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「#幼馴染」のBL小説を読む
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*鎧に魂を宿している亡霊騎士×亡国の王子




向かい風によって威力を増している雪の粒が、王子の端整な顔を濡らしている。一応着用しているマントのフードも、風のせいで脱げるばっかりだった。
故国では体感したことのない寒さには、長く旅をしてきた甲斐あって慣れてきたが、顔にかかる雪、雨粒関連の鬱陶しさには苛々させられる。

「もー全然役に立っていないぞアルマー」

生産性のないボヤキは、前に立ち"風除け係"を担う鎧騎士に何を思わせただろうか。

『…………我慢召されよ、王子』

硬い動きで後ろに振り返った鎧騎士からは、ヘルムによって幾分篭ったような声での返答がくる。 確か一時間前にも同じ台詞を言っていたぞ、お前。 追求すれば、分が悪いと判断したらしい。またさっさと前を向いてしまった。つくづく勝手な従者である。



西洋鎧のデザインをベースに、祖国の文化と王城の意匠でアレンジがなされた豪奢かつ機能性に富んだ鎧に全身を包む従者――アルマは、【亡霊】だ。
祖国の王城で王子の近衛騎士として仕えていた生真面目な騎士・アルマトゥーラの話をする前に、この旅の経緯と理由を話さねばならないだろう。




とある国の とある城が 他国の軍勢に突然攻め入られ陥落したのが四年前


攻め入られた国は、国土豊かで、王政も滞りなく、民衆も王族も、誰もが幸せに暮らせていた稀有な国だった。 だが生憎、その国は兵力が乏しかった。
攻め入られ、抵抗もままならず呆気なく、長年国交を紡いできた隣国に奪われる。
王子の父と母――王と王妃はその際に殺された。
 そしてアルマトゥーラもまた、向けられた剣から幼き王子を護る為に一度そこで命を落とす。
 王から賜ったと自慢だった彼の鎧が、無惨にも壊れて行く姿を王子は今でも鮮明に覚えている。

 王子は 泣き出した。 自分へと向けられる大人たちからの殺意よりも、父や母、そしてアルマが死んだという事実に、涙を流すしかなく、そんな目障りな存在を他国の兵士たちが放っておく筈もなかった。


――そして再度、殺す為に振り上げられる剣から王子を護ったのは、またもアルマトゥーラだったのだ。


勿論、アルマトゥーラは死んだ。 物言わぬ死体は、王子のすぐ傍で横たわっている。

兵士と王子の間に割って入って来たのは、王城の廊下に飾られていた観賞用の鎧
腕のいい職人が作り上げたそれは実際に着て動くには重たくて実用性には向かないものである。

しかし、その鎧は、独りでに動いていた。
狼狽する他国の兵士たちから王子を護らんと、重い剣を握っている。


「……アルマ…?」


呆然と呟かれた王子の言葉を、見事な動きでもって兵士たちを床に沈めた鎧騎士は聞き取った。無意識の内に呟かれた名前が、さも己の名であるかのように。

近付いて来た鎧騎士は持っていた剣を腰に下げ、王子の小さな身体を抱き上げる。

『逃げましょう、王子』

少しくぐもって聞こえたその声が、死んだ筈のアルマトゥーラのものであると判断したのはこの時が最初だった。




アルマトゥーラは死んだ。
しかし死の直前に、彼の忠誠心は国を 王子を想った。
彼の身体はもう存在していない。 ただその魂、精神と呼ばれるものだけを鎧に宿した精神体となり全てを失った王子の傍らで付き従う騎士となる。

住む場所も帰る場所も無くしたが、ずっと昔から傍で仕えてくれていた騎士が隣にいるのはとても心強いことだった。


体が無いからなんだと言うのだ。 "アルマ"という人格があれば、見た目が鎧だろうが亡霊だろうが構わないだろう。そう、思うのだ。



「 アルマは昔から、僕のことが大好きだったしな!」


過去のことを回想していた王子の急な呼びかけに、前を歩いていた鎧騎士は大袈裟に反応を示す。
危うくつんのめりかけている様子に、王子はハハハと声を上げて笑った。


『…急に何だと言うのだ』

「いや、死んで尚も僕を護ろうとするその見上げた忠誠心を嬉しく思っているだけだが?」


大人しく泣いていたあの頃よりも随分高飛車な性格へと育ってしまった王子の姿を見て、鎧騎士はどこかで育て方を間違えただろうかと考える。…だがすぐに、その考えを打ち消した。――三つ子の魂百までと言う。とうの昔から、王子は王子なのだろう。


『…ああ、好きだとも』

「! ほんとか」

『勿論だ。 好きだと慕う相手の為でなければ、こんな異形の姿になってでも護ろうとなんて思うまい』

「…フン 当然だね。これからもずっと、アルマは僕のものなんだからな」

『心得ています』

「この僕が、冷たいガントレットで軽々しく頬を触らせる相手もお前しかいないってことをちゃんと理解しておけよ」

『了解した、我が君』



ようし、何だかやる気が湧いて来た! 歩くスピードを速めた王子は、今日の内に隣の町に辿りついておきたいアルマトゥーラの心境を汲み取ったわけではない。
だが、元気になられたことは喜ばしいことだ。 アルマトゥーラも王子の後に続くべく、ガシャンと音を立てて地面を踏み締めた。雪も、小降りになってきたようだった。




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