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まだまだ自然の多く立ち並ぶ深い山中では、木々の合間に隠れるようにして、小さなお堂がぽつりと人知れず建っていた。

お供え物をする人間も何十年前からかぱったりといなくなり、今は寂れた信仰の跡だけが窺える。

その古ぼけた木製のお堂の上で、細い鉤爪の付いた足を交差させ胡座を掻いて座る者の姿があった。

その者は人間の修験者が身につけるような暗い色の衣服に粉する他は、およそ人間とは呼べない異形の姿をしている。
真っ黒に覆われた毛むくじゃらの頭部の上に紅色の修験帽を乗せており、
顔の中ほどにある黄色の嘴や、背中から生えている真っ黒な翼、細い手足に、鋭利な手に握られた錫杖で、それが"烏天狗"であることを視覚的に伝えていた。

しかしこの烏天狗には、"双眸"が無かった。

本来ならばどんな生き物にも最低で眼が二つ付いてあるものだが、どう言う理由かその烏天狗には生まれつきそれが無い。
"奇異"であると、同族達からは手酷い蔑みを受けたが、
眼は無くとも、烏天狗は全てを視ることが出来た。修行の成果もあったことだろう。
"心眼"と呼ばれるものを会得した優秀な烏天狗は、他の同族達よりも逸早く一人前になり、こうして、一つのお堂の守護命を賜っていた。

今年で、ちょうど百二十年目になる。




『…また此処へ来たのかナマエ』

「だって"かるら"のこと知り足りないもん。 ねぇ、どうして目がないのに私がきたかどうかが分かるの?教えてよー!」

『………』


そんな節目の折のことだ。
ナマエと言う、稚い人間の少女と出会ったのは。

本来、烏天狗のみならず妖怪、神格、精霊などの姿は人間には視認されない。
だがたまに人の身でありながら優れた霊力を持った者には、"人ならざるもの"が視える場合があることを知識として烏天狗は知っていた。

それがまさか、こんな小さな少女にも当てはまることだとは。



『……お前ではまだ理解出来ぬような話だ。もう少し成長しろ。でなければ話聞かせたところで無意味だ』

「えー!やだよー! 私がおおきくなるのを待ってる間に、私がかるらのこと視えなくなったらどうするのっ」

『……好都合だが』

「なにか言った?かるら!」


嗚呼、やはりやたらに名など教えるものではなかった。

烏天狗の真名 『迦楼羅』を少し舌足らずな発音で、何度も何度も繰り返すナマエ
初の対面の際に、"人間の少女"の物珍しさについ名乗ってしまった己の失敗を思い返す。
黄色の嘴から零れた迦楼羅の重い溜息に、ナマエは『なにか悩みごと?』とまあ呑気なものだ。
迦楼羅の姿を視認していることから察するにナマエもさぞかし力の持った家系の生まれなのだろうが、まだ年端も行かぬ少女の内から異形である烏天狗とばかり交流を持っていても仕方ないだろうに。早く家に帰れと募っても「まだかるらのとこにいたい」の一点張り。


『…此処は何も無い場所だろうに』

「どうして?かるらがいるじゃない」

『…俺を数に入れないでもらいたい』

「ねーかるらー今日もあそびに行こうよー!抱っこしてー!飛んでー!ねぇねえー」


本当にナマエは喧しいしじっとしない子どもだ。
今の今まで不思議そうに迦楼羅の眼のない顔を触っていたかと思いきや、すぐに首元に抱きついてこの変わり身の速さである。


『……駄目だ。俺はこのお堂の守護役…』

「今日は山滝の方に行こっ!お婆ちゃんのお話じゃ、山のお花も咲いてて綺麗なんだって!」

『………今日だけだぞ』

「わぁい!」


どうして甘やかしてしまうのだろう、なんてもう考えないようにしなくては自己嫌悪によって迦楼羅の精神は参っているところだ。

小さいナマエの身体を腕に抱きかかえ、ナマエの腕が首に回ったことを確認して、背中の翼を大きく左右に広げる。
一気に地を蹴り上げ、加速しながら上空へと躍り出た。


「わぁっ!今日もはやーい!」

『舌を噛んでも知らないぞ』

「本当にかるらはすごいねぇ!」


凄くなんか、と否定、ではなく謙遜しようと思ったが言うのをやめた。
どうせナマエ相手に謙遜したところでちゃんとした意味として理解はしないだろうと。


「かるらは服を着てるのにフカフカだね」


そう言うナマエは、服の上からでも分かるくらい小さいな。

そんなことを考えた迦楼羅は、何と下賤な発言だったのかと後で自己嫌悪することになる。
その悩みの種は、今も迦楼羅の腕の中で高速に過ぎて行く景色を目で追うのに必死になっていた。



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