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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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ブルールは本日の戦果にご満悦の表情を浮かべた。
特売特価大売出しのイベリコ豚4人分。切らしていた味噌。料理用りんごに蜂蜜、昆布醤油。母親に頼まれていた品は全て入手できた。妙齢の女性たちに囲まれた夕方のスーパーは激戦を極めたが。
さて、スーパーとは別にもう一軒寄らなければならないところがある。
知り合いのおじいさんが経営しているガソリンスタンドに、ブルールは自分用のオイルを買いに行く。寧ろその用事があるから、こうして買出しに借り出されたのがブルールなのだ。

蒼色の装甲内部に中心核コアを隠し 身を包む鋼の身体を持つブルールは、人間ではなくロボットだ。
メトロイドでも、アンドロドイドでもなく、四方体の形をしたパーツで構成された人間型機械。
血の代わりに体内を流れているのは純正のオイル。脳の変わりに思考し計算するのは搭載された電脳コンピュータ。人間社会に上手く溶け込めるよう設計され軽量化したボディには病気やウィルスの抗体がコーティングされ怪我もしない。
だがそれでも人間の両親からの遺伝子を分け与えられた、れっきとした彼らの子どもである。
生まれる世界や時代を間違えたのか?そう考えたこともある。奇異だ、妙だ、と周囲の人間から誹謗中傷を受けたこともあった。

しかしブルールは笑っていられる。
気にしないことができ、ロボットであるありのままの自分で生きて行くことができる。それは優しい母のお陰であり、温かい父のお陰でもあり、
そして 可愛い弟の、ナマエの存在のお陰であった。




「――にぃーちゃあん!!」
『ん… う、わっ!』

突然左足が動かなくなりブルールは前につんのめりかけた。
故障? 電磁麻痺? 違う。要因は、巻きついていた腕だ。

『…危うく転びかけたじゃないか。突進はやめるんだとあれほど…』
「おれも一緒に兄ちゃんと帰るっ!」

人の話も注意も聞かずにブルールの左脚部に張り付いたまま嬉しそうに喜ぶ――微かに土と埃で服を汚した――少年が、ブルールの実弟・ナマエだ。今年で小学四年に進級すると言うのに未だ遊び盛りな弟は、今日も学校の友人たちと一緒に夕方のチャイムが鳴るまで元気よく公園を駆け回っていたようだ。
お使いから帰る兄の姿を見て走ってきたせいもあるんだろう。着ていたTシャツの裏地は汗で変色していた。


『そんなに汚して。また母さんに怒られるかもな?』
「えーやだ!」

ぶぅ、と不満そうな顔を見せたナマエは兄の手に持たれていた買い物袋を見てこの後の予定を悟った。
「オイルもらいに行くんだな!」
おれもついてく! ちょっとのお手伝いでも、この年頃の子どもにとっては"楽しいこと"ならしい。ブルールには、弟の申し出を断る理由なんか到底見つけられなかった。どうせ今すぐ家に帰らせても弟を待っているのは、服を泥だらけにさせて帰って来たことに対する母の怒りだろう。それも酷なことだ。せめて付き添いがてら、一緒に家に帰宅する方が良い。


「ふくろ、おれが持ってもいい?」
『嬉しいけど、今日の中身はナマエには重いだろうから大丈夫だよ』
「うー… じゃあ、にーちゃん!手ぇつなご!」
『うん、いいぞ』


ブルールの硬く冷たい手に触れるのが好きなナマエはこうして、よく兄との手繋ぎをせがむ。勿論それにも応えてやる。 きっとあと二年…いや一年も経てば、こうして弟が甘えてきてくれることも無くなるのだろうと思うとブルールは何となく、中心核コアに寂寥を感じるのだった。


分かってはいることだ。
機械の身体を持つブルールと、生身の人間である家族との間に流れる時間の数は同じでも、見せる成長や身体変化は同じではない。
親の遺伝子情報を体内に取り込んでいるとは言っても、それはミクロレベルで構成された"データ"に過ぎないのだ。
ナマエは目元が父に似てきた。だが笑顔は母にそっくりだ。しかしブルールにはそのどれもが無い。
神は人間を創り出した。そして人間は"金属"を精製し、"機械"を創造した。
では人間から生まれた"機械"であるブルールは、一体何なのだろう。
嗚呼、「笑っていられる」と言った矢先にこの思考回路だ嫌になる。本来、ブルールが気にすることは何も無いのだ。ブルールと言う存在を当たり前に受け入れてくれている家族がいるだけで、そう、
 


「――好きなんだぁ〜」
『    え?』
「ん? にいちゃん、おれのはなし聞いてなかったのか!?」
『ご、ごめんな。ちょっとぼーっとしてて…』
「もー! だから、おれ にいちゃんがオイルきょーきゅーしてるとこを見るの好きだなぁって言ったの!」


"オイル供給"?
今から行くガソリンスタンドでブルールが行う、給油のことを言っているらしい。
背面にあるハッチを開いてそこに動力源であるオイルを補給する時、突然のエネルギー過多により回路が麻痺する可能性がある為、ブルールはいつも補給が完了するまで全センサーを切りスリープモードになる。なのでその時の自分の様子は全く分からないブルールにとって、ナマエの言う「オイルきょーきゅーしてるとこを見るのが好き」への返しが分からない。


『…そうなのか?ただ静かにしてるだけで、つまらないと思うが』
「そんなことない! なんていうか……うーん……だまってて、カッコイイ……」
『黙ってるから格好いいって…』
「むり! 上手くいえない!」
『そ、そうか』
「だっておれまだ四年生だし!たぶん中学生になったら上手くいえるとおもうから、そん時にまたいう!」


だからそれまで待ってて!

ナマエの言葉に、ブルールは硬直した。何故か、ナマエの言葉が途轍もなく嬉しかったのだ。泣きそうになる。本来は脳に生じたショートを冷却する為に用いられる冷却水が用途を違って目から流れそうだった。いっそ流してしまおうか、と考えていると、立ち止まっていたブルールと手を繋いでいるナマエが「にいちゃん、早くガソスタいこ!」と言って駆け出した。釣られてブルールも小走りになる。
一歩の大きさが子どもであるナマエよりも1.5倍大きなブルールが、ナマエの隣に追いつくことは容易だ。
だけれどもう少し、小さくも大きい、愛しい人間の弟であるナマエの背中を見ながら歩くことも悪くはないなぁなんて、思ったりしてしまうのだった。




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