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「#幼馴染」のBL小説を読む
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源頼光


モノノフ総本山からここ、ウタカタの里へと遣わされてからと言うもの、
その暮らしは、鬼の脅威と向かい合っている昨今の中ではなかなかに快適だった。
ナマエが暮らしていたアズマよりもウタカタには心地の良い"静けさ"がある。
人が鬱々として暗いことの静かさではなく、
どこか穏やかで 健気な希望を持ち合わせているような、そんな長閑な空気がこの里には流れている。


ナマエの自宅として用意された家屋の背中に大きなご神木が立っていることも澄んだ空気の理由の一つであろう。

我が家に住まう天狐も、日々楽しげで何よりである。

ナマエが任務で出かけている時は、この天狐はどのようにして日々を過ごしているのだろう。案外、気ままに外に出かけ、女衆やああ見えて心根の優しいたたらから食べ物を貰って悠々自適にしているのかも知れない。この前は木綿が作った和菓子を貰い、頬張っている姿を見た。天狐とは総じて愛くるしい生き物だが、我が家に住む天狐は その愛くるしさを武器として存分に発揮しているような気がしてならないのだ。


『其の考えは当たらずも遠からずと言う可きだ、ナマエよ』
「頼光殿」


囲炉裏の側に腰を下ろし、きゅうきゅうと鳴きながら丸まって昼寝を楽しんでいる天狐を眺めていたナマエの背後から、精神の奥底から響いて来るような声がした。
今ナマエが宿しているミタマの"源頼光"だ。

樒ほど頻繁ではないが、ナマエが宿しているミタマ達も時折こうして宿主であるナマエに世間話とも行かぬ戯れごとを話し聞かせて来ることがあった。
過去の英雄たちは鬼に食われていた時間からの反動によったのか、自分たちの偉業や伝説、自慢話を話すのが専らだ。
しかし今回はそのどれもは当てはまらないらしく、戯れに話を振った源頼光は淡く光る発光体の姿のままでナマエの意識に呼びかける。


「当たらずも遠からずとはどう言う意味ですか?」
『其処な天狐は其のような打算を持ち合わせてはおらぬだろうと言う事だ』
「言い切りましたね。何か根拠がお有りで?」


そもそもミタマである彼が天狐のことについて触れて来るのは珍しい。
一種の思念体として常時ナマエに憑いている彼らにとっても同居狐である天狐は見ない存在感と言うわけではないが、英霊である彼が『天狐』と呼んでいることは何やら面白かった。


『理由が要るか?』
「別に、どちらでも」
『天狐なる生き物が愛らしいと言った話は、常盤御前や清少納言殿たちと語るが良い』
「頼光殿、もしやお暇でした?」
『其のような事は断じて無い』


恐らく図星だったのでは、と思う。
早口に伝えた源頼光殿はナマエの意識から奥へと引っ込んで行ってしまった。こちらが喚ぶまで彼は自らは応えはしないだろう。

任務の招集もなく、手持ち無沙汰に天狐を眺めていたナマエのことを 見兼ねてくれたのかも知れない。自身が話し相手になろうとしてくれた訳ではなく、言うなら、ただ"ちょっかい"をかけた程度のことなのだ。

源頼光殿とは別に、今度は石川五右衛門がミタマとして飛び出してくる。存外、自由な霊たちだ。


『源頼光はやけにお前さんと気が合っているような感じだな?』
「そうですか? それはきっと、一番最初に私が出会ったミタマだからではないですかね?」
『そうなのか?ほぉ〜う』


にやにやと笑われている。しかし気にすることはない。何故なら事実しか述べていないし、事実は事実としてそれ以外のものに揺らぎはしないのだから。


ウタカタの里に来て、本当に良い"戦友"たちに恵まれた。
総本山から命令を受けた時に感じた一抹の不安は、とうの昔に思い出せなくなっているのだから。


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