ライブラのアジト内には、まだまだ俺――レオナルド・ウォッチの知らない空間が多々存在している。
ヘルサレムズ・ロットで、秘密結社ライブラで、皆のお世話になりながら日々をなんとか生きて早数ヶ月。
ギルベルトさんの淹れてくれるお茶はいつもとても美味しくて、そのお礼と言っちゃあなんだけど「カップとかの片付け、俺も手伝います」と手を挙げてにこやかに褒められたところまではいつもと同じだった。今日はプロスフェアーをしないのか、クラウスさんも鉢植えにやる水を汲みに後をついて来る。空気は終始和やかだ。
「あれ、クラウスさん あの部屋のドア、ちょっと開いてませんか?」
「む…?」
指差した方向、給湯室からそうさして離れていない所にある部屋に、俺は入ったことはなかった。その部屋はいつもドアが閉まっていて、外から中を窺うことは出来ない。それが今、五センチほどだけど開いている。
「………まったく」
「へ ?」
クラウスさんが軽く溜息を吐く。――「また寝過ぎたのだろう」
その時の俺にはクラウスさんの言った言葉の真意が分からなかった。まだ紹介されていない、寝ぼすけなライブラメンバーが引き篭もってるんだろうか?
「私が起こしに参りましょうか?」
「いえ、私が行こう」
珍しく、有無のない口調でギルベルトさんの申し出を断ったクラウスさんがドアノブに手をかける。わざわざノブを持たなくてもすでに扉は開いているのになぁ。それにどうして、そんなに静かにゆっくりと入室する必要性があるんだろう?少なくともライブラアジト内で一番偉いのは、もしかしなくたってクラウスさんだ。あらゆる部屋への入退室に堂々としていれば良さそうなのに。
「…この部屋には、坊ちゃまのご友人の方が寝泊りされておりまして、」
部屋に入って行ったクラウスさんを待っていると、この部屋の謎をギルベルトさんが教えてくれる。
「えっ、そうなんですか? ゆ、友人てーとどの程度のレベルの…」
「親しい間柄ではあるようですよ。彼が"目覚められ"た時には寝る間も惜しんで歓談されております」
「…?めざめられ、って…」
「おぉー!!こいつがクラウスの言った義眼を持つ小僧か!!」
「ワアーッ!?」
ミサイルでも降って来たのかと思った。
それくらいの衝撃が俺のカラダにぶつかってきた。
もちろん、ライブラアジトにミサイルが突っ込んでくるはずもなく、でかい質量を持って突撃してきたソレは人だった…………え?
「ひ、ヒト…?」
「レオ、彼は……」
自分を紹介しようとしたクラウスさんを遮って、"そのヒト"はあっけらかんと笑い(わらい…?)、手を差し出してきた。―――鋼鉄の。
「はじめまして小僧。オレの名前はナマエ・ナマエ 見ての通りのサイボーグだ。人間の血はもう通っていないが、こう見えて心優しい熱血漢で知られている。どうぞよろしくな」
ライブラに来て、もうなんにも驚かないぞと思っていたのが浅はかだった。此処にはまだ、ワケの分からない存在がいた。その差し出された手に「ど、どうも…」手を重ねれば、ひんやりとした硬い手触りに鳥肌が立った。
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