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「#幼馴染」のBL小説を読む
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お湯で流す


こんな店さっさと潰れてしまえばいいんだ と、ナマエナマエは常日頃から思っている。


東京都、四軒茶屋の最寄り駅から徒歩1分 薄暗さを感じさせる路地裏の、ボロボロアパートに生まれ、去年亡くなった祖父が経営していた街の銭湯の切り盛りを 勝手に任された。
バイト三昧で定職に就かずフラフラとした生活を送っていたところに、パチンコ屋へ行こうとしていた父親から「じーさんのやってた仕事、お前やれよ」と世間話のついでのように言い渡されたのだ。
そこから暫くは大喧嘩。やりたくないと主張する俺と、廃業するには土地やら何やらが勿体無い、またご近所さんとの折り合いや兼ね合いやらがあるから辞めるに辞められないという家族。

結局、毎日の陰鬱とした空気に耐え切れなくなった俺が承諾して現在。
俺のことを赤ん坊の頃から知っているお年寄りがメインの客層なせいで、番台に座っているだけで「ご苦労様だねぇナマエくん」「じいさんよりもがんばんなよ」と声をかけられ、飴玉を置いて行かれる。黒糖飴は食べられない。


東京に生まれたって、皆がみんな碌な仕事に就けるわけではない。

しかし寂れた銭湯経営も真っ当な職とは言えないが、最近のテレビやニュースを見るような「悪事」、「裏金取引」などの怪しいことをやらされるよりかはマシなんだろう。
だがそれとは別に、俺は銭湯なんて仕事で生涯を終えるなど真っ平ごめんだ。さっさとつぶれろ。


来客が途絶えたタイミングを見はかり、保冷ケースに商品用の牛乳瓶を補充し、貸し出し用のシャンプーやリンスの封を切ったところで、立てかけていた時計のアラームが鳴った。外のランドリーに預けていたタオルの洗濯が終わった合図だ。


「……でねぇ、この間うちの主人の同僚が事故にあって……」
「まぁ怖い。それってあれでしょう?最近流行ってる暴走……」
「あらナマエちゃん!」

番台を離れようとしたところへ、ちょうど女湯の方から出てきたおばさん二人連れと出くわす。昔、保育園の園長と教職員をやっていた二人で、そのせいで今でも名前にちゃん付けで呼ばれる。


「今日も良いお湯だったわよ」
「ほんとねぇ。タイルだっていつもピカピカだし、脱衣場も塵一つないし」
「嫌々言いながらなんだかんだ熱心にやる子よね、あなたは昔から」
「………はぁ。ありがとうございました」
「もう〜あとは愛想よね、愛想」
「いい?客商売なんだから、常に口角を上に上げるよう意識して……」


長い。
「はぁ、はい。はい」と適当に相槌を打ち、外に出てランドリーの前で何とかお見送りに成功する。猫背も治すように言われた。将来的に骨盤が歪んだりどうたら、らしい。


「…………ハァ」

乾燥機の中からタオルを掴み、無造作に籠に投げ入れる。
隣の機械はまだグルグルと回っていた。



「……あの」

「……ん?」


背後から声をかけられ振り返る。
そこに立っていたのは、ハネた黒髪に黒縁眼鏡の男子高校生。春先に近所の喫茶店に引越してきた子だ。挨拶回りの時にえらく礼儀正しい少年だと思った記憶がある。


「こんにちは。ご利用ですか?」
「はい」
「ちょっと待ってて」


タオルいっぱいの籠を抱える。「よいしょ」と声を出したら「手伝いましょうか?」と訊かれた。まさか客にやらせるような仕事ではない。


「じゃあこれいつものロッカー鍵と、タオルね」
「ありがとうございます」

礼を言った少年が男湯の方へと向かって行く。肩から下げたカバンの中が妙にモゾモゾと何かが動いているように見えるのもいつもの事だが、指摘するのも面倒なのでスルーだ。







レジの金の計算と掃除を一通り終えたところで、設置している古臭いテレビから『今日のハイライトニュースです』と言うアナウンサーの声が聞こえて来た。

『連日のように発生しております廃人化や精神暴走に関する見解につきまして、政府は――……』

毎日報道をするが、全く進展が見られていないニュースだ。頬杖をつきながらぼんやりとそのニュースを目で追っていると、いつの間にか男湯の入り口に眼鏡の少年が立っていた。暖簾を潜った気配すら気付かなかった。


「…………」


ジッと、ニュースに見入っているようだ。次に、アナウンサーが『続きまして、いま世間を騒がせている怪盗団に関するニュースです――……』そう言って台本をめくると、少年の口元が僅かに上がるのが見えた。


「………怪盗団、好き?」

「 え?」


止せばよかっただろうか。けどつい訊ねてしまった。
案の定、キョトンとされてしまう。恥ずかしい。


「いや、なんか今、怪盗団の名前を聞いたら 君、笑った気がして」


そう指摘すると、少年は自分の口元を手で覆ってしばらく考え事をしていたが、ふるふると首を横に振り、「そんなんじゃないです」と答えた。


「あ、そうなんだ? でも怪盗団って今えらく巷で人気だろ?うちの客にもファンを公言してる人がいるんだ」
「…………」
「俺のネット仲間なんかも連日のように掲示板に張り付いてるみたいだし……えっと、なんだっけ、怪チャン? 賑わってるらしくて毎日スレで殴り合ってるらしいよ」

どうして客にこんなことまで言っているんだろう。止せばいいのに、止せばいいのに。

「あなたは、どうですか?」
「 え、俺?」

そう思っていると、少年から質問が飛んで来た。

「怪盗団のこと」
「うー、ん…? まあ、奇怪な連中だなぁとは思うけど…。でもどうせ、俺には一生関わりないことだろうし」

率直な意見で返すと、少年は「そうですか」と言った。


「ありがとうございました。今日のお湯も気持ちよかったです」
「……そりゃよかった」
「また来ます」


少年は会釈をして店を出て行く。その後姿を見送っていると、少年の肩から提げられたカバンの中に入っていた"何か"と、目が合ったような気がした。


気のせいか、それは「ニャア」と鳴いた。





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