵便局の配達員やってくれ」

『ええ、配達員でも何でもや……はい!?』

「便利そうな羽持ってんじゃねぇか。浮いて移動も出来んなら配達もひとっ飛びなんだろう?」

『え、ちょ、あの、マスター?私、一応神様なので配達員なんてのはちょっとですね…』

「そうかい。じゃあな」

『ああああ!酷いです酷いですマスター!そんな事言わないでください!やります!手紙でも何でも配達お手伝いしますから去ろうとしないでくださいぃぃ!』











なんて事がありました。懐かしい思い出ですね。あの時のマスターのサディスティックな対応は思い返すだけでも胸が高鳴るようです。ああ言え、失言でしたねお忘れください。何だかんだとは言いましたが、今では私もそれなりに楽しく配達員をやらせて頂いています。他の皆さんも私が神様であることなんて気にしないように気軽に接してくれますし……いえ少しは神様として接して欲しいですが…マスターも口は悪いですが心はとてもお優しい方なのです。ヘルメスは今日も元気です



「おら何ボサボサしてんだヘルメス!!俺は南東地区行って来るから次、東西地区の配達行って来い!」

『は、はい!』

「あと今日は午後から雨が降るみてぇだから降って来たらこの傘使えよ。じゃあ行って来る」


ああマスター!そんなところがたまりません!



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