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「ねえ聞いた? 次に来る新しい提督、"女の子"なんだって」


誰が発端かそんな噂が、艦隊を率いていた前任が突如失踪し提督不在となっていた鎮守府内に蔓延し始めた頃
指揮官のいないままでは出撃出来ない艦むすたちは、日常に飽いていた。新任がようやく派遣されて来ることが決まったことで、彼女らの話題はもっぱら次の提督がどんな人物であるかと、失踪した前任に関する憶測で埋め尽くされている。

普段は人の噂などに耳を留めない那智も、新しい指揮官のこととなれば話は別だった。
鎮守府内の廊下で立ち話をしていた金剛型姉妹の会話に交じり、得た情報を厨房で夜食前のツマミに豚カツを揚げていた足柄にも伝えてみる。
しかし足柄はさしたる関心を示しはしなかった。


「人間の女の子ぉ? 年端は〜?」
「そこまでは…だが、女児の提督とはどういうことだと思う? 余程の実力と実績が無ければ就けない地位だろう。それを…」
「キャッ!熱ッ! んもう、油!私の精悍なボディに焦げ目でもついたらどうしてくれるのよう!」
「……お前は前任が失踪したと聞かされた時もそんな調子だったな。あんなに懐いていたくせに。もう少し…」


悲しい顔をするかと……。――那智は口を噤んだ。鼻水を啜るような音を「鼻炎か?」と茶化すこともしなかった。彼女は彼女なりに思うところがあった、それを周りに知らせなかっただけだろう。


前任の提督は四十を少し超えた屈強な人間で、己に課せられた任に真摯に取り組んでいた。
艦娘たちと接するときもまるで、愛娘と接するように扱ってくれていた。
艦娘が疲弊すればすぐに休息を命じ、
いつも最新鋭の武装をそれぞれに用意し、
不用意な進軍はせず、慎重に戦を進める采配は多くの者が信頼を置いたものだ。

実直で、真面目。大らかで、"戦に勝つべき者"だと、皆が思っていた。

――ある一隻の艦娘と共に、あの人がいなくなってしまうまでは


今になって思えば、確かに前任は、"あの艦"と接する時だけは表情が変わっていた。
労う手も、視線も、言葉も。どれも熱が違った。
他の者たちと同じような、"愛娘"などと思っては接していなかったのだろう。


前任が失踪したことを受けて説明のために派遣された海軍役人も、情報の漏洩を防ぐため提督の事前情報などを前もって知らせることはなかったが、ここで情報を知って良し悪しを慮っても無意味なことだ。
指揮官がいなければ、艦隊は動かない。
いなくなってしまった者のことは追えない。艦はこの場所から動けない。探したくとも、探せやしないのだ。妹は、現状が辛くてたまらないだろう。



「………次に来る…とだって、」

「…ん? すまん、なんと言った?」


菜箸を持ったまま、黙って背を向け跳ねる油と格闘していた足柄は、業を煮やしたように言い放った。


「次に来る提督とだって、上手くやれますよーっだ! そう、戦えればいいの、強くなれればそれで良いのよ私は! 私の活躍を見ないで何処かに行っちゃう提督のことなんか、私知らないんだから!」


だから、そんな涙とか鼻水とか顔から出せるもの出し尽くしてる顔で言われても説得力がないのだぞ 足柄




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