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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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試験勉強に特別、熱を入れるような性格ではない倫之助だが、今回ばかりはさすがに一週間前から取り組んでいた。

期末考査が近づき、そろそろ進路を視野に入れた学校生活を送るようになってきたのだ。
今はまだ明確な目標を持ってはいないものの、良い成績を取っておいて損はない。そう判断した倫之助は教科書を開いて、出題されるテスト範囲の問題と睨めっこを続けている。
かれこれ二時間近く、祥子の家で。


「できたぁ!」


倫之助を自宅に招き、集中して勉強に励んでもらおうとキッチンに篭り夕飯の下拵えをしていた祥子が明るい声を上げた。

約二時間かけて作った祥子お手製の料理が、ずらずらとテーブルに並べられる。
お昼の情報番組でやっていた『恋人に振る舞いたい、彼女飯!』なる特集を観た影響で以前よりも更に料理に力を入れていた祥子の会心の出来栄えだった。
ナポリタン、海鮮シチュー、フライドポテト、デミグラスハンバーグ、シーザーサラダ、ミックスジュース、バニラプリン
作れそうなものを手当たり次第作ってみた感は拭えないが、彩りも味も申し分ない。

祥子は裂けた口を更にニンマリと引き上げて、これらの料理を見た時の倫之助の反応を想像して悦に浸る。今は自宅にいるから、外で一緒にいる時よりも倫之助は祥子を褒めてくれるだろう。


「ふふっ りーんくーん! 晩御飯できたよ!」


身につけていたエプロンで手を拭いて、奥の部屋にいるであろう倫之助に声をかける。すぐに「分かった」と、いつものトーンでの返答があり、閉まっていた洋室のドアが開く。
二時間ぶりに見る倫之助の姿に、祥子はニヤニヤを隠すことは出来なかった。


「イイ匂いがする」

「あ、分かる?出来たてだから…」

「違う。祥子さんからする」

「えっ」


私から?と驚いた祥子の肩へ顔を寄せた倫之助がスン、と匂いを嗅ぐ仕草を取った。「イイ匂い」もう一度同じことを言うと、倫之助は顔を離し、赤い顔の祥子を置いてキッチンテーブルの椅子に腰掛けた。


「祥子さん? 食べないのか?」

「た、食べるよ! もうっ、倫くんが急に私をドキっとさせるから」


裂けた口の端っこまで朱に染まった祥子は、それでも嬉しげであり楽しそうにしている。祥子の自宅にて二人で食事、が久しぶりだからだろう。いつもはマスクとマフラーで口元を覆い隠している祥子も、倫之助と二人きりだからそのどちらも着用していない。


「いっぱいだ」

「どれから食べてもいいのよ」

「分かった。いただきます」

「どうぞ〜」


早速ハンバーグから食いついた、昔から好みの変わらない倫之助の姿に和みつつ、祥子もフォークを手に取った。



祥子の……と言うよりも、"口裂け女"の食事風景とは一般的な感性で言うと"見れたものではない"。

左右に大きく口が裂けている為に、気を抜けば、口の端から咀嚼したものが零れ落ちてしまうことが多々あった。それは固形物ならまだしも、汁物となると更に頻度は増える。最低限の口の動きを心掛けなければ、見苦しい姿を晒すことになる。

"口裂け女"ならではの食事のし難さや汚さは今に始まったことではなかったが、しかしこうして倫之助と一緒にいだしてからは、そんな"羞恥心"も感じなくなれた。
それはひとえに倫之助が"こんな性格"だからに他ならない。
無頓着、と言うのは"口裂け女"にとって最高の人格なのだ。


「美味しい?倫くん」

「うん、凄く美味い」

「良かったあ」


文字通り、顔中 笑顔にした祥子が微笑む。
「残りのテスト勉強、頑張ってね」
うん。倫之助は頷いた。「あ」何かに気がついたようで、間の抜けた声が上がった。

「どうしたの?」

「祥子さん、ここにソースつけてる」


伸びてきた倫之助の指が、祥子の右目下の口端に触れ、サッとソースを拭って戻って行った。
照れ過ぎてお礼も言えずにいる祥子とは違い、倫之助は全く涼しい顔をしていた。


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