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毛糸玉グノシエンヌ


!男主→和啓/片思い


― ― ―



我が手芸部は、数々の華々しい功績を残している他の部活動と比べれば地味な部だ。まず何より、各々が培ってきた能力を発揮する大会みたいなものが開催されないことも、目立たない理由の一つに上がるだろう。大会とは違うが、他のイベント、特にファッションコンクールなどで自作の衣装を出展するやつはままいるが。

だが俺たちが作り上げる"作品"の華々しさは他に追随するものがあると思っている。去年、部活のみんなと共同制作して作り上げた『世界一の花嫁』というタイトルのウエディングドレスなんて圧巻の一言だったし、それを着用してくれた女性モデルの美しさと言ったら美術部の岩井ですら描き表せなかったに違いない。いや、もしかすればアイツならやり遂げてしまうのだろうか。
ともかく、何が言いたいかと言うと、俺は、俺が部長を務めるこの手芸部が大好きだった。
野郎が大勢で集まって、一つの作品を作る為に集中して取り組んでいる姿なんかを見ていると、「ああ青春してんな」と感慨深い。きっと俺の青春は間違ってなんぞいない。誰に渡すとも決まっていない手編みの編みぐるみを編んでいるが、空しくもなんともない。




「ナマエ先輩 すみません、そちらで赤色の紐余っていませんか?」


「ん? おー、あるぞ。ウールでいいか?」
「ええ。ありがとうございます」


差し出されていた手に、未使用のウール玉を手渡してやると、遠藤和希は薄く微笑して頭を下げた。
一年の後輩だが、なかなか礼儀があって態度がよくとっつき易い奴だ。手芸の腕前も大したもので、個人の作品としてはまだ目立ったもの作ってはいないようだが、マフラーやぬいぐるみなど、よく出来ていると褒められる物ばかりだった。


「遠藤は今、何を作ってるんだ?」

何となく雑談がしたくて自然に問いかけると、遠藤はほんの少しだけ顔を赤く染めた。

「えー…まあ、その。セーター、を編もうかと」
「へえ。そろそろ寒くなる季節だしな、いいんじゃないか?」
「初挑戦ってわけでもないですし、余裕を持って今から編んでも、冬休み前には完成させる予定なんです」
「うん、お前の技術なら日数的にもお釣りが来るくらいだろうな」


これは俺の本心からの評価だが、
遠藤はどうしてだか、度々部活を休む日がある。無断で部活を休むことに対してはとやかく言わない平凡な部活スタイルだが、部活に来ないと部活動内作品の製作は進められない。
授業もたまに欠席しがちだと聞くし、部活に顔を出しに来れたときは一気に製作の手を早めたいのだろう。俺と会話をしながらも、あみ針を動かす手に淀みがない。しかし決して粗雑に編んでいるわけではない。目の一つひとつに心を割いて作っているような、そんな印象を受けた。遠藤の作る作品はいつもそうやって取り組まれていることは、こいつの入部初期から知っている。


「相変わらず丁寧な仕事だな。こりゃきっと、今回の作品もいいものになりそうだな」
「ありがとうございます、ナマエ部長」

「しかし、赤色が主体のセーターか。遠藤にしては、なかなか派手な色を選んだんじゃないのか?」
「そうですか? 派手…ですかね」
「俺がそう感じただけだから。もしかして、遠藤の私服って意外とこういう系統の色のものが多いのか?」
「え? ……ああ、そういう事ですか」


 違いますよ。
遠藤はまた笑って、手元の編みかけのセーターを持ち上げ、どこか遠くを見るように。


「これは、プレゼント用に編んでるんです」



「プレゼント用、か。…遠藤が誰かにやる為に何かを作るなんて、初めて見たな」
「ええ、俺も初めてのことです。人にあげる為に今まで作ったことがないんで、本当にこういう感じでいいのかなーなんて、手探り状態なんですけどね、実は」


頬を指で掻きながら困ったように眉を下げる遠藤は、そう言いながらもどこか楽しげに見える。
その様子を見ていると、とても、友人や家族などに渡すものではないことは、何となく察せられるものだ。


「……遠藤、まーさーか。渡す相手ってカノジョとか言うんじゃないだろうなー?」
「ええっ!?」
「おい!そこでんな素っ頓狂な声出すなよ! で、どうなんだ?カノジョか!」
「いや、あの…彼女ー……では、ないです、けど。その、まあ、はは。なんというか」


歯切れが悪い。なのに照れて照れて、また頬を掻いている。

「手は淀みないくせに口は淀んでばっかりだな遠藤。じゃあアレか?好きな相手か?それを渡して告白しようって魂胆か」
「いえ!告白はもうしてると、言いますか…好きな人でもあるし、恋人でもあるし…」
「??」


余計に話が分からなくなってきた。カノジョじゃないけど告白はしていて恋人でもある? まあよくは分からないが、遠藤が「好きなやつ」に渡すためにセーターを編んでいることは分かったから、まあいいだろう。



「赤色が似合う恋人なのか?」


ついポロっと口から出た疑問。
それに対して遠藤は恥ずかしがる様子もないまま、



「ええ。温かい笑顔を浮かべているのがとてもよく似合う奴なんです」



なんてことをサラリと言ってのけるものだから、聴いていたコッチが何とも言えない気分にされる。 まさか今、俺は"当てられた"のだろうか?

恋人のことを褒めて満足したのか、遠藤は視線を手元に戻し、作業を再開していた。


それとなくして、手芸部の部室のドアが遠慮がちにそろりと開く。
外から顔を覗かせて来たのは、夏の学園MVP戦で優勝し一躍有名人となった一年生の――……



「  失礼します。……和希〜」

「啓太! 迎えに来てくれたのか……って、もうこんな時間だったんだな。ごめん、すぐ準備するから、待ってて」
「うん、分かった。廊下で待ってるからな」


スライド式のドアが、失礼のないよう音を立てずにゆっくりと閉められる。
途中だったセーターからあみ針を抜かずに、使用していた毛糸玉や針やペンなどを所定の位置へと片付け、バタバタと音を立てながら下校の準備をしている遠藤の姿をぼんやり眺めていた。

すると、本当にどうしようもないことだが、言葉とは時として脳を解さずに口から勝手に外へと逃げ出して行ってしまうものだ。



「確かに赤色が似合いそうなやつだな」


今でもどうして、何故あんな事を口に出してしまったのか分からない。
ただ何となく、あの学園MVPが部室に顔を見せた瞬間の遠藤の表情が、長らく恋愛などとは無関係に生きていた侘しい俺の眼から見ても一際輝いて見えたからだろうか。


俺の言葉を聞いて面食らったような表情を浮かべた遠藤は、「えっ」と驚きを声にしたあと、

しばらく黙っていたかと思えば、 別人のようにも見える、年上である筈の俺よりも数段大人びた顔で、



「………自慢なんです、俺の」


そう言って、遠藤は部室を出て行った。


一連のことを見ていた俺は暫くぼうっとしていて、「部長〜今度のファッションコンクールに出す用の衣装のことで相談あるんすけど〜」と後輩が声をかけて来るまで、ずっと。



久しぶりに後輩が部活動に顔を出しに来たと思えば、こんな事になるなんて夢にも思わない。あんな顔をするような奴だったのか、遠藤和希という男は。






「…………もし俺がマフラー作って、遠藤に渡したらアイツ、どんな反応すんのかな」


「え 部長がマフラー作るんですか!?それなら俺らにも作ってくださいよ!部長の作るマフラーとか手袋とか帽子の手触りの良さが神がかってるって、一部では大人気なんですよ!」


「……マジか。……考えとくわ」
「やったぜオイ、聞いたかお前ら!」





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