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▼ 上書きされた幸福論


彼女がローのことを"男"として見てないことぐらい、バカにだって理解出来る。ローが頼めば腕を広げて抱きしめてくれることも、「1人で寝るのはつまらないから」と嘘だって分かる言葉を信じて隣で寝てくれることも、ローを男と思ってなくて、警戒していないから成せることだ。ローは、それが心苦しい。こんなにも心臓を締め付けて、埋め尽くしてしまう程に占拠しているくせに、当事者が分かっていないだなんて救いようのない話だ。その諸々の原因は、彼女が自分を"おばさん"だと思っているから。確かに彼女は38歳で、女がそう思っても仕方の無い年齢をしている。だが、それがどうしたと言いたい。人を愛しいと思うことに、年齢は障害にならないだろう。年齢が離れているから、彼女はローを好きになってくれないのか。ならば、優しく頭を撫でてくれる手を取って、強引にベッドに縫い付けて、愛してると叫べば、彼女は理解してくれるのだろうか。「…知ってたわよ」と言って、笑って受け入れてくれるのか。ありえない。そんなことが在りえないことであることは、何よりもローが一番よく分かっている。でも、






「…ナマエの、せいだ」
「…あら…そうなの…」




ローが今朝から顔を辛くしている理由が私だったなんて思わなくて、ごめんなさい、わたし、少しショックを受けてるわね。と答えたきり、ナマエは何も喋らなくなった。違う。そんな表情させたくて言ったんじゃないまだ続きがあるから。珍しく慌てたローの弁解にナマエはやはり「?」を浮かべたまま戸惑っている。当然だ。朝目覚めたとき、隣で寝ていた男が表情を暗くさせて自分を見つめていた。疑問に思った彼女が「どうしてそんな顔をしてるの?」と問えばあの返答。困惑する方が当たり前だ。彼女と会話をする際は言葉遣いに殊更気をつけていたのに、大事なところで失敗を起こす。ローは仲間達が思っているほど器用な人間ではないのだ。大切な人を目の前にして、言いたいことも言えず、どんな言葉を言って気持ちを伝えればいいのかも知れない。不自由な思いばかりしている



「…何か、悪い夢でも見た?」
「………」




ゆめ。確かに悪い夢を見た。ナマエが、ロー以外の男と結婚して子どもを作ってローに見せに来るという夢を。夢の中のローは愚かにも笑っていた。そこは笑うところじゃない。ナマエが他の男と結婚する前に止めるべきだ。生まれた子どもはナマエに似ていなかった、男の方に似たんだろう。それさえも腹立たしい。起きた時にナマエを見て睨んだのは、まだ夢の続きを見ているかと勘違いしたせいで。確かにこれだけを言えば、ナマエのせいでこうなっていると言えるのかもしれない。だが理由はローの嫉妬だった。ナマエを愛するのは、おれだけでいいんだ。空白の時間は要らないから、これから先の時間をくれ、と言えればいいのに




「ロー?見たの?見なかったの?」
「……見た」
「どんな夢? 悪い夢はね、人に話すと忘れるって言うの。ほら、おばさんに話してごらん」
「…ナマエが、」
「わ、私が…?」
「他の…男と…結婚して、た」



ぱちくり。ナマエは面食らった顔をした。重々しく口を開いたローから、そんなことを聞かされるとは予想していなかったから。思っていた何倍も子ども染みた内容だった。そんなこと?と小さく零れた笑いに、ローはムッと顔を歪めた



「…そんなことじゃねェよ」
「ふふ、ごめんごめん。それで?それから?」
「…それから、子どもが生まれてて、」
「うん」
「"かわいいでしょう?ロー"って言って、笑ってて…」
「うん」
「それが、すごく嫌で…」
「なるほどねぇ」




要するに、ローは寂しくなったのね。
そう結論付けて笑ったナマエに、今度はローが面食らう番だった。さびしく、…え?ナマエに言われたことを理解したローは、首から頭に向けて徐々に赤くさせて行った。その言葉が、決して間違いでないと自覚できたからだ。それと同時に、そのことをナマエに知られている、知られてしまったということにも羞恥が沸く。目の前の彼女はニコニコと笑い、そう。ローがねぇ、あらあら。と楽しそうにしている。皺が刻まれた口を薄く開いて笑っている。ローが一番好きなナマエの表情で




「な…!んなわけ…っ」
「あら、違うの?」
「ちが…っ、…う、こと…ない、け…ど…」
「ほうら、やっぱり。嬉しいわ、ロー」
「嬉しい、のか?女々しいって笑ったり、」
「するわけないわ。だってこんなに嬉しいもの」



ナマエが嬉しい、と言えば、本当に嬉しそうにしてるから、ローもそれ以上言及しなかった。でもそれよりも、ローはさっきの考えをまたぶり返した。いくらナマエが楽しそうに笑っていても、それはやはりローの言葉を"本気"と取ってないからだ。"戯れ"と思われていたら一番マズい。"冗談"なら最悪、だ



「…どうせ、子どものたわ言とでも思ってんだろ?」
「なぜ?あなたにしては、後ろ向きな発言ねぇ」
「本気にしてそうにないじゃねェか」
「…?ちゃんと本心よ?いつだってマジメに聞いてるわ」

「――なら、今、おれがナマエに、好きだ、って言っても、信じるか?」

ほら、また眼を丸くさせた。

「……えらく、急ねぇ」
「急なんかじゃねぇよ。ずっと昔から思ってたことだ」
「昔って…17年前から?」
「そうだ。どうせ気付いてないんだろうとは思ってたから、気にしなくていい」
「…気にするわよぉ。男からの告白よ?」
「……気にする、のか?」
「どうしてあなたが驚くの、ロー」

だって、"男"として見られていないと思ってたから、言葉に意味を含まれてないと思われてると

「さっきのローの言葉が本心にしろ嘘にしろ、あまり早まったことは言わない方が…」
「嘘じゃねェよ、本当だ」
「……でも私はおばさんよ?こんなだし、とてもあなたとは…」

「――おれを"男"と思ってないのはナマエだろうが! おれは、ずっと昔からナマエを"女"として見てきた。ずっとだ!」
「!」
「ナマエがおれのことを"子"だとか"弟"だとか思ってた時も、おれはただの一度だってアンタを"姉"とか"母"なんて見てない」


ここまで伝えれば、さすがのナマエも表情を硬くした。ずっと子どものように思っていた男から裏切られたと思われていないだろうか?今はそれだけが心配だった。ただ、口は止まらない。脳はグルグルと回っている

ダメ押しだ。ローはカラカラの口を開け、ナマエの眼を見て言った



「おれはずっと、ナマエが好きだ」



訪れた静寂。次に口を開いたのはナマエだ


「……何から、言えばいいのかしら」
「…何でも言え。…何でも聞く」
「じゃあ…ありがとう」
「それはどういうつもりで、」

「こんな私を好きになってくれて」

口下手なあなたがこんなに伝えてくれたんだもの、私もちゃんと答えないとダメよねぇ?

「ごめんね、まだ頭で整頓できていないのだけど、今ローが言ってくれた言葉はぜんぶ『嬉しい』って思えたわ。だから、ありがとう」
「…おばさんだから脳の回転がゆっくりだな」
「こら、それは言っちゃダメよ!」
「……わるい」



意識の外で強くシーツを握り締めていたようだ。グシャグシャになったそれには手汗がしみこんでいた。いつの間に、こんな汗を掻くほど緊張していたんだろう。ローは額にも出ていた玉の汗を手で拭った。ふぅ、と呼吸を落ち着かせる



「…困ったわぁ」
「!…なに、が」

「今まで告白されてきた中で、今のローの言葉が一番嬉しいの」
「…!」
「ダメねぇ、年を取ると、涙腺がさ…ゆる、く」
「あ…」


ナマエが、泣く
思わず、手にしていたシーツでばさりとナマエを包み込んだ。
零れたナマエの涙が、白いシーツに黒い染みを落としていく


「…嫌って言う涙じゃないんなら、おれは拭わねぇからな」
「ふふ…あらそう じゃあシーツは優しさ?」
「そうだ」


うれしい、嬉しいわロー ごめんなさいね私ばっかり泣いちゃって。嬉しいはずなのに、なんでかしら


「言えよナマエ」
「…だぁい好きよ、ロー」
「…ん」


どうしよう、おれも泣きそうだ




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▼4万企画@恋情ifの女主Verで恋人同士になったら/スノーさん
リクエストありがとうございました!


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