MAIN | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
安倍晴明


朝が来た。
「起きなさぁーい!」と戸の向こうから叫ぶ初穂の声でそれを実感する。
身動ぎしつつも、朝の冷気から逃げるように布団を肩まで手繰り寄せると、今度は身体の上に微重な重みが伸し掛かる。天狐だ。
「きゅぃっ」
どうやら「武」の領域への散歩から戻って来ていたらしい。寝台の下には天狐が取って来た殺生石や瘴気茸、鍬形にねじれた根などがいくつか転がっている。今回も充分な量を確保してきてくれたようだ。
「ありがとう、天弧」
良いことをしたのだから頭を撫でて褒めてあげよう。そう思い、温かい布団の中から手を出して天狐の頭上へと動かそうとしたところへ、天弧とは違う、別の存在が間に割って入って来た。


「……晴明殿 何故あなたを撫でなければならないのでしょうか」
『勿論、私も貴女に撫でてもらいたいので』


あからさまに天狐が非難の声を上げた。そう言いたくなる顔も分かる。
突然割り込んできた光の精神体の正体は、ミタマの安倍晴明殿だ。軽薄な方ではないのだが、時たま可笑しな行動を取るところがある。ミタマである彼の身体に普通の人間は触れることは出来ないため、頭を撫でたと言ってもただ彼の頭を手が通り抜けただけ。それだけだと言うのに、晴明殿は『ナマエに撫でて頂けましたよ、嬉しいですね』と彼の肩の上で丸くなっている狐に報告している。
天狐共々、こちらの狐も大概興味が無さそうではあるが。


「…本当に晴明殿は私をからかいになるのがお好きですねぇ」
『ええ、好きですよ。貴女は我々の大切な"ムスヒの君"ですから』
「意味がよく分からないのですが…」
『じきに分かりますよ。 ほら、そろそろ寝台から起きて顔を洗うべきでは? 外で愛らしい女子がお待ちですよ』
「あっ初穂!!」


そこでようやく初穂の存在を思い出した。初穂も「もうナマエ!いつまで寝てるの!起きてらっしゃい!」とお姉さん節全開な口調で、今にも家の戸を開け放たんばかりの勢いだ。


「待って初穂!今行くか…」
「きゅっ!」
「えっ、天狐?なに、」
「きゅ、きゅっ!」


撫でろ、と言いたいらしい。しきりに頭と尾を振ってそれを主張してくる。そう言えば結局晴明殿だけを撫でて、本来の功労者を撫でていなかった。慌ててしゃがみ込み、「ありがとう天狐。またよろしくね」と優しく労えば、満足してくれたらしく天狐はくるりと一回転すると煙と共に姿を消した。また早速散歩に出かけたみたいだ。



『晴明殿 貴殿もそろそろ戻られよ』
『これは頼光殿 漸くお顔を見せになりましたね。先ほどから私とナマエの様子を窺っていらしたのにえらく登場が遅いのでは…』
『余計な事は言われずともよい!』

晴明殿も晴明殿で、同じくミタマの存在である源頼光殿によって戻って行った。
去り際には、『ナマエ、今日もまた私の陰陽道の力をお見せいたしましょう』と、私の頭に手先で触れて行かれた。



「お待たせ、初穂」
「もうっ遅い!何やってたの?」
「…ミタマたちに絡まれてた?」
「またぁ?」


仲良いわよね、ナマエのところのミタマたちって。
初穂の言った言葉に、「そうかな?」と首を傾げる。あれは、仲が良いと言う表現の戯れにしても、いいのだろうか。




prev / next