MAIN | ナノ
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
エルヴィンの勝利を兄のような男が祝うだけ


どうしても妹というものが欲しかった俺は当時、近所に住んでいた7歳下の女の子に
「お兄ちゃんって呼んでくれていいよ」と半ば冗談、半分本気で提案した。

同年代の子どもに比べると比較的クールで大人びていた彼女はきっと一笑に付すだろうと予測していたのだが、そんな俺の考えとは裏腹に次に聞こえてきた言葉が

「了解した、ナマエお兄ちゃん」

というものだったのだ。
驚きと共に、なんとも得も言えぬ楽しさを感じていたことも嘘ではない。


そして幼かった彼女も、今では16歳 大洗市が保有する巨大な学園艦の上に建つ「県立大洗女子学園」に通う立派な女子高生。そして。





「"アンツィオ高校に勝利。次はプラウダ高校戦。現在は対策を立てる為に自宅にて仲間と共に待機中。"…………おお凄いぞ里子ちゃん!順調に勝ち進んでる!」


今しがた俺の携帯宛に送信されてきたメールの内容を見ながら、腕に抱えていたペットのミケ――ポメラニアンだ――に向かって微笑みかける。ミケはふんふんと鼻を鳴らしながら、メール画面上で動く「キラキラ絵文字」を追っていた。


「ナマエ! 休みで暇してるんだったらちょっとスーパー行ってき――……」


「母さん! 里子ちゃんのいる高校がまた勝ち進んだみたいなんだ!」
「  あら、松本さん家の娘さんがまた? へぇ〜そう!」


同じく、彼女の小さい頃をよく知る母さんに報告をすれば、俺と似た顔が喜色に包まれる。
お使いを言いつけようとしていたらしき財布が握られた手を叩いて、「母さんはね、あの子は戦車道をやれば必ず結果を残せる子だと思ってたのよ」と、今回で通算三度目となる言葉を口にした。昔、戦車道を一時期やっていたことがある母さんらしいが、果たしてそんな期待を昔から抱いてたのかは怪しいところだ。


「このまま行けば、里子ちゃんのいる高校が本当に優勝できそうだな」
「本当よねぇ。松本さん家の奥さんもきっとお祝いするでしょうし、お声がけさせてもらわなくっちゃ」


まったく母さんは気が早い。けど俺も、浮き足立ってないと言えば嘘だ。
里子ちゃんのいる高校が勝ち進んでいることも勿論喜ばしいことだが、何よりも里子ちゃんが戦車道を始められて、そして楽しくやっているだろう姿を想像すると俺も嬉しくなる。
大洗女子学園艦が大洗市に停泊している内に乗船し、大会の応援にうちも駆けつけられたら良かったのだが、俺にも本土で勤務するべき仕事があるため中々実現しない。こうして勝利の結果を本人から報告してもらえて助かる反面、出来れば直接顔を合わせて「おめでとう」と言えればいいのだが。もしも決勝戦に進んだときは、有給申請を貰おうか。


「里子さんはセンスのある子だし、きっと上達スピードも速いんでしょうねぇ。いやあ、若いって羨ましいわ」
「何言ってんだか、ばあさん」
「なんですって? ……ああでも、ほんと。あの子もとことん"一途"よねぇ」
「………………あのさ、そーゆうこと本人の前で言う、」
「うふふ、小っちゃかったあの子にプロポーズされてたこと、母さんまだまだ忘れてないからね」
「だ、か、ら、さぁ! も、あっち行けよババア!」
「言い慣れないこと言うから口が震えてるわよあんた」







―――これも幼い頃の話だ。
戦車道に憧れていた男子高校生に、赤ランドセルを背負っていた少女が言ったのだ。

『いつか必ず、私は戦車道を極め、世界一になってみせる』
『もしそれを果たした暁には、ナマエお兄ちゃんには是非とも私の家の一員になってほしい』
『プロポーズ? ああ、そう捉えてもらってかまわない。』
『ナマエお兄ちゃん、きっとだ。覚えていてくれ』



自分の方が男であるとか、年上であるとか、矜持とか立場とか、まったくあったもんじゃない出来事だ。
思い返すだけでも赤面する。これが当時九歳だった少女の発する言葉だろうか。歴史書の読みすぎだと彼女の母親に抗議を申し立てたことも覚えている。『あの子、本気らしいのよ〜。婚姻届の書き方を来るべき時がきたら教えてほしいって言われちゃって』と返されたことも褪せていない。
そして俺がどうしたか、ああ、確か頷いたような気がする、なんせ「きっと冗談だ。大きくなればすぐに忘れる」と思っていたから。





携帯の着信音が響く。
新しいメッセージが受信された。


『"今夜、もしよければ電話をかけても大丈夫だろうか。"』

『"仕事が多忙なようであれば、5分程度だけでもお願いしますナマエお兄ちゃん"』





「……………俺が里子ちゃんと電話できる時間を、捻出しない筈がないだろ〜〜〜……」


床に寝転んだ俺の背中の上に、ミケがぽすりと座った。
柔らかな毛の感触を感じながら、早速返信するための内容を頭の中で考える。
色々言いたいころがある。でもそれは、今夜の電話まで我慢だ。





prev / next