一次創作 | ナノ





「バレンタイン?お返しめんどいし、いらない」
バレンタインになにが欲しいかと尋ねたら、真顔でそんな事を言うもんだから、少し呆れた。また煙草に口をつけ始めたのを見て、そういえばこの人は甘いものをそんなに好まなかったかも、と思い出す。しかし仮にも恋人同士だというのに「いらない」はないだろう。嫌でも貰うのが大人の作法…でも嫌なのに貰われてもこっちが悲しい…なんてぐるぐると思考を巡らせる。

「あー、…チョコ、いらないからさ、いつもの。お前の手料理でいいよ。食いたいから」
煙草を消して、そう言うと手元の雑誌に目を落とし始める。
…あ、今のはずるい。好き。



仕事を定時で切り上げ、はりきって作った料理を並べたところで残業終わりの彼の名前が帰宅。テーブルを見て少し笑顔になったのでとりあえずは合格、だろう。

「彼の名前の好きなもの、作ったつもりだけど…どう?」
「うん。美味そう」

上着を脱いで、手を洗って、いただきます。しっかり手を合わせてから食べ始めるところも好き。

「あ、これ美味い。また作って」
食べ終わってないのに、次の約束。どうやらお気に召したようだ。思わず頬が緩む。黙々と食べて、また手を合わせてご馳走様。でも今日はこれで終わりじゃない。せっかくバレンタイン、だもん。

「は…なにそれ」
私が台所から持ってきたのは、チョコレートフォンデュの機械。
「やっぱりね、せっかくだし、チョコ食べたいなって思って。これなら、別にデザートって感じで一緒に食べるからお返しとか気にしなくていいかなって」
そう説明しても、どこか納得いかないような表情。わ、私が楽しむから別にいいもん。
スイッチを入れるとチョコレートが溢れ出す。これは夢がある!友達呼んで楽しんでもいいし、思い切って買ってよかった。カットしたいちごやバナナ、マシュマロをスティックに刺して一口。

「おいしい、ほら、彼の名前も食べてみなよ」
「…バレンタインなんでしょ、食わせてよ」

そんな事を言って口を開ける彼の名前。あーんしろ、なんていつもは口が裂けても言わないのに。恐る恐る、いちごを刺したスティックをチョコに潜らせ、彼の名前の口元に。

「ん。たまには、美味いな」
「ほんと?よかった!まだたくさんあるから…」
「なまえ」

戻しかけた手を引かれて、重なる唇。
途端に口内に広がる、チョコレートの味。

「んっ、ぅ…、ぁ、ふっ」
甘い彼の名前の舌が私の舌に絡まる。チョコレートは媚薬、なんて言うけれど本当かもしれない。どこを触られているわけでもないのに、私の体は全身が心臓になったかのようにドキドキしてしまっている。
唇が離れて、見つめ合う2人。

「なにその顔。やらしーんだけど」
ニヤリ、と笑って、目の前にチョコレートを潜らせたマシュマロを差し出される。
それを素直に口にすると、追いかけるように彼の名前の唇が噛み付いてくる。

「や、…っ、ぁ、んっ」
「は……、ねぇなまえさ、勘違いしてっかもしんないけど、俺別にチョコ嫌いじゃないよ?」
「…え?」
言うと彼の名前は自分の指先でチョコを掬って、その指を私の口にずぷり、と差し入れた。

「!?、んっ、んぅ…やら、やめ、ぅ、っ…」
「でも俺、チョコよりはお前の方が好物かなぁ」

私がまともな頭ではっきりと覚えてるのは、
彼の名前のその台詞まで。
その後は、まあ、食事どころじゃなくなっちゃった訳だけど、汚してしまった家具やベタベタになった私の体は彼の名前がしっかり洗ってくれたのでヨシとする。



「ねぇなまえ、」
「な、なに?」
「やっぱホワイトデーお返し考えとく」
「…なんか怖いから、いらない…」

ハッピータイム・バレンタイン
(とはいえホワイトデー、期待しちゃうよね!)

END
ホワイトデーに続きがかければいいなと思います。
2017.02.12 emu