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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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ラス




茹だるような暑さとは、正にこの環境のことを指すに違いない。息継ぎの際に吐いた息でさえ熱によって蒸発しそうだ。ナバタ砂漠。文献、噂、体験談などで聞き及んではいたが、よもやこれ程のものであるとは、さしものナマエも予期してはいなかった。

1年前はキアラン公女であり恩人であり親友とも呼べる間柄のリンの下で、そして現在はフェレ侯爵家の息子、エリウッドの指揮下で"軍師"を勤めているナマエは、根っからのインドアタイプだった。
過酷な戦争の中で周りの足を引っ張らない程度にはつけている体力や運動神経も、身の内から全てを燃やそうとしてくる砂漠地帯の暑さの前には雀の涙のようなものに等しい。
数冊の戦術書に携帯用飲水、日保ちする携帯食と各大陸の詳細な地図数枚しかない少数の荷物でも、ずしんと重く感じる。雨着であり就寝時のシーツ代わりでもあるローブマントは、燦々と照りつける日差しからは何も守ってくれてはいない。
ウーゼル公の提案が正しいものであれば、そろそろ目的の場所、人物が見つかっても良さそうなものではあるが、と逸る心は期待を抱いてしまう。しかし無情にも、砂、骨、砂、以外のものを前方に見出すことは出来ない。落胆ものだ。少し前を歩いていたニルス、ヘクトル、リンたちが騒いでいるような声が聞こえて来た。どうやら暑さでへばるニルスを見かねたヘクトルが担いでやっているようだ。羨ましい…ではなく、よくやるものだ。ヘクトルやオズインなんて、重装備もいいところなのにあの体力。さすがはと言わざるをえない。その傍らで笑っているリンに関しても、涼やかでさえある。体力、何は無くともやはりこれが人間の、基礎体力の違いなのだ。

だがナマエもへばっているばかりではいられない。軍師として他の仲間たちの様子に注意しておかなくては。
天馬隊、飛竜隊は空からの偵察に向かっている。目立たないように、陽に焼けぬように、騎乗生物たちにも厚手のマントを羽織らせてある。何か少しでも良いから嬉しい報告を持ち帰ってくださいと念じておいた。
魔法使いやシスターたちはそれぞれ元気なものだ。あのセーラでさえ文句一つ言わずに砂漠を歩いているのだから、やはり精霊の加護は絶大なものであるらしい。似た格好をした軍師は何一つとして恩恵を受けてはいないと言うのに、へこたれているナマエを尻目にぐんぐん歩いて行ってしまう。
一番心配だったニニアン、ニルス姉弟はそれぞれエリウッド、ヘクトル、リンと面倒を看てもらえているようなのでこれは一先ず安心だ。
哀れなのはやはり、歩兵よりも騎兵のみんなのこと。砂に足を取られ思うように進めずにいる馬を慮りながらの進行は難しい。暑さに参ってしまったセインを背中に乗せた馬は暑さと重みで可哀想なぐらい発汗している。その馬の手綱を持ち、自分の馬と合わせ二頭の馬を牽引するケントが最も哀れかもしれない。


「………」


いけない、眩暈がしてきた。
【生きた伝説】を目にする前に、目の前の光景がブラックアウトするやも知れない。
大事になり皆に迷惑をかける前に、輸送隊のところへ行ってマリナスの馬車に乗せてもらおうかしら。いや、それは駄目だと気付く。砂漠横断の前準備として軍全体分の食糧や武器を大量に積み込んである。休養の為に休めるスペースはない。あるとすれば、一度野営をするしかないが、まだ行軍の足を止めるには予定の距離に達していなかった。侮っていた自分がいけないのだとナマエは自己嫌悪に陥る。 もう少し、粘れるかと思ったんだ。 改めて己の貧弱さを痛感する。リンに、そしてエリウッドに護ってもらわなければ満足に戦場を進むことも出来ないひ弱な自分は、人外の土地にさえも阻まれるのか。


「………ナマエ」
「…… ……」
「…おい ナマエ」
「… ラス、さん」


明らかに歩みが遅くなったせいで、いつの間にか後続の騎馬隊に追いつかれたらしい。ちょうどラスの前を歩いていたせいもあり、背後から馬の手綱を引いていたラスに声掛けされる。


「…あ ごめんなさい、私のせいで、後ろがつっかえてしまいますね」
「………いや そんなことより… 大丈夫か」


ついに心配をされてしまった。しかもあの、ラスに。大丈夫ですよと空元気を見せてもきっと見破られることだろう。ここは素直に…、「お気遣いありがとうございます。平気ですよ」…やはり言えなかった。見栄っ張りな性格ではない筈だが、弱さを見せるのはどうも憚られてしまう。


「………平気、か」
「…はい」
「……お前がそう言うのであれば、そうなんだろうな」
「…ラスさんも平気そうじゃないですか」
「俺は色々な場所を旅していた。だから、この暑さにもまだ耐えられる」


一旦を言葉を止めたラスが、じっとナマエを見つめる。無言の威圧感がひしひしと感じられ、一体何を言われるのだろうかと 隣を歩きながら次の言葉を待ってみる。 それは否定の言葉だった。


「だがお前は耐えているようには見えん」
「え… …」
「今にも倒れ掛かろうとしているようだ。 …無理にとは言わないが、こいつの背中に乗ればいい。運んでやる」


愛馬の背に乗るよう促すラスの眼には、ナマエの勘違いでなければ「本気の心配」が見えた気がした。
言葉少ない彼だが、きっと全て見透かしている後なのだろう。ここで、折角の申し出を断る理由はもうなくなった。それに言うように、もうすでにナマエの体力は限界を迎えていた。あと小一時間ほど歩いて目的の場所につかなければ野営を設立しよう、なんて考えながら


「…じゃあ、すいません。お願いします」
「ああ」


馬の鞍を掴んで自力で上がろうとすると、「…何をしてる」のラスの声と共に、脇の下から担ぎ上げられる。
いとも容易く軽々と馬の背に乗せられ一瞬状況判断が出来なかったと言うナマエの失態を知る由もないラスは、ナマエを楽にさせるという目的が達されたことにより、隣に立ち、些か満足げな表情を浮かべていた。




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