滝壺へと流れ落ちる水の勢いは分断されても衰えることはなく、樹木と一体化し大きく首を擡げ咆哮したグレガリゴンの胴体下を轟々と唸り続けている。
フィオナの森。
数多の自然文明が息をする緑深き地にて、グレガリゴンは目覚めた。
グレガリゴンは自身の封印が解かれたことに気付いている。
四肢を拘束していた感覚はもう無い。
何故己が自由となり得たのか。その理由を知っているであろう存在に、グレガリゴンは厳かに問いかける。
『何故だ、ナマエ』
緑神龍の低い問いかけに、足元に立つ少女はぴくりとも身体を震わせない。
未踏の地に足を踏み入れるだけの度胸は備わっている巫女の娘。
そこはグレガリゴンが気に入っていた部分ではあるが、今ばかりは素直な反応を返して欲しかった。
グレガリゴンは、この娘が憂えている顔を見たくはなかったのだ。
「…森の者たちは皆、怯えております」
僅かにスノー・フェアリーの血を引くナマエの色鮮やかな眼が、怯えるように眇められる。
巫女である彼女の護衛を担うビーストフォークの面々にも同様の表情が浮かべられている。
グレガリゴンが永らく封印されていた間に、森は随分と他文明からの侵攻を受けていたようだ。
同じアースドラゴン達の思念を読み取り、緑神龍はグルルと地を這うようなような唸り声を上げた。
『…マナが枯渇しておるな』
「! なら、私のマナをどうかお使いください」
『違う。わしではなくそなたのだナマエよ。森を護って傷でも負ったか』
ナマエは否定しなかった。
巫女として守護命を担う者としては当然のことであると思っているらしい、そんなところばかり変わらない。この娘は、昔から。
『…どうれ、わしも動くとしよう』
「! それではグレガリゴン様…!」
『ああ。老いぼれ龍に何処まで抗えるかは分からぬが、小さなそなたぐらいならばまだわしにも護れるだろう』
「…っ!」
嗚呼そうだ。その顔が見たかったのだ、ナマエ。
緑神龍は大気を震わせる咆哮を上げ、勢い良く滝壺から飛び出した。
大地と一体化していた緑神龍の身体から繋がっていた根がぶちりぶちりと千切れて行き、グレガリゴンと言う支えを失った木々は落下して行く。
翼を広げ飛び立つグレガリゴンをナマエは眩しそうに見上げ、見送った。
幼い頃からずっとそうだった。
囚われの龍はとても優しく、いつも自分より小さな者達のことを気にかける。
ナマエは自分がスノー・フェアリーの血を少し引いていて良かったと思っている。でなければ巫女の力も、緑神龍と心を通わせる能力も、持ててはいなかっただろうから。
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