「なぁ鳴上 さっきの授業のノート、写させてくんねぇ?」
「? ナマエ、写してなかったのか?」
「あー…寝てた」
「あれ…でもちゃんと座ってたんじゃ…?」
「直立不動の姿勢で寝てたから おっサーンキュー」
前の席のクラスメートが昼休みの身支度を整えていた鳴上に手を合わせて来た。
下手に出て物を頼んでくる姿勢は好ましい。自業自得だから、と付き返してやる程でもなかった。
鳴上の手からノートを受け取ったナマエは、軽やかにお礼を言ってまた自分の席に向かう。ノートのページを捲り、ガチャガチャと筆箱からシャーペンを取り出しているナマエの背中をじっと見つめながら、鳴上は先ほど渡した自分のノートの字が、果たして綺麗に書けていたかどうかが心配になった。見難くは無いとは思うが、それでも心配だ
「ナマエ、ノート読めるか?」
「ん? 全然大丈夫だって!むしろ綺麗すぎだろお前これー 花村とか里中とかがお前頼りにするの分かる気ぃすっよ」
「…そうかな」
ちらりと振り返って見せた笑顔に安心する。 そうと決まれば早速昼飯にするか、と作ってきていた弁当を鞄から取り出した。
風呂敷に包んであっても漂ってくる弁当の匂いに、再度ナマエがグルリと向き直ってくる
「いい匂い!!」
「あ…そ、そうかな?」
「もしかして、噂に聞く鳴上お手製弁当?」
「噂…? 俺が作ったけど…」
「へー! なに、なにっ メニューはなんだよ! ちょっと待て当てる!あー…………チンジャオロースだろ!!!」
「え、すごい 当たりだ」
「どーだっ見ろ!!」
へへん! 誇らしげに胸を張ったナマエに見せるように、風呂敷を解いて蓋を開ける。
宣言どおり真ん中にはチンジャオロースが敷き詰められ、彩りよくなるよう計算された配置で野菜やご飯やらが弁当箱に綺麗に収まっている。それを見たナマエは「お、お、おぉー…!」と感嘆の声を上げた
「うんまそぉ! え、鳴上凄すぎねぇ?」
「そうかな…里中たちは何でも美味いって食べるから、よく分かんないんだけど…」
「ん?それはつまり、俺が味見して感想述べてやらないといけないパターンか? いや参ったなー」
「いや、そこまでは言ってな…」
「食っていいか?」
一緒に入れていた箸箱から箸を取り、もう「イタダキマス」の態勢のナマエに苦笑する。どうせ今日は、誰と昼ごはんを食べるかの約束をしていなかったし、まあ相手がナマエならいいだろう。「どうぞ」と促せば、元気のいい返事が返って来た。ナマエの口の中に放り込まれていくオカズを見送っていると、ナマエは目をキラキラさせてきていた
「うめー!!!なんだこれ愛屋より美味いぞ!?」
「それは言いすぎだ」
「いやそんくらい美味いって! なぁ、もう一口食っていい?」
「俺の分も残しといてくれよ?」
「無くなったら俺が買ってきた食堂のパンやっから!」
「えー…」
ん、と渡されたメロンパンを受け取りながら、鳴上は勢いの止まらないナマエの姿を見る。見る見る内に弁当の中身がなくなっていく。 まあ、いいか。 そう思うことにした。あまり話したことのなかった他のクラスメートとこうして交流が出来ているのだから。
「ごっそうさん!あー美味かったー」
「お粗末様」
「いやぁ…こんな美味い飯久しぶりに食ったぞ。毎日パン食だった俺の食生活ってなんなんだろうか…」
「……あ、ナマエ 弁当はいいんだけど、ノートは写さないのか?」
「…そーだったわ! じゃ、まじありがとうな鳴上!」
あ、そうだこれもやる! そう言ったナマエが財布から取り出したのは沖奈市にある映画のチケットだった。
「抽選で当てたんだけどさー、誰も見に行ってくれる奴いなかったから困ってたんだ。鳴上なら交友関係広そうだし、誘える奴もいっぱいいるだろ?」
だからやるよ。 チケットに書かれているのは、あまり視聴人口が多そうではない社会ドキュメンタリー映画 意外に映画の好みが渋いんだなナマエ…と考え、ならば、とチケットを差し出した
「じゃあ、一緒に行かないか ナマエ」
「………あ、マジで? そういう選択肢お前にあったの」
「駄目か?」
「いや、俺としては行ってくれんなら大歓迎だけどさ いいわけ?」
ナマエは遠慮気味だ。と言うより困惑しているのかもしれない。
花村とか里中とか天城とか、謎の後輩ズと一緒に過ごすのかと思ってたんだけど?
「俺、行くよ。社会ドキュメンタリーなんて、面白そうだ」
「だろ!?鳴上もやっぱそう言うの興味あるタイプの奴だったか!だよなだよな!夢溢れるファンタジーやSFもいいけどさ、やっぱ世の中の酸いも甘いも教えてくれるドキュメントこそが昨今の人間が見るべき映画なんだよ!じゃあさ、今週の日曜一緒に行かね!?」
「ああ」
「やりぃ! なんだよ鳴上、お前話してみるとめちゃくちゃイイ奴じゃんか!俺、お前んこと好きになったわ!」
「あ、ありがとう…」
じゃあメアドも交換しとこうぜ、また連絡するから!
赤外線で送られてきたナマエのメールアドレスを電話帳に登録する。
新たに連なったクラスメートの名前に、ぼんやりとした光が、薄く重なっていくのが見えた。
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