きっと彼は知らないだろうが、彼を目標としているレイヴンは多い。
自分もまたその中の一人だ。
同時期にレイヴンになった無名の傭兵。最初は誰も気に留めずにいた平凡な名前。
しかし彼の名は、アリーナでの活躍やミッションの成功に比例して大きくなっていった。
いや 思えば最初から、彼は見込まれていたのだろうと思う。
最初の試験を担当していた担当官は、同僚にこんなことを零していたらしい。
「あのレイヴンは、器が知れない」のだと。
自分と彼が仕事以外のことで出くわす機会は無い。
同行申請が降りれば、僚機として彼と共に同じミッションへ出撃するが、それだけだ。
アリーナでの順位はとっくの昔に引き離されている。
噂では、あの"ロイヤルミスト"を打ち倒し、BBを退け、近々エースに挑戦しようと試みているようだ。
彼がトップに挑戦しようとしている気があるだけでも、感嘆ものだ。
自分では到底成し得ないことだと分かっているからだ。
レイヴンになった時期は同じだった。けれどどこで彼との間に実力の差が生まれたのかは分からない。それが分からないから、自分は彼のようにはなれないのか。
――彼は、幼い頃に見た、ACの姿によく似ている。
その記憶を ふと思い返す。多くの戦場を共に渡り歩いて来たであろう彼の自機は、とてもよく整備されていた。隅々に及ぶまで、大切にされていることが窺い知れる。
砂埃を被り、幾多の銃弾を浴びようとも、そのACの姿は誇り高く、そして孤高だ。正に記憶の中に見たACそのものである。
今こうして、僚機として隣に並んでいても、彼は自分に見られていることに気付かないだろう。
彼専属のオペレーターの声が通信を経由してくる。
ユニオン襲撃
クレスト社からの依頼。彼が自分に僚機同行を申請したのは、これで何度目か。素直に言おう。それは、とても嬉しいことだ。
『では、くれぐれもお気をつけて』
オペレーターの声がした。
彼は、相変わらず一言も発さない。
『ええ。――今回も、よろしくお願いします』
つい、そんな言葉が口をついた。
霧と雨が視界を覆う自然保護区に投下されるまで、残り数秒…
『 ――ああ、行こう』
――聞き返さなくて、よかった。
先に投下してゆく彼の機体を追いかける。
そして強く、グリップハンドルを握りこんだ。
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