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*風の女神様×小学生女児









あの子はとてもとても愛い子で、あの子よりも愛しい人間を
今までも、そしてこれからも、私は知らない。







子どもと言うのは好奇心が服を着て歩いているようなものだ。

誰も行ってみたことのない場所へ行ってみたい、
誰も触ったことのないものに触れてみたい、
誰も見たことがないものを見て見たい、
誰も知らないようなことを知りたい、
誰も持っていない物が欲しい、

欲とは止まるところを知らず、目に映るもの全てが新鮮に見える子どもの目と、今ここに嵌っている私の眼球とを取り替えてもらいたいと言う気持ちを抱くこともある。



その小さな幼子の手いっぱいの泥団子を作って、何がそれほどに愉快なのか、きゃらきゃらと顔一杯に笑顔を浮かべて、とても楽しそうにしている。

私が宿るこのお社は人が参りに来なくなったせいで、酷く閑散としている日々が続いているが、この幼子が此処へ来るようになってからは、境内にも、辺りを囲む木々の間にも、高く明るげな笑い声がよく響くようになった。
見てくれは小学生ぐらいの童女だ。夏の憂鬱とした暑さにも負けず、半袖にスカートと、到底山歩きには向いていない格好で、森の奥にあるこのお社にまでやって来る。
"夏休み"と言う、長期休暇の影響なのだろう。春頃まではこの童女の存在は無かった。
いつも独りでやって来ては、元は火消し目的の為に設置された砂場で心行くまで遊んでいる。
このぐらいの年の頃ならば、友人の一人や二人を誘って、人形遊びにまま事に励むのだと思うが、どうもこの童女は砂遊びが大好きなようだ。でなければこうして毎日のようにやって来ては、数々の砂作品をこさえて見せはしないだろう。
私はいつもそれを 童女の少し上から見守っていた。
頭の上で空中浮遊をしている私の姿を この童女は目に映すことはない。何故なら私は神格であり、人間の子には目に捉えられぬ存在だからだ。
その童女を見ていることだって、暇潰しだ。
何か加護をやろうとか、呪いを与えようという意識ではない。
此処は静かなのだ。静寂は好ましいと思っていたのだが、どうもこの童女の笑い声を聞いてからと言うもの、人が楽しげにしている声を聞くのは存外心地好い事だと言うことに気付いてしまったから。



「ふん、ふんふー らーらー、ふーん」


拍子の外れた鼻歌を口ずさむ童女は今日も砂と近くの川から汲んできた水を使い、様々なものを仕立てあげた。
陶器の形を模したものや、動植物の姿を模ったもの、今日は"お城"とやらは作らないらしい。あれは童女が作り出したものの中でも、中々の力作であった。何せ大きいのだ。あれが異国の地にあると聞く宮殿、城か。私はそこで初めてそれを知ったのだ。永らく生きてはいるが、この年にもなってまさか人間の子どもから何かを教わることになろうとは思ってもみなかった。


「よーし、できた!」


さも満足、と言うような表情を浮かべた童女はおもむろに立ち上がった。腕や顔、衣服についた泥などを払い落としている。
私も少し手伝ってやろうと、軽い風を吹かせ、渇いた砂などを取り除いてやった。他意はない。
そしてこれもいつもの事だったが、童女は自分が作った作品を惜しんだりはしない性格をしていた。
砂場にて作ったものをそのまま置いて帰る。確かに此処から家路まで持って帰るのは億劫だろうが、それでもこうもあっけなくしている様に、この童女はつくづく変わった子だと思わされる。

私は、それを勿体無いと思う。
風が吹き、夜露に濡れ、雨が降ればこの作品は消えてなくなってしまうのだ。それが、とても勿体のない。

だからいつも、童女が帰った頃に、私は使い魔にこれらを保管しておくよう命じるのだ。風の吹かぬお社の暗所に置いておけば、土くれと言えど少しの間は形が保てるだろうと。
使い魔はいつも不思議そうな顔をする。何故そんな意味のないことをするのかと。
そんなもの、私にも分からぬ。
ただ、あの童女が作ったものだと思うと、土でも愛せるような気になるだけなのだから。


そう、私は分からぬ。

童女の作ったものだけが愛しく思うのかと言われれば、それは違う。


この子が、とても愛おしい。
その輝かしい笑顔を私の方に向けてくれるのなら、どれほど良いだろうと、
その鈴のような声音で私の神名を呼んでくれたのであれば、どれだけ幸福だろうと、
希い、焦がれてしまって、何も無い夜を越すことでさえ辛いのだ。



「あしたは なにつくろっかなー」


早 明日の計画を企てる童女の足が、鳥居へと歩き、去ろうとする。
行かないで、とは言えない。あの子には私の声はどうせ聞こえないのだから。

ただそれでも、今日はどうしても声に出して言ってみたくなった。
私のことを見えなくても良い、聞こえなくても良い、
それでも、此処であなたが来るのを待っている神がいると言うことは、どうか知っておいてほしい



『―――また、明日』



私の声は風に攫われなかっただろうか。か細くはなかっただろうか。

しかし様々な私の杞憂は全て失せることになる。


あの子が、振り返った。

鳥居をくぐろうとしていた足を止め、細い首を背後へと回す。
その小さな目は、真っ直ぐと私のいる方へと突き刺さっていた。


「…………あなた、神さま?」





――嘗て、是ほど迄に神へと衝撃を与えた人間がいただろうか


禁忌なのかも知れない。だがもう手遅れなのだ。
私と人間の子どもは、出会ってしまった。
私の心は早鐘を打ち鳴らし、お社中に響いている。






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