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深夜三時半過ぎ
とっくに静まり返っているマンションの一室で、極力音を立てないよう殊更ゆっくりと鍵穴に家鍵を差し込み、同じようにしてドアノブを回す。暗い廊下がまずお出迎え。明かりの点いていないリビングは視認出来ない。しかし此処は自宅 通り慣れている為に何かに躓くこともなく、容易に壁のスイッチを探してオンにする。一気に部屋が明るくなった。俺はそこでようやく一息吐くことができた。


「喉ガラガラだぁ…」


朝までコースのカラオケを途中で抜けて来た理由は、単純に疲れたからだ。代わり番こに歌っている他の連中とは違い、歌のレパートリーも少なく、他人の歌にも興味がなくて退屈で仕方なかった。それに俺はまだ高校生だ。誘ってくれた先輩たちは大学生で自由かも知れないけど、おれはまだまだ子どもである部分に拘束されている。4時間後にはもう学校へ行かなくてはならない。考えると憂鬱以外の何物でもなく、早く寝よう、と言う気にもなれない。今から寝ても、ずっと起きてることと大差無い気がした。今でもまだ、頭の中を揺らす爆音が響いてるみたいだ。

何とはなしに手に持ったリモコンで、備え付けの小さいテレビに電源を入れてみる。最初に放送休止をしてる画面が映り、やはり時間が遅いと言うことを改めて認識させられた。何かやってるところはないかとチャンネルをどんどん変えて行く。青画面、青画面、砂嵐、砂嵐………


『テレビ〜、ショッピーン!』


映った。
聞こえて来たのは軽快な歌と明るい女の声 音量が大きかったので慌てて14まで下げる。若干小声になったテレビの中の女が言うように、どうやら通販番組らしい。この種類の番組をマトモに見るのは初めてだった。


『最近どうですか?人間関係とか社会との折り合いが上手く取れてない方も多いのではないですか?』


存外突っ込んだ内容を言ってくるんだなと驚かされる。司会と思しき女はカメラの後ろにいるであろうスタッフを客に見立てて話しかけてるのかと思うと何だか笑えた。寝ていないのと余韻のせいで気分がおかしい。普段ならくだらねぇ、と消して横になるところだったけど、見てやろう、どうせ今これを見てる人間もそんなにいないだろうし可哀想だから、なんて思いながら。


『人間のストレス発散方法の一つに"対人との会話"があります。人は親しい他者と話すことにより、その日の出来事を反芻したり、自分の考えていること、主張したいことを周りに伝えることで快感を覚え、脳を刺激するよいリラクゼーション効果を得るのです!』


眉唾ものの理論を並べる女の口をぼうっと見つめる。会話かぁ…。馬鹿話なんかは周りの奴らともするけど、それによりリラクゼーションを得ているのかと言われると答えはノーだろう。癒されたことなんかないぞ、誰かとの会話で。
個人により差があります、と言うんかなこう言うのをなんて考えていた内に女の話は進み、いよいよ商品紹介の番に移っていた。
赤い布を商品に被せている台がごろごろとフェードインしてくる。女は更に声を張った。


『そんな貴方に今日ご紹介する商品はなんとこちら!
誰とでもより良いコミュニケーションを円滑に取ることの出来る、メーカーさんの開発陣が総力を挙げて創り出したのは、魔法のようなぬいぐるみ!!』


待て。今なんつったこの司会者 ぬいぐ、


『はいっ! こちらがその"しゃべるクマのぬいぐるみ"の "マァちゃん"です!』


ぬいぐるみだった。聞き間違いではなくぬいぐるみ

赤い布を除けて出てきたのはフカフカしたクマのぬいぐるみ……なのだが、やけにその見た目に既視感がある。レンタルビデオ屋のスペースにあったゲーム売り場で見かけたゲームパッケージに載っていたクマ……更に言うならスマートホンのアプリで見たことがある"クマがトモだちになってくれる"奴のそれにそっくりすぎる気がするんだが大丈夫なのかそれは。


『このぬいぐるみ、可愛い外見とは裏腹に中身はチョ〜ハイテクちゃんなんです!何でも自動自律処理機能と呼ばれる会話型処理システムを搭載していて、人と会話を交わす度にその内容を学習、復習し、予習機能をグレードアップさせ回数を重ねれば重ねるほどより円滑なコミュニケーションの実現が可能、というデキる子なのですー!』


これがギャップと言うのか。
可愛らしい外見であるクマのぬいぐるみを映していながら、後ろでは司会者が難しい仕様の説明をしていて、そのぬいぐるみがタダならぬものでないことを知らせている気がする。

俺は情けなくも俄然興味を唆られていた。気になる。そのクマのぬいぐるみがどんな風に喋るのか、実演して見せてくれと拳を握っていた。


そして俺はこの後、ズブズブと司会者の言葉に乗せられることになる。



『やはり皆さんが気になるのはこの子のお、ね、だ、ん、ではないでしょうか〜?』
いや値段よりも動いてるところを、
『開発陣の皆さんの汗と涙とユンケルが込められたこのクマちゃん!』
ユンケルとか言うな
『お値段なんと198,000円!』
「たかっ!?」
しまった思わず独り言、
『ですがなんと!今なら驚きの出血大サービスで19,800円でのご提供!』
「や、安っ!!」
10分の1!?そんなことが許されるのか!
ユンケル代の元も取れないんじゃないのか!
『ですがこのサービスは先着1名様のみの対象とさせて頂きますので〜』
「ま、マジで!? 一人だけ!?」
『ではそろそろ電話受付のスタート時間のようです!』
「えっ待て、実演は?」
『お電話の用意はよろしいですか?』
「ちょっ、ま、心の準備が、ええっ?」
『それでは電話番号、0120-…』
「あ、ああああああっ!!!」











そして5日後

まるっきり深夜テンションだった俺が電話戦争に勝利した証である賞品……ならぬ"商品"が、あの日の出来事を忘れさすまいと主張をしている。

宅配業者から段ボールを受け取った時点で悪い予感はしてたんだ……バイト代の半分が飛んでったからって泣いてはいない、泣いてはいないが、だ




「高校生の男がこんなモン持ってるなんて知られたらはっっずかし、い、ぃぃぃ……!!」

『まぁごちゅじんちゃまどうちたくまぁ?頭がいたいいたいなの?』

「どうもしねぇから黙っててくれぇ…!」


やけに赤ちゃん口調の激しいクマだった。聞いていてこちらが凄く恥ずかしくなるのにコミュニケーションなんて取れるのか、無理じゃねえか


あの怪しい通販番組からの『商品購入に関してのお礼状』みたいなのも箱に同封されていて、そこにはこの"クマのぬいぐるみ・マァちゃん"なるものはシリーズ商品の一つだそうで、元祖しゃべるぬいぐるみ・ヒツジのメェちゃんなるもののシステムを踏襲したオリジナルデザイン……とか能書きはいいんだよ!


「ぬいぐるみが話し相手になってくれなくても別に俺は人に困ってねぇ!」

『でもマァちゃんにはごちゅじんちゃまが必要でちゅくま!』

「ぬわああああ"ごちゅじんちゃま"はやめろ鳥肌が凄い!!やっぱあの日の俺はどうかしてた!ぬいぐるみなんかを二万円出してまで買うなんてあの日の俺は俺じゃない!」

『………くまぁ……』

「っ!」



明らかに落ち込んだ暗い声が聞こえてきてギョッとする。

案の定、そこには自分の柔らかいお腹辺りを掴んで震えてるぬいぐるみの姿が


『うぅ…ごちゅじんちゃまがそこまで言うならくーりんぐおふってゆう手段もあるくまぁ……ぼく、すっごくイヤだけど、ごちゅじんちゃまがぼくをキライになっちゃうなら、元のお家に、もどるく、』


「な、泣く、な!」

『まっ!』



ほんとうに俺は何をやってるんだろう。
膝小僧よりもまだ小さいぬいぐるみを抱き締めてるとか死んだ方がいいのかもしれないいや学校の奴らに見られた時に死を考えるとして今はちょっと横に置いておく


「悪い、言い過ぎた。クーリングオフもしないし、嫌い…もしねぇから、そうメソメソするなよ。 俺、貰い泣きするタイプの人間なんだよぉ…!」

『うわぁあん!ごちゅじんちゃまやちゃちぃくまぁ〜!』




…以上の出来事により、一人暮らしだった俺の家に"クマのぬいぐるみ"なんて言うガーリーなモノが増えたわけだが、このぬいぐるみは単なる置物じゃなくてれっきとした俺の"家人"(家熊?)なので誤解はしないでもらいたい。俺の趣味が決してガーリーなんじゃない。



余談だが、隣のクラスにも何やら喋るぬいぐるみと同居をしている奴がいると言う話を聞いたので、近々そいつに話を聞きに行ってみようかと思う。顔は何回か見たことはあったけど、話したことはないから少し億劫だが、クマ吉(マァちゃんなんて呼べるか)のことを知る第一歩になるんなら、半歩ぐらいは自力で頑張ってみようかと思っただけだ。クマ吉のことを気に入り出してんだろとか言う奴は総じて死ね



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