中学三年生の冬――
上級生は部活動も委員会も全て引退した後であり、控えている進学の為の準備に日々追われていた。
周りの生徒たちも、先生も、放課後だと言うのに忙しそうにしている。
自分も呑気にいられる立場ではないと自覚しているナマエだが、今日はもうさっさと帰りたい気分だった。
最近、寒さの影響で風邪気味だったナマエはこみ上げてくる咳を飲み込んでから、通い慣れた隣のクラスの引き戸を豪快に開ける。
「二角ぃー、帰ろうぜ」
「 うん」
"二角"と呼ばれた男子生徒は既に帰る準備を終えていたようで、ナマエに呼ばれるとすぐに席を立つ。
教室のドアから対角線上に、窓際の一番前の席である二角が来るまで ぼんやりと思考する。思い出したのは、二角との出会いの時だ。
二角は中学一年生の冬に、この中学に転校してきた転校生だった。
一年二年と同じクラスだったナマエは二角と一番交流を持っていた。よく隣同士の席になったのも関係しているが、性格的に相性が良かったんだと思う。
中学三年になっても小柄なままで、いつもどこかオドオドした様子の二角だが、話してみるとなかなか面白い奴なのだ。"聞き上手"なところがあるんだろう。
「ナマエ? なにボンヤリしてるの?」
「 してねぇし。ちょっと風邪気味なだけだし」
「えっそれって大変じゃないか? 早く帰ろう」
部活動も何もやってなくて力瘤の一つもない二角がナマエの腕を引っ張っても、三年間サッカー部で鍛えた身体はビクともしない。
しかしナマエは抵抗なんてしない。二角に引かれるままに脚を動かして、のらくらと付いて行く。あれそう言えば、どうして俺はさっさと帰りたい気分になってたんだっけ、なんて考えながら。
「咳してるけど、辛くない?」
「平気だって。寒かっただけだから」
「…確かに最近はめっきり冷え込むしね」
田園風景にある畦道を通りながら帰路に着く。
車が走る道路と言うよりは、農耕車やトラクター、自転車通学の生徒達が利用する舗装のされていない道 夜になれば、街灯もないこの道は真っ暗になる。日没も早くなると更にこの辺りは危険な道になる。 だがそんな通学路とも、あと数ヶ月でお別れだ。
「……寂しくなったりすんのかな」
「? ……ああ、卒業のこと?」
「そう」
どうなんだろう、分かんない。二角からの返事に、そらそうだよなと思う。ナマエも二角も、まだ"卒業"を経験したわけではない。小学校の頃の卒業とはまた、意味も環境も変わってくるのだ。
この辺りに高校はない。幾つかの交通機関を利用して、市街地の方にある高校へ大体の生徒が受験する。中には高校に行かず、そのまま実家の農業を継ぐという生徒もいるが、それはつまらないのではないかとナマエは思う。 "高校"と言う経験を逃してしまえば、次に"自由"が来るのはいつになってしまうんだろう。
「……てかそろそろ教えろよ二角 お前どこの高校受験するんだって」
「え……」
「ずーっと教えてくれなかったじゃんか。俺は教えたのに。不公平だろ」
春からずっと言っているのに、冬になってもまだ教えてくれない二角は何を考えているのか。
「俺に教えたくない理由って何だよ。返答如何によっちゃ怒んぞ」
「………」
やっぱり、今回も二角は黙ったままだ。
ナマエも、二角を問い詰めて喧嘩をしたいわけではない。また折れないといけないのは俺の方か、なんて考えながら「分かった、別に言いたくないなら言わなくてもいいぞ」と同じ謝罪をしようと口を開く。
しかし、今回はいつもとは違うことが起こった。 二角の方から先に言葉を挟んできた。
「…僕は、高校には行かないんだ」
「……は!? なんで?何で行かねぇんだよ」
どうしても強い口調になってしまいそうなのを必死に堪え、極力トーンを抑えて問いかける。 二角の方は表情をどんどん暗くさせて行ってしまうので、それとは違う、別の焦りをも覚えてしまう。
「行かないって言うか、"行けない"って言うか…」
「…お前ん家ってそんなに貧乏だったっけ? ……ん?てか、あれ…?そう言えばお前の家ってどんな……」
かぞくだ、っけ ?
「 ナマエ」
確かな響きで持って、二角が名前を呼ぶ。
いつもオドオドと向けられていた二角の目が、強く光った。
「こんな僕と友達になってくれて、ありがとう」
「二角……?」
「な、ナマエ 一つ君に言っておかなくちゃいけないことがあるんだ」
はじめまして、二角と申します。 二つの角、って書いてにすみって言います。
ここは慣れないことばかりなので、皆さんに色々と迷惑をかけると思いますが――「 もし僕が、」
――仲良くしてくれるとうれしいです「 "人間じゃない"って言ったら、どうする? 」
なあ二角 お前って、そんな角、今の今まで生えてたりしなかっただろ
*
ずっと友人だと思っていた同級生が実は修行中の身である山神の化身だった