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ゆりかご


まるで生まれ変わったかのような錯覚と、酩酊時の不愉快な浮遊感に襲われて、傭兵はコクピット内部で緩く頭を振った。

目の前のモニターには、制圧の終わった作戦領域で残存戦力の後追いを構成員たちに命じているフランシスとレオンを示すマーカーが表示されている。周囲20kmに敵影は無し。リコン反応も無し。ロザリィ達も、今は別の区域で作戦行動中らしく、迎えの輸送機はまだ寄越してこれないだろう。一年前の反攻作戦で受けた大きな痛手は、人員不足に嘆くレジスタンスと、先だって駆り出される傭兵に深刻な爪あとを残してくれている。だが、嘆いても戦力が増えるわけではない。今は大人しく、この場で周囲の警戒をしつつフランシスからの命令があるまで待機。

「COM1 スキャンモード展開しろ」

『了解 システム、スキャンモード』

傭兵の声に即座に反応した搭載コンピュータ型番01は、いつも通りの音声で従順に命令に応えた。
モニターに映し出されたリコンから送られて来ている情報には、このCOMが傭兵の代わりに"目"を通してくれる。なので細かなことは任せて、シートに凭れて、操縦桿から手を放さなければ多少の休息は許されるはずだ。
フランシスとレオンは、今頃次の作戦要項を話し合いでもしているのだろうか。

『お疲れのようですね』

「 お前から雑談を持ちかけて来るとは珍しいな、COM1」
『バイタル値は正常ですが、今日はやけに溜息を吐く回数が多かったもので』

COMはジョークのつもりなのだろう。普段は残弾数や敵のシルエット等戦闘に関する事柄しか映し出されないメインモニターに、人型とサーモグラフィーを示すようなデータが映し出された。

「別に疲れたわけじゃない。ほら、今日は一日中ずっと雨が降っていただろう」
『降水確率は85%です』
「見えにくい視界で、一般兵器や航空兵器を探すのに頑張りすぎただけさ」
『拠点へ無事に辿り付ける程度の損害ですか?』
「損害だなんて、大袈裟な。それにロザリィが回収してくれるんだ。最悪、両目を閉じてたって帰還できるさ」

話題に上げた途端、人型が消え、フランシスからの連絡が割り込んできた。ロザリィ達の準備が整ったのでこれから帰還する、とのことだ。敵影は……なし。射出していたリコンを回収するようCOMに命じる。
ゆっくりと脚部を持ち上げ、体勢を立て直す。頭上からヘリの旋回音と、いつもの甲高い女の声が聞こえて来た。輸送用のワイヤーと共に構成員が下降して来る。吊り下げられている間は、大人しくしておかなければならない。ACという過去の遺物は、こんな所だけはやけにレトロチックで笑えてくる。そんなものを動かして、日々を生きている傭兵が考えるべきことではないのだが。

「ほら 無事に戻れそうだぞ」

何とはなし。からかうように呼びかければ、COM1はいつもと同じ調子で

『そのようですね。――お帰りなさい』



「――、―」

どうしてだろうか。その言葉に上手く返事をしてやることが出来なかった。
お前はいつも俺と共にあるだろう、と、言ってやりたかったような気もするのに。
ただ、ようよう搾り出した声で、

「  ありがとう」

そう言えば、COMは何も言わなかった。
ロザリィが、準備が完了したと通信を入れて来たからだ、きっと。



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