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他の夜勤組は皆見回りに出かけた。広い監視センターの建物の廊下を 夜中の二時だと言うのに慌しく行き交っている音がする。

家に帰っても誰も待っている者のいない独身男にとっては、夜番と言うのは然程の苦労ではない。しかし、それが一週間も続くとなると多少の疲労感は拭えなくなってくる。凝り固まった両肩を回してみたり、電磁疲れを起こしている両目に目薬を差してみたが、さして効果はなかった。

明々とした光が夜間運行中の車の迷惑にならないよう最小限の明るさに止められている薄暗い室内で、ブルーライトを放っているモニターと向き合いながら、ナマエの脳裏に「休憩がしたい」という欲が湧いてきた。煙草を吸いに行っても良かったが、それよりも眠りたかった。


少し眠ってしまおう そう決めた。
かけていたブルーライトを遮断する眼鏡を外し、ナマエは目の前の存在に声をかけた。それは同僚ではなく、上司でもない。


高速道路の自動監視を続けるコンピュータだ。


監視システム、監視カメラ、AVIシステムなど様々な装置を管理しているメインコンピュータを搭載した巨大モニターはその大きなブルースクリーンにつらつらと目まぐるしく情報を映し出し続けている。
機械化が進みつつある道路事情において、人間の眼だけでは補い切れない数の事故や違反がないかどうかを三百六十五日、二十四時間体制で監視しているこのコンピュータにこそ休息が必要ではないのだろうかとナマエは思った。


「10分だけ、独りで頼めるか」


ナマエがかけた言葉に、果たしてコンピュータは何と思っただろう。
作業の手を止めたナマエに、コンピュータがウィンドウ上で理由を尋ねてきた。


≪  Showing of Grounds.  ≫


その理由欄に≪休憩 担当者がバックから戻るまで独自システムに切り替えて待機しておくこと≫と打ち込めば、コンピュータは了解したようでウィンドウを消し、自分自身にロックをかけた。管理者以外の人間が情報を操作しないようにするためだ。


寝過ごさないよう10分のアラームをパソコンの隅へセットしたナマエを コンピュータはじっと見下ろしているようだった。
机に向かって腕を枕にし眠る姿勢を取ったナマエの眼に、コンピュータのそれ以上の姿は映ってはこなかった





ピピピと音を立てる電子音はパソコンから流れていた。
もう10分経ったのか、しかし少し疲れは取れたような気がする。ストップボタンをクリックするまで鳴り続けているアラームを止めるため、ナマエは手探りでマウスを探す。なんとか押すことが出来た。眼を擦り、外していた眼鏡を手に取る。


そこでふと、コンピュータモニターに目線を向けてみた。
変事はなかっただろうかと言う理由で配せた男の眼に映りこんだのは、モニター上でポップアップしていたウィンドウ内のメッセージだ



≪  Wake up.  ≫



起きろ、と。 そのメッセージにナマエは目を疑った。まだ、寝惚けているのかも知れない。それともこれは夢の中か?と勘繰った。それ程にこのコンピュータモニターが打ち出しているメッセージの内容がやけに人間味に溢れたものだからだ。

なんだ、何事だ、とうろたえるナマエをカメラで見ているのか、コンピュータは最初のメッセージを消して、二つ目のメッセージをモニター上に映す


≪  Let's get going.  ≫


休憩は終わり、さあ仕事に戻ろう

機械からの呼びかけに反応が取れない。
素っ気無いハズの機械が、どうしてこんな、人間の言葉で語りかけてくるのだろう?
システム的なメッセージなら反応が取れるようにプログラミングされているのは知っていたが、まさかこんな、ズル休憩を取った人間にまで声をかけることが出来たのか。


「……ああ、頑張ろう 夜はまだこれからだぜ」


目の前のコンピュータが、ひどく人間的に見えてしまったものだから
ナマエはついうっかりそれを肉声だけで言ってしまった。パソコンを介していないナマエの言葉は、コンピュータには届かなかったことと思う。

監視モニターはさっさとウィンドウを切り替え、見回りに出ていた同僚たちからの『西ブロックIC付近で追突事故が発生』という要請を知らせる。ナマエは、ヘッドマイクを取り付けた。




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