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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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ナマエ・ナマエは人間だった


隣室の友人であるツェッドはもう就寝するらしい。専用のカプセルに入る前、「お休みなさい、ナマエさん」と挨拶をする彼に、ナマエも「ああ、おやすみ」と手を振り返す。カプセルの蓋が閉まる音がして、隣室は静かになった。もう夜も2時を回った。日中は騒がしいライブラアジトも今は静まり返っている。とてもよいことだ、何の事件も起きない静かな夜がナマエは大好きなのだ。最もそんな夜がある日のことの方が珍しく、大抵は2時だろうが3時だろうが、入電の入ったクラウスがスマホ片手に「起きてくれナマエ!」とナマエとカプセルとを繋ぐコードを毟り取って電子の眠りから引き起こしてくれる。ナマエのカラダがサイボーグ化してからと言うもの、どうもクラウスはナマエに対してのみ起こし方が荒くなったような気がしないでもない。

「……眠れないな」

ツェッドに倣って自分もスリープモードに入ろうか、と思ったがどうもそんな気分にならなかった。暇潰しがてら廊下を歩いていると、クラウスご自慢の家庭菜園――ガーデニング?ルームから物音がする。「?」こんな時間に、この場所に誰かがいるなど不思議だが、いたのは正しくここの主であるクラウスだ。大きな体を丸め、屈んで何かやっている。なんだろう。

「クラウス、何してる」
「 ああ、ナマエか」

無遠慮にかけられた声にも律儀に顔を上げ体勢を変えたクラウスの手にあったのはガーデニング用の霧吹きだった。友人の奇行に興味が沸き、ナマエはガチャンガチャンと足音を立てながら滅多に立ち寄らない彼のガーデニングスペースに足を踏み入れる。ナマエが到着する前から彼の為のスペースを隣に空けていたクラウスが「花が開いたのだ」と質問を先回りして答えた。

「開いた?」
「夜中にしか花弁を広げない花が、先ほどようやく開いたから写真を撮り、水を与えていたんだ」
「なるほど。それでわざわざ起きてたのか。相変わらず、よくやるよお前」
「ナマエは何を?」
「……いや…オレは眠れなかっただけで、別に特に何も…」
「そうか」

あ、笑いやがった。犬歯が更に露わになるぐらい口角を上げた笑みを見せるのは、クラウスの気分がとても良い時だ。余程花が咲いたのが嬉しいらしい。クラウスの機嫌が良いのはナマエにとってもよいことだ。

「もう花の世話は終わったんだろ?」
「ああ、もう終えた」
「じゃあ少し久々に話そうぜ。相手してくれよ」

クラウスは頷いて立ち上がり、ズボンについていた土をさっと払った。広いリビングに戻ると、ふぅと溜息を吐いて深くソファに腰掛ける。ナマエもその前の椅子に腰を軽く下ろす。お互い口を開かなかった。相手が話し出すのを待っている、静かな沈黙。それを最初に破ったのはナマエだ。

「こうしてると、昔を思い出すな」
感傷的になった声色に、クラウスは表情を変えず「昔とは、どの程度前のことだ?」と少し抜けたことを聞き返した。
「……、…」
「…?」
答え辛い質問だが、口火を切ったのはナマエであるため、ナマエの脳裏に浮かんだ該当時期を言わねばならない。

「"オレ"っていう人間が死んで、"オレ"っていうサイボーグが生まれた時だな」

――ああ、その時のことか。 クラウスはまた少し楽しそうに笑った。ナマエはバツの悪い表情を 機械で出来たソレに浮かべる。やはり何度思い返しても、あの日の夜のことはナマエを恥ずかしい気持ちにさせたし、クラウスはそんなナマエを見て楽しげに笑うのだ。













それは三年前に遡る。ナマエ・ナマエとクラウス・フォン・ラインヘルツが出会って五年が経っていた頃だ。

「こんな姿になってまでオレに生きる価値はあるのか」

皆が寝静まっている時間であると慮ったナマエは、とても低い、地を這うような声でそう吐き捨てた。 クラウスは、ある、と答えた。

「血界の眷属との戦いで君を喪わずにいられたことに私は感謝している」
「……"喪わずにいられた"? バカ言うなクラウス。オレは確かに血界の眷属との戦いで死んだよ。此処にいんのは、"ナマエ・ナマエに似た、ナマエ・ナマエの偽物"だ!」

そう叫んだナマエはおもむろに自身の頭部に手をやり、その表面を構築していた"皮膚"を剥がし取った。

「オレにはもう心臓がない。脳みその代わりにココにあるのもコンピューターだ。血管は全て光ファイバーに変わっちまったし、骨格は上から下まで全部ステンレスのような材質の、よく分からん異界のなにかに挿げ替えられた!不思議さ、カラダの内部が今までと違うんだ!骨格を覆ってる人工皮膚も、普通の人間の肌と手触りが違う。正直、少し触れただけでさっきえずきそうになった。オレのじゃないんだ。このカラダの、どこも、かしこもが、オレじゃない。有機生命体らしからぬカラダだと言って間違いないだろうな。こんななって、もうオレが"人間"らしいと言えたところはオレの"過去"だけだ。でもその過去ですら、今のオレにはメモリー…ほぼデータのような認識でしかない。」

先の血界の眷属――後にザメドル・ルル・ジアズ・ナザムサンドリカであると分かる――との交戦時、ナマエ・ナマエは"ほぼ死んでいた"。彼をあのまま死なせてしまいたくなかったクラウスのエゴで、異界の者の手を借りてナマエの再生を望んだ。しかし同時に、クラウスのこの行いは、酷くナマエを傷つけるだろうという事も理解していた。五年間の付き合いで知っていた、彼の性格を。

結論から言えば、ナマエはご覧のように生きてくれている。ただ、こうなる前の彼と、今の彼の外見はかけ離れていた。およそヒトではないなにか。人外と呼ぶに相応しい姿。

「クラウス、もう一度訊く!お前は、こんな姿になってまで生きているナマエ・ナマエに、本当に価値があるのかと…」

「ある」

そちらが同じ言葉を繰り返すなら、此方も同じ言葉を繰り返すのみ。クラウスは力強い眼差しをナマエから外さなかった。その眼光の強さに、僅かにナマエが怖気付いたのが見えた。そこへ畳み掛けるようにクラウスは言葉を紡ぐ。黙ってナマエの主張を聴いていた、そのお返しに。

「私の友であるナマエ・ナマエがどのような姿をしていようとも、それが間違いなく私の友として価値足りうるナマエ・ナマエである事を私が証明してみせる」
「…な、んだ、それは。そんなの、お前の見解にどれほどの力があって、この姿のオレがナマエであると証明するつもりなんだ」
「私の眼が捉えて離さないナマエこそがナマエだ」
「…………ハア!?」

恥ずかしいことを言われている。ナマエの、まだ付き合いの短い脳みそ……コンピューターがそう認識し、それをナマエに知覚させた。
指摘することも出来ないレベルの恥ずかしい台詞だ。イイ歳をした男が、同性相手に言うような類のものではない。クラウスはそれを理解しているのか、 いや、していない、こいつ絶対に自分が言っていることの重大さを知ってない!

「だから幾ら君が己を否定しようが、無駄だ。私は何度でも君のその姿を目で追うし、ナマエであると認識する。時間はかかるかも知れないが君に分からせてみせるまで私はずっと…」
「あー!もういい!分かった、わかったからストップしろクラウス!今夜のお前は饒舌が過ぎる!」
「? そ、そうだろうか…?」

なんだこいつは。散々こっちを翻弄させたくせに、自覚がないときた。
全く手に負えない。
クラウスが、ではなく、オレが、だ。ナマエは頭を抱えて蹲りたい衝動に駆られた。


ずっと好きだったのだ。

出会った時から今日まで、どうしようもなく焦がれ続けて、しかし決して想いは伝えずに、ただ親しい友人として、この色々と危なっかしい男を助けてやれるだけで満足していた恋。

それなのに、なぜ、今、こんな、すがた、とき、お前、クラウス


「…………オレの、」
「ナマエ?」

「オレの全身が機械化されているのが残念だもしも今もオレに人間の体があれば今のクラウスを見てチンコ勃起させてオレをこんな風にさせたのはお前が原因だぞクラウスその言葉が嘘でない証拠を見せろって迫ってやるのにそんでずっと夢に見てきたクラウスを押し倒して服引ん剥いてクラウスのバキューン!にオレのピーーーーを捻じ込んで涙ながらに抵抗するクラウスの手をふん縛ってクラウスのアハーンをイヤーンしてピーーーーーーーーーーーーーー」

「……、……、…」

ナマエの言っていることを理解出来ているため、クラウスは彼がマシンガンのように胸の内にあった欲望を曝け出している間ひたすらオロオロと手を動かしていた。

なにか、何か 今ナマエに伝えねばなるまい。


「………そのような行為に及ぶ際、私はきっと、抵抗を しないだろう」

聴覚センサーと言語処理機能が追いついた時、今度こそナマエ・ナマエはオーバーヒートを起こしたのだ。









あれ、これやっぱオレばっか恥ずかしい目に遭ってねぇ?

回想を終えて気が付いたのは、
クラウスの言質を取ったにも関わらず、未だにそのような行為に及んだことはないと言うことだった。



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