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夜更けのアイオーン


これ設定
!7年後時系列

― ― ―



上司らは赤ら顔のまま「よぅ〜し、じゃあこのまま二軒目行くかぁ!」などと言い、一軒目の居酒屋で散々飲んで食って騒いだくせにまだ飲み足りないらしい。
下っ端社員である俺は「ナマエ君、君も勿論まだまだ飲むだろ?」と言われてしまえば断れるはずもない。ビールとウーロン茶を交互に飲んでいたお陰でまだそれほど酒は回っていないし、「お供させていただきます〜」と媚び諂えば上司たちは機嫌良くし、会計を済ませて外に出て行った。
上司たちの姿が見えなくなってから、「はあ」と溜息を吐き、ベルリバティスクール卒業後、一般大学に入学し、大学卒業後に就職した一般企業の平社員という立場の面倒臭さに辟易とした。そもそもどうして、飲み足りないというならわざわざ店を変えずにここで飲み続けていればいいのに何故移動したがるのだろう。理解し難い。俺たちのいた席の片付けに行く店員のお姉さんと擦れ違いながら、俺も居酒屋の戸をくぐり、夜も深まった街の大通りに出る。花金だからか、俺たちのように酔っ払ったサラリーマンや大学のサークルグループなんかの姿がよく目立つ。

「次のお店は私のオススメのところなんですよ〜此処から近いし、店員のオネエチャンも可愛い子多いですよ〜」
「それはいいな!さあ行こう!まだまだ夜は長いぞ〜」
「ナマエ君、何してるんだねさあ早く!」
「は、はい! ははは……」

俺と一緒に同行していた平社員仲間の奴らと目配せして、「腹を括るしかないな」と互いに慰め合う。財布の中身の心配と、帰りの終電の心配をしながら。




「此処ですよー!」
「ほう」「なかなか」「入ろう入ろう」

看板のデザインがいい。植え込みに咲いている花が娘の好きな花、など、酔っ払いたちの戯言が飛び交う。専務が連れてきてくれた二軒目の店もまた居酒屋だったが、オネエチャンたちが可愛いと言っていたからどんなところに連れて行かれるのかと不安もあったがどうも普通の大衆的な居酒屋だった。
「いらっしゃいませぇ!」
暖簾をくぐって店内に入ると、カウンター席とテーブル席とが並び、そこそこの集客率だ。人数を伝えるとすぐに奥のテーブル席に案内される。確かにこのお姉さんはなかなかに可愛らしい。
両サイドの席からガヤガヤと騒がしく賑やかな声の聞こえてくる狭い通路を歩きながら、店内の壁にかけられているメニュー表を眺める。

ふとそこで、メニューの文字を追っていた目が、とある人物を見つけて留まった。
面影の残る、見覚えのある後姿と頭頂部。グレイのスーツに身を包み、通路に背を向けてカウンター席で一人座っているその男。見覚えが、ありすぎる。


「――遠藤!?」


「 え――?」


顔確認もしないまま、勢いでその背中に声をかけてしまう。
しかし声と共に振り返った顔は、正しくベルリバティ時代の後輩、遠藤和希その人だった。


「遠藤!久しぶりだな!」
「……ナマエ、先輩?ですよね?」
「そう!いやあ、懐かしいな。七年ぶりか!」
「本当に!お久しぶりです先輩」

「ナマエ君、知り合いかい?」

俺の声が聞こえたのか、案内されたテーブル席に着こうとしていた上司が問いかけて来た。慌てて、高校時代の後輩だと伝えると、すっかり出来上がり機嫌もいい上司は
「そうか。じゃあ積もる話があれば話して来なさい」と言ってくれた。ほんの少しだけ、さっきまで感じていたうんざり感が消えた。いい人だ。

「って、ことなんだけど。遠藤、今いいか?」
「ええ。どうぞ」

ニコリと笑って自分の隣の椅子をを引いてくれた遠藤。
有り難く失礼し、注文を取りに来たお姉さんに焼酎を頼んでから改めて遠藤を見やる。

「こんなところでお前と会えるとは思ってなかったよ。奇遇だな!」
「そうですね。俺もビックリしました」
「あんまり遠藤にそんなイメージないんだけど、意外と居酒屋とかよく行くタイプなのか?」
「いえ、全然です。寧ろ一年に一度行けばいい方とか、そのぐらいで」
「へえ…それもまた驚きだな。 俺は某企業のサラリーマンやってんだけど、遠藤は何やってるんだ?」
「え!えー、と……まあ、父親の会社を手伝ったり、海外の企業と日本の企業との間を行ったり来たりしてる感じです」
「……すげぇ、マジか」

言葉を濁した部分は引っかかるが、嘘は吐いていないだろう。
その言葉を聞いてから遠藤を見ると、確かに新人社会人の俺よりも、いくらか貫禄があるような気がする。
よく見てみると遠藤が着ているスーツは高級そうだし、つけている腕時計も有名ブランドの物だ。とてもじゃないが、新社会人がするような格好ではないし、そもそもこんな安い居酒屋にいるべきじゃない気までしてくる。

「遠藤 どうして此処に?誰かと待ち合わせか?」
「はい。……友人と約束してまして。先輩も覚えていませんか?伊藤啓太、って」
「――ああ、伊藤啓太な!覚えてる覚えてる。お前たち相変わらず仲イイんだな」
「あはは……」

――今の今まで存在すら忘れていたが、そうだ。確かに遠藤には伊藤啓太と言う仲のいい友人がいたんだった。

しかも、それに連動するかのように、俺は色んなことも思い出す。

あれは、三年の部活の時。
手芸部の部室に来た伊藤。
伊藤を見る遠藤の眼。
どうしてだかしんどい思いもした、あの日。


「………………げふっ」
「先輩? 大丈夫ですか。そんな一気に飲み干すから…」
「あ、ああ、すまん」

運ばれて来た焼酎をつい一気飲みしたら噎せてしまう。そして遠藤に心配されてしまった。情けなさ過ぎないか、俺。

「ナマエ先輩、顔が赤いですよ?この店に来る前から、結構飲んでいたんじゃないですか?」
「いや…ビールとウーロン茶しか飲んでない……」
「程ほどにしといてくださいよ。最近、飲みニケーションと称してお酒を多量に呷って病院に運ばれるケースが多いんですから」
「遠藤…お前も変わらずしっかりしてるなあ。本当に俺より年下かよ…自信なくすわ…」
「いやぁ、それは……あはは……はは…」
「?」

どうしてそこで頬を掻く?

「それにしても、伊藤と待ち合わせか。まだ来ないのか?ん、そもそも伊藤は今どうしてるんだ?」
「啓太はベルリバティで教師になったんですよ」
「マジか!へえ、凄いな!」
「それで、今日はあいつが教師になったことのお祝いみたいな感じで、一緒に飲もうとなって。俺も暫く海外にいたので久々に会えるんです」

 本当に遠藤は、いつ見ても楽しそうに伊藤啓太について語っている。
その顔を見ていると滑稽にも俺の心が痛んで来るのだが、同時に何故だか幸せな気持ちにもなる。笑っている顔が久しぶりに見れて、俺も相当舞い上がっているんだろう。まったくどうしようもない。


「しっかし、そうかー。伊藤がベルリバティの教師になー。めでたい。もしよければ俺も祝わせてもらいたい」
「いいですね!きっと啓太も喜びますよ」
「……そう言えば、確か今カバンの中に……………あった!」
「? 何ですか?」

「俺が昨日完成させたばっかの超傑作、手作りレースカーテン、かっこ小窓用かっことじ」

「すごい!!」

遠藤が手を叩いて驚いてくれる。ははは、気分がいいぞ。

「市販のカーテンに俺が花の刺繍をつけたモンなだけだがな…」
「いや、この刺繍が凄いクオリティじゃないですか! 繊細に縫われてるし形もバランスもいい。……あれ、でもどうしてこれを通勤用のカバンに?」
「……よくある事なんだよ。作ったはいいけど、よくよく考えてみると俺には必要ないなってなる作品が。このカーテンもそうで、俺ん家のカーテン別にまだ綺麗だし、そもそも小花模様とかガーリーに仕上げすぎちゃって似合わないし、だから誰かにやろうと思ってカバンに忍ばせといたまま忘れてたっていうか。伊藤、こういうの嫌いじゃないかな?これあげても迷惑がるか?」
「あいつに女の子趣味はないはずですけど、でも凄く綺麗だしきっと喜びますよ!」
「よし、言ったな。これやろ伊藤に。押し付けるとも言うが」
「はは!啓太もここに来て、ナマエ先輩と再会したと思ったら、まさかカーテンを貰えるなんて思ってないでしょうね」
「だな」


……しかし冷静に考えてみれば、どうして俺がわざわざ伊藤に贈り物をしてやるアレになってるんだったか。……伊藤はなんというかこう、言わば俺の恋敵のような……なんかそういう…アレな筈なんだが……いや、なに考えてる俺。恋敵もクソもあるか!伊藤の一人勝ちだろうがそもそも!


「ちくしょっ、おめでとう伊藤!」
「せ、先輩?」
「なんでもねぇ!」

レースカーテンに飲み物のしぶきや唾が飛び散らないように、伊藤に渡すまでは丁重にカバンの中に仕舞っておこう……。俺の作る作品に罪はないわけだし……。


「そうだ」
「なんだ、遠藤」

細く長い綺麗な人差し指をピンと立て、なにかを思い出した様子の遠藤が、俺の顔を覗き込んだ。


「俺、ナマエ先輩が部活卒業の時にくれた手編みのマフラー、今も大切に使わせて貰ってるんですよ。あ、これ、証拠写真なんですけど」



遠藤君やめて!証拠写真ですって言って、伊藤啓太とのツーショット写真見せるのは残酷だよ! ああでも本当だ遠藤が身につけてるこのマフラー確かに俺が編んで渡したマフラーだ!ありがとう嬉しい! ああっでもすっごい仲良さそうだね写真の中の君ら!つらっ! でもまだマフラー大切にしてくれてるとか遠藤君ほんとなんなのかな!



「………ぐああああああ…!」
「どうしていきなり悶絶してるんですかナマエ先輩!」
「そっとしておいてくれぇええ……!」


会わない方が よかったかもな 俺!



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