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*盲目になった老人+お世話をするロボ







「今日の空は、どんな感じなのだ?」


主人からのそのいつもの問いかけに、
ロボットは二年経っても、それに見合う返答をしてやることが出来ないでいる。


"RGB10進数 148,191,235" と答えるよりも、
"青色をしている"と言うのが良いことは理解していた。

しかし、数値で答えることの何がいけないのかは分かっていない。


鳥が飛んでいる、
太陽が上に昇っている、
雲の数が昨日よりも増えている、
風に飛ばされた葉が舞っている


ロボットは自分が伝えられる限度のことを全て伝えた。
それが本当に満足の行くような答えであるのかは知らないが、
それでも主人は「ありがとう」と言ってくれた。
ロボットが受け持っている他の仕事内容と比べれば、とても他愛のない事なのだ。
なのにこの主人は、ロボットがご飯を作って渡すことよりも、埃一つないぐらい綺麗に部屋を掃除することよりも、清潔な衣服を着られるようにと洗濯することよりも、流行りの小説家が書いた物語を買って読み聞かせることよりも、
そのロボットからの「今日の空」の話を聞くことにとても喜んでみせる。
やりがいなどとロボットは求めはしないが、人間とは不思議なものだと思う。
外界のことを知ることは、自己よりも大切に出来るものなのだろうか。




トレイの上に乗せて運んだ朝食のシリアルやヨーグルト、サラダやハムエッグを全て食べ終えた主人は、今日はとても調子が良いようだ。鼻歌を歌っている。ロボットのデータベースにはインプットされていない曲だった。『素敵なメロディーですね。何と言う歌なのですか?』訊ねたロボットに、主人は照れくさそうに「50年ほど前に、私が作った曲なんだよ。売れなかったけどね」 そう、主人はピアニスト経歴の持ち主であった。しがない、と本人が言うように、あまり有名ではなかったようだ。
しかしロボットは、今の主人の鼻歌の旋律を気に入った。しっかりとデータとして録音しておいた。


『そう言えば、この家にはピアノがありませんね』

「以前はあったんだよ。 だが、病気に罹ったときに、つい…棄ててしまったんだよ」


自暴自棄になっていたから。
主人は後悔していた。話を聞けば、光沢の美しいグランドピアノがこの家にはあったそうだ。業者を呼んで何年も手入れと調整を繰り返しながら、大切に大切に扱っていたという。主人はピアノが大好きだったのだ。


しかし、不幸にも主人は病に罹り目を失明する。それがちょうど二年前のことで、ロボットが介護と言う名目でこの家に住み込むようになったのも同じ時期だ。
ロボットが来るより前に、そのピアノを棄てたのだろう。



「君は、音楽にも精通しているロボットなのかい?」


ベッドの上の主人が世間話を振って来た。

特別詳しいと言うようなタイプではなかったが、どんな人間とも軽く論を交わせる程には情報が入っていると答える。「ほぉ、それは凄いな」と主人は言った。優しい口元だ。ロボットの目にも好ましく映った。


「わたしはもうあまり"記憶"と言うものがないね。昔は、わたしも色々なことを知り、覚えていたのだが……老いとは怖いものだよ」


人間の言う"老い"と言う現象もロボットには理解しかねたが、『主人様はまだまだお元気ですよ』と励ましの言葉をかけておいた。



『……あ、そうだ。 昨日、買い物に行った帰りにチラシが出ていました。明日、街のホールで演奏会が催されるそうですよ』

「ほう、それは珍しいな。 旅の楽団かい?」

『そのようです。 私がお傍を離れずついていますので、気分転換に行ってみませんか?』

「いいねぇ、行こうか。君がいるならわたしも安心だしな」



――そうだ、では 明日の空はどうなる予報が出ているんだい?

目が見えなくなってから主人に出来た口癖がまた飛び出す。

脳内に組み込まれているコンピュータから算出されたデータを取得したロボットは、深く思考せずに、直ぐに主人へと答える。


『  絶好の、お出かけ日和ですよ』



―今のはなかなか上手く言えた表現ではないだろうか?

主人に褒めて貰おうとしたロボットよりも早く、主人の「そうか」と言う言葉と笑顔と共に、温かで、骨と皮だけになりつつある掌がロボットの冷たい頭部に落ちてきた




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