「んるっりっ子っさーん!!ご飯くーださい、ご飯!」
今朝の妖怪アパートはいつもより1.5倍賑やかな朝だった。朝食を貰おうと詩人と一緒に食堂へ来てみれば、このアパートに越して来てから初めて見る男の姿がある。
朝日と同じくらい眩しい金髪は襟足長く、薄い縦縞模様の入った紺色スーツ姿の男はテーブルに肘をつき、厨房の奥にいたるり子さんを大声で呼んでいた。
「誰ですか?」と隣にいた詩人に俺が訊くよりも早く、詩人はその男に声をかけていた。やはりと言うかこの人もアパートの住人だったらしい。
「ヤ、ナマエクン 今日は早起きサンだねぇ」
「おっこんちゃっす一色さん。寝てたんすけどね、余りの腹ヘリに耐え切れず起きて来たんですよ」
「まぁたスーツのままで寝てたのかい?洗濯係の子に怒られるんじゃな〜い?」
「ま、平気っすよ。たぶん」
詩人と金髪は朗らかに会話をしているけど、金髪は厨房から目を放さないまま会話に応えていた。トントン、トンとリズミカルに机を指で叩きながら食事が出てくるのを待っている。
「誰すか?」
「夕士クンはそう言えばまだ会ったことなかったね。でもいつもアパートにいるのはいるんだけどね、ナマエクン」
「ん?――あー、そう言や妖怪たちが何か話してたっけ。お前?新規入居者の高校生って」
「あ、はい!」
机に凭れていた金髪はそこで漸く俺と詩人の方に体を向けてきた。「ふーん」と興味なさそうな目がジロジロと俺の身体を品定めするように上下する。なんか、居心地悪い…!
ちっとも自己紹介をしてくれない金髪に代わって詩人が「彼はねぇ、ナマエクンだよ。ホストをやってるから日中はあんまり起きて来ないんだよね」と紹介してくれた。
ホスト、と聞かされると確かにそれらしい外見をしているなと合点が行く。紹介されたホスト――改めナマエさんは、「どーも」とぶっきら棒に頭を下げた。俺が言うことじゃないけど多分、どう接したらいいか分からないからぞんざいに挨拶をしたんだろうと思う。此方も同じく、いや少し丁寧に「よろしくお願いします」と言った。
「お もしかして夕士君って、良いヤツ?その年の男子高校生にしては素直そうじゃん。俺がそんくらいの頃なんてバカ丸出しだったのに」
「アハハ それは今もじゃないのナマエクン」
「一色さんひでェー!」
ナハハと笑っているこのナマエさんの姿が素の彼なんだろう。今年で23になると教えてくれたが、実年齢より少し若く見える笑顔だった。
そして3人で他愛のない話をしていると、厨房にいたるり子さん(の手)がオズオズと近くに寄ってきた。ちょんちょん、と背を向けていたナマエさんを呼ぶように肩を叩く。
「るり子さん!!」と言って振り返ったホストは今までの比じゃないくらいの笑顔だ。
「うおおおおおい!今日も美味そうな飯ありがとございますー!!」
るり子さんの手を丸ごとすっぽり抱きしめてしまいそうな勢いで掴んでいる。
掴まれている指をモジモジと動かしながら、るり子さんは照れているように見えた。
詩人と俺の前にも運ばれてきた今日もおいしそうな和食メニューの料理を頂きながら、隣のテーブルでるり子さんに逐一「この茄子のおひたし最高!」「納豆と油揚げの味噌汁なんだこれ神だろ!」「柚子の利いた焼き鮭クソうめー!」と感想を伝えながら食べているホストのことをもう少し詩人に訊ねてみることにした。
「いっつも食べる時あんな感じなんですか?」
「ん? あー、ナマエクン? そうだよ。ずーっとあんな感じだヨ」
「秋音ちゃんもそうですけど、ナマエさんも相当るり子さんの料理好きなんすね」
そう思っていたのだが、詩人は違う違う。と手を振った。
「ナマエクンはるりるりが作る料理も好きだけど、るりるり本人のことはその100倍好きなんだよネ」
「……は? え、それって」
「そう、ラブ!だよ!ラブ!」
「え、ええ!?」
まさかナマエさんも妖怪ですか!?と叫べば、隣のテーブルで料理と料理人に夢中になっていたホストが「いきなりなんだよ夕士君!?」と驚いてきた。
俺は人間ですけど!って伝えられた言葉に更に頭を悩ませられる。
「え、え?ナマエさんって、ホストなんですよね?」
「"ホストに貢いでるようなバカな女より、どんなに夜遅く帰っても食事を作ってくれる優しいるり子さんの方が500倍素敵んぐ"とは本人の弁だヨ」
なんだよ、すてきんぐって!
俺が言ってもホストはどこ吹く風だ。「仕方ないだろ好きになっちゃったんだから」んねー?るり子さーん!と話を振って彼女をモジモジとさせている。その「るり子さん激かわいー!!!」と叫んでいる様子を見て、
「…ハハハ、ま、まあ もう多少のことじゃ動じなくなってきた自分が嫌だ…」
「さすが夕士クン!若い子はほんと適応力あるよね〜! 大丈夫!ナマエクンはちょっとおバカさんでアレだけど、基本的にるりるりが絡まないこと以外は真っ当な"人間"だから!」
「…え?じゃあ、るり子さんが絡んだことに関してはどうなるんすか?」
「んー、そうだねまあ……彼の広い裏人脈を駆使されて夜道に気をつけるハメになるぐらいかなぁ?」
「裏人脈!?」
「ホストって怖い職業だよねぇ」
アハハ 呑気に笑う詩人に言葉を失くした。
そして隣からは、「幸せで腹も満腹になったことだし、俺もう寝るねるり子さん!ありがとう愛してる!」と手の甲にキスを落として上機嫌なホストの明るい声が聞こえてきたのだ。
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