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五年前の台風で 額束のところから折れた赤い鳥居は修復されていないし、風に飛ばされて行ってしまった屋根瓦も禿げたまま。
二体で一対だった狛犬も、比較的長毛の方の頭から先が砕けて落ちている。
境内まで敷き詰められていた敷石も完膚なきまでに剥がれてしまい、剥き出しになった地面を歩いて通るしかなくなった。

散々な有様なまま客足も人も途絶えた神社は寂れ、廃れる一方だ。

「今に潰れるな」
『五月蝿ぇ。余計なお世話だ』

俺以外の人気のない場所で聞こえてきた第三者の声とは、地に落ちて倒れてる壊れた狛犬…の片割れからのものだ。
こっちには石材の代わりに黄金でも用いられたのでは?と勘ぐってしまうほど、多様な自然災害や経年劣化に負けずに本来の姿のまま石の台にお座りしている狛犬は、淡く光っている"精神"のみを外に浮上させて、空中でくるりと一回転

「何で"お前ら"って精神体になると必ず一回転すんの?」
『凝り固まった身体を解してんだろうが』
「ふぅん、そんなもん」

おどろおどろしく険しい顔つきの狛犬は、俺の周りを空中浮遊しながら、『最近お前がココに来る頻度上がってねぇか?』一昨々日も来ただろ。 おや、よく覚えていることだ。俺はそんなこと忘れていた。神社の番をする以外他にやることのない暇な狛犬とではやはり記憶力にも差が生じるらしい。

「お参りしに来てるからだよ」
『何をそんなにお参る必要があるんだ?』
「学業成就。来月、大学の受験だし」

すると狛犬はようやく気がついたようで、『そう言やお前、"受験生"だったな』と言った。
そう、俺は忙しい忙しい受験生の身空なのだ。
暇を持て余してブラブラと近所にある廃れ寸前の神社に足を運んでいるわけでは決してない。


『良いこと教えてやる。 もうココには神様なんざいねーぞ。皆五年前に出て行っちまったからな』
「…え、まじ?見えなかった」
『いねぇんだから、そら見える筈ねぇだろ。もう十年前とは違うんだ、数も、環境もな』


――小さい頃から、この神社は俺の遊び場だった。

昔は色んなものがココにいて、俺はその色んなものが目に視ることが出来た。
風の神様、水の神様、土の神様と言った有名どころとか、杓子の神様や賽銭箱の神様、銀杏の神様に小雨の神様など。
神様って言うのは人間そっくりな姿をしていたり、獣の姿だったり物品そのものの形を取ってたりと様々だけど、みんな良い奴ばっかりだと昔から思い込まされていた俺は、まさかそんなに本当はみんな薄情だったんだとは考えてもみなかった。 いや、そもそも視えなくなったのだから知る由もない。俺は随分と昔…中学に上がる前に、途端にみんなの姿を見ることが出来なくなっていたからだ。

しかしそれならば、この狛犬は何故? どうしてお前はココにいる?――そしてどうして、お前の姿だけは最後の最後までこの目に映るのだろう。


『しょうがねぇだろ。こいつを置いてはいけない』

フワフワと浮かべる前足で、狛犬は倒れている狛犬を指す。 この狛犬とも、昔はよく遊んだものだったのに。


『…でもまあ、そろそろ俺も考える。次の宿り場所をな』
「えっ、狛犬もココを出て行くのか?」
『当然だろ? 最後の参拝者がいなくなれば、俺がここを守護する利益もなくなるし』


そう言うと狛犬は、自分の石像の方へと戻ってしまった。
勝手な奴だ、言いたいことだけ言って。
そこまで考えて、いや本当に勝手なのは俺たち人間の方だよなと思い至る。


「ごめんな」
『謝ることないだろ。お前はこの神社の持ち主でも関係者でも何でもない』
「…そうだな。 俺はただ、お前たちが"視えていた"だけだしな」


たったそれだけの縁
人間である自分と、人ならざる者たちとを結ぶにしては、えらく緩くて頼りない糸だった。
辛うじて狛犬とだけ繋がっていたこの糸も、もうじき切れるだろう。
俺はこの町を出て行く。それも大学に受かればの話だが、そろそろ大人になる俺に 神社を用もなしに訪れる時間ができるとは思えない。

こうして離れ離れになって行くのだ。
俺とこの狛犬も、狛犬と 壊れた狛犬も、この神社と神様たちも。


「…じゃあ」
『おぉ。 ガンバレよ』
「ありがとな」


半壊した鳥居をくぐれば、そこからはもうただの人の道である。



  








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