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四角い世界で 続編


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いつからここはワールドワイドにグローバルな校風にしたのだろうと思っていた。
でもそれはあたしの勘違いだった。
原因は、この女子トイレを利用する生徒たちの「名前」を聞いて勘違いしていたから。



「じゅりあちゃん、どこー?」
「ここー!まってぇありえるちゃーん!」

「なでぃあー、昨日の宿題やった?」
「えーやってるわけないじゃん。ぺここそやってないの?」

「ここあー、あんたってシーザー君のこと好きって本当?」
「ビーナスちゃんこそガイア君のこと好きって聞いたけどー?」



――花子さんはギリギリ昭和世代を生きていた少女の幽霊である。
なので片仮名や横文字には滅法弱く、今も己の耳に入って来る単語が"人名"であるとは理解出来ないままでいる。
その人名が、外国人の子どもに当てられているものならば此処まで脳を悩ませることはなかった。けれど、どう、見ても、呼ばれている児童は皆、日本人である。


『……どうなったの一体…なんでこの子達の名前そんなに長いの…?今の日本って子どもに長い名前つけるのが流行り?頭おかしくない?絶対に『まり』とか『あや』とか『はな』とかの方が可愛らしい名前に決まってるじゃないの! なんなのびーなすって!惑星!?それとも外国の神様のこと!?どっちにしろおこがましいわよ人間につける名前に使うなんて!!』


声を大にし、チャームポイントであるおさげを振り乱しながら怒りを露わにしても女子トイレを利用する生徒たちは誰一人として花子さんの存在に気が付かない。思い思いに休み時間を過ごし、和気藹々と会話をしている生徒たちの頭上で、今も表情をこれでもかと歪めている。


『そこのあなた!丸めがねにそばかすだらけのぶちゃいくな顔で「じゅりあ」かっこはぁと、なんて恥ずかしくないの!?親は何を思ってそんな名前をつけたのかしら!罪ね!罪!はぁー!人間ってほんと罪深いことホイホイするわよねー!あたしみたいな自由気ままに幽霊生活送ってる女からしたら現代の日本ってほんと頭痛いわー!少女みたいなナリしてるけどもうあたしもオバサン精神だから老婆心みたいなのがウズウズしてくるー!!』


予鈴のチャイムが鳴り、ジュリアやアリエル、ナディアにビーナスたちはそれぞれクラスに帰って行く。
ぽつんと残された花子さん。


『………ま、あたしがギャアギャア言ったところで、あの子たちは気付かないわけでして……』


分かっている。誰も花子さんの存在なんか気づきはしない。だってあたしは、幽霊だ。



『……あー、また芋づる式に思い出しちゃったわよあの子のことぉ……』


10年ほど前になるだろうか。長い幽霊生活の中、たった一人だけ、花子さんのことを認識した少女


『元気にやれたのかしらあの子……中学に上がってから、結局一回も私に会いに来てないわよね……やっぱり人間って薄情者ばっかりね…』


「花子さん」


『もうなによ!今考え事してるんだから話しかけない……で、ぇ………!?』


女子トイレの入り口に、真新しいワークスーツに身を包んだ若い女性が立っている。しかも真っ直ぐと、花子さんの目を見返しながら。


『あ…あ……あん、た………』
「久しぶり、花子さん!10年ぶりだね」
『ナマエ!!ど、どーしたのよそんな格好でこんなところに!えっ、え!?なに?なんで!?』


すぐに分かった。思い出の中にあり続けていた女の子の顔と、目の前の女性の顔は見事に一致してみせる。正真正銘の、ナマエ本人だ。

フワフワと浮遊していた花子さんに抱きつくように腕を広げたナマエは「会いに来たよ!」と破顔した。


「ここの学校の教育実習生になりました!」
『……………ぇぇええええ!!?きゅ、急すぎよそれ!!どう言うこと!?なんでこの学校なの!?』
「だってこの学校には花子さんがいたから」


それだけだよ。

安直な選択だ。花子さんは能天気なことを言うナマエに、開いた口が塞がらない。そもそも、今更、どうしてナマエが、たった数ヶ月しか共に過ごさなかった幽霊のことに執着するのかが分からない。

けれど。それを聞いたナマエは落ち着いた声で

「花子さんは知らないんだよ」
『なにを?』
「中途半端な時期に転向して、誰にも見向きされなかったあのたった数ヶ月、私を孤独にさせずにいてくれた花子さんの存在が、どれだけ有難くて、どれだけ救いで、そのお陰で今の私があるのかを、花子さんは絶対分かってないと思ったんだ」


私を独りにしないでくれて、本当にありがとう



ああいやだ。だから言ったのよあたしはもうおばさんなんだって。ほらこうやってすぐに泣きたくなっちゃうし、余計なことまで口をつく。
独りを感じることがなかったのは、こちらとて同じことなのよ、分かってるのナマエ





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