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驚いたことにこのインク、粘着力が俺の知っている"インク"よりも桁違いに強い。

よく分からない格好をしたあいつ等がいた場所から影伝いに遁走し、一度精神を集中し直すためにインクの上で術を解いたが、見る間に片足をインクに取られてしまった。
抜け出そうともがいたが、酷く体力を消耗した。このインクを安易に踏んではならない。肝に銘じ、現在俺のいるここは何処だとインクのない場所を選んで、周囲を警戒しながら少し歩く。けど、先程いた場所と見える風景はそう大して変わっていなかった。相変わらず俺は、高いビルの上にいる。そして嫌でも目に付いてくるのは


ここも、
あそこにも、
インク、インク、インク、

訳が分からない。
何故こんなにも、夥しい量のインクがあちこちに散布されているんだ。
そしてその異物と同時に目に飛び込んで来たのはビルの壁に掲げられている電光掲示板。
―――読めない。
違う、難しい漢字や、知らない英単語で綴られているんじゃあない。形象文字みたいな、記号のような、とにかく読めない文字群が、電光掲示板の上を流れては消えて行くのを見送る。その隣のビルには、巨大な看板。スニーカーらしき靴の看板、何かのブランド物の服の看板、二人の女の子(女の子?)が手を取りマイクを握って決めポーズを見せている看板……





ウー! ウー! ウー! ウー! ウー!






「!? な、なん…なんだっ…?!」


突如辺り一帯に鳴り響いた重低音。この音は……サイレンだ。サイレンが、そこかしこにあるスピーカーからとても大きな音を立てている。


駄目だ、こわい。 どうしようもなく、おそろしい。
只事ではない空気を 感じ取ってしまったのだ。
今鳴らされたサイレンが何によるものなのか、そんなことバカでも分かる。


―――おれ だ。 俺が、原因なんだ。


座り込むつもりはなかったが、身体が勝手に座り込んでしまった。知らぬうちに両手を口元に持って行ったらしく、自分で覆った両手に、カタカタと揺れる何かがあたる。カチカチとも聞こえた。口だ。寒くもないのに、口がガタガタと痙攣の

いつか、ネットで見た話題を 思い出す。



"電車に乗って寝過ごしたら変な駅に着いた。どうも様子がおかしい場所だ。こんな駅、知らない"

"夜に田舎から車を運転していると見知った筈の道になかなか出られない。不思議な文字で書かれた看板が見える。あれはなんだ?"

"妙な言葉を喋るお婆さんに会った。目が合った瞬間にいきなり叫ばれて、漠然と殺される!と思った"




"無事に我が家についた。ひとあんしんだ。"

"やっと知ってる駅名の駅に電車がついた。よかった"

"帰って来られたからようやく冷静に考えられるようになった。私がさっきまでいたあの場所は"




"異世界 みたいだった"





 ≪――シュッラッテェッ○☆!! ×ジ☆メウォレェ××!  〜〜☆?ユミラェッケラッソッ―キャラフィレェ――――!  ≫






「ひ…っ!?」


サイレンの後に口早にアナウンスが入ってきた。もはや 言語化なんか不可能だ。辛うじて聞き取れた部分でさえ言葉として意味すらしていない。アナウンスは尚も続いている。甲高い声だ。耳障りだ。頭がいたい。なにを、いってるんだよ。おれか、おれなんだろ、おれのことをいってるんだろ?


ああ俺がわるかった。悪いのは全部俺なんだ。悪かったって!じいちゃんはずっと言ってた!空間転移の術は危険だから、って!自然の摂理も、流れも、世界軸さえも捻じ曲げてしまうって。この術を編み出したご先祖は、天才も天才、俺みたいなのが100人いたって敵わないほどの天才だったって。その人ですら扱いに困ったこの術を俺みたいな若造が矢鱈に使ってしまったのがことの始まり、運の尽き、死だ!嘆いてどうなる?俺がいま、ワケわかんねぇ世界にいるのは事実なんだ!どうなる?俺は一体どうなるんだ?さっきの奴らに見つかって、殺されんのか?いやそう易々と殺されてたまるもんかよ。使ったことは勿論ないが、人を殺すことだって可能な術を幾つも知っているんだ。対抗してやる、抵抗してやる。しかし問題は術が対人であって、あいつらが人間でなく、術が利かなければ後はお察しだ。死ぬしかない。嫌だ待て俺はこんな所で死にたくなんかない!どうする、どうする、どうする!落ち着け、落ち着いて考えろ、まずは此処から逃げ出さなくては。高所に追い込まれるのは忍者にとっては不利。なるべく地を縫うように行動をすれば相手が何人同時に襲いかかって来ようが機動力のある俺なら逃げ切れる。けど、逃げるって、どこへ?









『〜〜―〜○☆!!』
『――!!』






―― う ご け !


大勢の声が聞こえて来たと同時に地を蹴って駆け出す。ビルの屋上から屋上へと飛び移り、なるべく低いビルに狙いをつけこのままどんどん下を目指す。背後を振り返る余裕なんかない。が、俺を狙っている奴らの姿を見ておかなければ今後の対策を立てられない。下層の屋上へと落ちて行く最中に上を見上げる。さっき、最初に見た奴らとほぼ同じ姿をしている。  ハ、面白い、なんだそれ、"ほぼ同じ姿をしている"だと? あ り え な い だ ろ う が! 確信した、あいつらは絶対に人間じゃない。確かに人間もよく見れば似たような顔立ちの人間がいるわけだが、あいつらはそんなレベルではない。目鼻顔立ちスタイル身長まで"全く同じ"じゃないか!!それにあいつら、何で直前になるまで気配を察知できなかった?この俺が、あれほど近くにいる奴らの存在を感じ取れないはずがない。余程息を殺しながら近付いて来たのか、だとすればどうやって。足音、息遣いすら聞こえなかったのに。


次の瞬間、その疑問は解消した。

あいつらは三手に分かれ、俺を下で挟み撃ちにするらしい。二グループが左右に分かれ、もう一グループが俺と同じように屋上から屋上を飛び移って向かってくる。
そして、あいつらは手に持っていた水鉄砲のようなものからインクを放射し、そのインク目掛けてジャンプした。―――からだを、イカに変えて。




――俺は、思い切り叫んだ。逃げることすら忘れて、目に飛び込んで来たその光景にただただ驚くことしか出来なかった。

あいつらは迫ってくる。
イカが、ヒトのような姿が、イカが、イカが、ヒト、ヒト、ヒト、




 イカ



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