・男主が痛くて酷い目に遭っている
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「ほらおいでタガミ〜」
「……」
「遠慮するなって〜俺の腕も膝もお前のために開けてるんだぞ〜」
「……」
「照れてるのか? 来ないならこっちから行くからな〜」
「……ニャア」
「!!! あ、あ、す、擦り寄っ……!!っっかっわいいーー!!!!」
「ウルセェ!!」
ナマエの後頭部を襲った強い衝撃。背後から襲われた事で出血は前へと勢いよく噴出された。
あわや腕の中にいた猫に降りかかろうとしたが、猫は反射的に飛びずさっており既に部屋の隅へと退散していた。お陰でナマエの血は部屋の床をべっとりと汚していた。
問題はここが肋角の執務室であり、当事者であるナマエも、そして加害者である田噛も掃除が大嫌いなところだった。
「何するんだ田噛。見ろ、猫ちゃんが怖がっただろうが」
「何、じゃねぇ。俺の名前を猫につけんな。キモイ」
「誤解するな。"田噛"じゃない、"タガミ"だ。イントネーションが違う。あとカタカナでタガミだから」
「どうでもいい。ウゼェ。キモイ。死ね」
「あだだだだださっきから何で俺の頭殴っ……あーお前!それこの間、災藤さんが買って来てたミニチュアランプ!!」
華美ではないが、シンプルな装飾が施され仄かな光を放っているミニチュアアンティークランプは先日ショッピングに出かけていた災藤が嬉々として買って来ていたものだ。
土台の部分を持ってナマエを殴りつけていた田噛のせいで、カバー部分から大きく破損しており電球部分も割れていた。破片はナマエの後頭部に今も突き刺さっている。
「どうするんだお前これ!」
「手近にあったのとテメェが悪い」
「あああヤバイぞこれ猛烈にヤバイ状況だぞ」
ナマエと田噛は肋角に呼ばれてここにいた。大方、次の任務の話だろうが、肋角が上に呼ばれて少し席を外している。それが戻って来てみたら床は血で汚れてるは、ランプが壊れ破片が散っているはと知れば大目玉は避けようがない。
「いくら気持ち悪かったって、ボコ殴りにすることはないだろ!」
「……考えてもみろナマエ 俺があの猫に"ナマエ"なんて名前つけて呼んでたらどう思う?キモイだろが、普通に。そもそも何で俺の名前なんだ。ミケとかタマとかポチでいいだろ」
「ミケとかポチが良いならタガミでもいいじゃないか」
「良くねぇ。やめろ」
心底嫌そうな顔した田噛はジロリとナマエを睨め上げた。
ナマエが、あの名前のない猫を"タガミ"と呼んだのに特に理由はない。ただ暇だったことと、前々から触って見たかったことと、単に適切な呼び名が思い浮かばず、この文字列が呼びやすかったところと、何だか田噛は猫みたいだと前々から思っていたからかもしれない。
だがもしもこの部屋に、平腹や木舌や斬島らがいたとしても名前をつけなかった筈だった。何故ならあいつらは四文字だから。
「……"サエキ"でも良かったな」
「……あ?」
「あの猫の名前、サエキでもいいよな。呼び易いし、サエキなら呼んでても佐疫怒らなそうだし」
本当に、何となく口から出た言葉だった。
"佐疫でもいい" "呼び易いし"
特に深い理由もない。しかし。
「…イ゛ッ!!痛ェェエエ゛ーー!!!!」
割れていたナマエの脳天に、田噛は遠慮なしにランプをぶっ刺した。
さしもの獄卒と言えど、激痛が体全体、そして脳に及びナマエは悶絶しながら床に倒れこんだ。血溜まりが更に広く床へと広がる。
「な、な、に、す、す、」
痛みで唇が痙攣する。そんなナマエの姿を見下ろしながら、田噛は先程よりも更に不機嫌さ丸出しの表情で
「死ね」
そう言った田噛は軍帽を深く被り直し、目元を覆い隠して執務室のソファの上へと身を投げ出した。
上層部からの呼び出しがようやく終わり部屋へと戻って来た肋角が見た光景は、それは意味不明なものだっただろう。
大きな肋角の怒声は、食堂にまで及んだ。
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