MAIN | ナノ
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
狭間から


「九葉」


「かつての上官を呼び捨てか。10年見ないうちに随分と偉くなったものだなナマエ」


お頭詮議の見届け人として九葉がマホロバの里にやって来てからと言うもの、ほんの少しの顔合わせ程度でまだきちんと会話を交わせていなかったなと思い夕暮れ過ぎに客人用の宿舎を訪ねると、部屋で何かの書簡に目を通していた九葉が「ああ、貴様か」と緩慢に振り返り、一にも二にもなく「何の用だこんな時間に」と素気無い返事をしたのが先ほどのことだ。


「10年振りに己の部下とまた会えたのに、相変わらず冷たい人だな貴方は」

「何を今更。そも、貴様にとっての私は"10年振り"などではないだろう? たかだか一月程度の不在ではないか?」


九葉の言い分は正しい。10年の時を旅したとは言え、それは自分からすると一瞬の出来事だ。ただの事情でしかなく、実際に10年分の時間を体験したわけではない。

しかし目の前にいる九葉を見ると、やはり時間の経過をまざまざと見せつけられる。あまり変わっていないとは言え、目尻には確かに皺が増え、弛みを見せた肌は相変わらず不健康そうなままだ。


「それにただ時を越えたばかりではなく、またも記憶を失うとは。妙な方向で器用な奴よ」

「………その事に関しては、本当に申し訳ない」

「それは何に対しての謝罪だ? 無意味だ、止めろ」


俺の謝罪を九葉は煩わしそうに手を振って突き返す。

記憶喪失状態で倒れていた素性の分からぬ俺のことをモノノフとして立て自らの部下にしてくれていたという九葉の言葉を聞いて、自分が二重の記憶喪失状態であったことを知った。
その次にそれをとても残念に思った。
九葉を見ていると、本当に、どうしてそれを忘れてしまったのかと嘆きたくなる。


「……それで? 用件はなんだ? 本当にただ、そんな下らないことを言いにやって来たのではあるまいな?」

「違う。一つ、訊きたいことがあって来た」

「ほう?何かな、"カラクリ使い"?」


「俺はもう、貴方の部下ではないのだろうか」



九葉が現れた事による、今の俺の立ち位置というものを明確にしたくての疑問だった。口にするには結構度胸を要した。


けれど九葉は、まるで馬鹿にするように………いや確かに馬鹿にしたのだろう。
高笑いを上げ、可笑しくてたまらないと、目を眇めて喉を鳴らす。


「クックッ………可笑しなことを言う。 記憶は失ってもやはり変わらぬ部分はあるな、ナマエ」


ーーー 一瞬だけ、九葉が目尻を柔らかく下げたような気がした。


「好きにしろ、と言う他ないさ」

「………え? 好きにしていいのか? てっきり不要だと言われる流れかと…」


「貴様はこの里でやらなければならない事が沢山ある筈だ。それなのに未だ私の部下なのか?と言うから嗤ったに過ぎん。 好きな立場にいればいい。今のところは、な。貴様がたとえ何であれ、私のやる事にその力が必要になれば遠慮もせずにこき使うさ」


ーーーまあ、目下のところは相馬と初穂がいる。貴様に用を託すことは早々ないがな。

そう付け加えた九葉は、そこで言葉を区切ってこちらの反応を見てくる。
俺は、渋々頷いた。
何故だか、10年前にいた己の立ち位置を 新参者に取られたような気分になったのだ。


「……よく分からんが、分かった。つまり九葉が望んだ時に、九葉の手伝いをすればいいんだな?」

「"手伝い"とはまた児戯よな。 しかしそういうことだ。 貴様は好きに生きよ。やりたいようにやればよい。精々、今の生き方を謳歌することだ」


吐き捨てるようにして言われた言葉。しかしやはり。


「九葉。貴方は本当に見た目に反して良い上官だよな。でも少し昔より変わったんじゃないか?良い出会いでもしたかのようだ」

「……阿呆め。用が済んだのなら去ね」








後日、初穂に聞いた話だ。
ウタカタの里のこと、
そこで九葉が出会ったモノノフ達、
そして、

世界を救った英雄の一人、"ムスヒの君"のこと。

prev / next