《頭をぶつけて精神が入れ替わった○○話》
ダイニングでひとり、ルルーシュは家計簿をつけ終わってふぅと息を吐く。
「ルルーシュ助けて!!」
廊下から聞こえた切羽詰まった空の声に、ルルーシュは反射的に席を立つ。
ダイニングの扉が開き、スザクを背負った空が飛び込んでくる。
緊急事態にルルーシュは駆け寄った。
「何があった!!」
スザクは気を失っている。
ずっしり重い人間を空にいつまでも背負わせるわけにはいかないと、ルルーシュは急いで彼女の背後に回った。
手を貸そうとしたらクルッと振り返り、必死な形相を向けてくる。
「助けてルルーシュ!
僕が空になっちゃったんだ!!」
「……は?」
何を言ってるんだおまえは、とルルーシュは怪訝な顔をした。
困惑に満ちた紫の瞳に、空は泣きそうな顔で経緯────生徒会室の棚を掃除中、脚立から落ちた空の頭と、受け止めようとしたスザクの頭がぶつかった。
昏倒から立ち直ったスザクは何故か空になっていて、気絶した自分の身体を背負い、急いでルルーシュに助けを求めた────を話した。
にわかには信じられないが、空にスザクをいつまでも背負わせるわけにはいかないとルルーシュは改めて思った。
「色々聞きたい事はあるが先に部屋に運ぶぞ。
スザクは俺が運ぶから」
「キミが僕を?
ダメだよルルーシュ、キミ細いんだから無理しないで。僕が運ぶよ」
ムッッッとしながらルルーシュは思った。
コイツはスザクだ、と。
顔も声も空だけど、ルルーシュにはもう目の前の彼女をスザクだと認識した。
***
「(空のベッドにスザクを寝かせる……)」
激しい抵抗感がルルーシュにあったものの、他に運べる部屋はない。
今回だけだ、と強く自分に言い聞かせ、ルルーシュは空の部屋に案内した。
スザクの身体をベッドに軽々と寝かせる。
よくよく見れば、顔つきが普段の彼女と全然違う。
ルルーシュは腕を組み、目を細めた。
「本当にお互いの精神が入れ替わったのか?」
中身はスザクだとよく分かっていた。
ルルーシュが問いかけると、空の顔で苦笑する。
「僕しか知らないルルーシュのこと、話そうか?」
「ああ」
にんまりと笑う、その表情はスザクを思わせた。
「キミが自信満々に挑んだオセロ勝負に僕が圧勝したこと、キミが好きだったイタチのぬいぐるみのこと、他にはー」
「いい。もういい。
おまえはスザクだ。よく分かった」
思い出したら恥ずかしくなる話題ばかり。
ルルーシュは早口で遮った。
「やっと信じてくれた。
ありがとう、ルルーシュ」
嬉しそうに破顔する。
スザクの笑い方だ。
「ちょっと話しただけですぐ分かった」
ルルーシュも柔らかく微笑んだ。
ふたりはベッドに視線を落とす。
うーん……と小さく呻くスザク(中身空)にお互い困った顔をした。
「……ねぇルルーシュ、これからどうする?」
「どうするも何も……。
目覚めてから話すしかないだろう」
「起こしてあげる?」
「いや。自然に起きるのを待とう」
「わかった」
落ち着いた様子でベッドの端に座ったルルーシュと違い、外見空のスザクはそわそわと歩き始めた。
「落ち着けスザク。
そこの席に座ってろ」
「ルルーシュ、無理だよ……。
僕と空の身体が元に戻らなかったらって、どうしても考えてしまうんだ。
落ち着いてなんていられない」
「考えるな。
不安に思っても事態は解決しない」
ゆっくりとした口調、余裕溢れるルルーシュにムッとする。
「それじゃあルルーシュは少しも不安に思わないんだ。
元に戻らなかったらどうしようって」
「なにを怒ってる?
俺だって少しぐらい……」
怒りの歩調でずんずん迫ってくる。
大股だな、と思いながらルルーシュは戸惑った。
至近距離でやっと足を止める。
「よく考えなよ。
元に戻らなくて一番嫌なのはキミだろう。
トイレに着替え、さらにはお風呂。
どうするんだい?」
ルルーシュはハッと息を呑む。
自分でもまだ見ていない、見たいと思っても見れない空の入浴する姿をスザクが見てしまう。
それだけじゃない。空の身体をスザクは触り放題だ……
「……ダメだッ!! 今すぐ戻れ!!!」
「戻れたら戻ってるよ」
顔を真っ赤にして叫ぶルルーシュに、スザクはウンウン頷いた。
「少しは不安になっただろう?」
「あぁ……」
確かにそうだ。
目覚める前に考えなければいけない。 疲れた顔で息を吐くルルーシュは、ジーッと見つめる上目遣いの眼差しにウッとたじろいだ。
「……なに見てるんだ」
「ルルーシュの顔、いつもと違って見えるなぁって」
「当たり前だ。
空のほうが背が低い」
「だからか。世界が違って見えるよ。
……あ、ルルーシュ。ここ何かついてる」
ずずいっと接近すれば、ルルーシュは慌ててベッドから飛び退いた。
「待て。あまり近づくな」
あ。照れてる、とスザクは思った。
「スザク、おまえの外見は今は空なんだ」
「ごめん。
中身が僕って分かってても恥ずかしいよね」
ルルーシュはまたムッッッとした。
涼しげに微笑み、取り繕う。
「勘違いするな。
恥ずかしいわけじゃない」
「え? そうなの?」
「そうだ。中身がスザクだと分かっているからな。
少しも恥ずかしくない」
「本当?」
「ああ」
ふふん、と得意気な顔をするルルーシュを見つめていたら、からかいたい気持ちがスザクの心に湧き上がった。
そっと近づき、するりと両頬に手を当てる。
「な!? おい!」
顔がボッと赤く染まる。
スザクは面白くなり、ここ最近で一番の満面の笑みを浮かべた。
次はルルーシュの耳たぶをフニフニする。
「わ。柔らかい」
「ま、や、やめろ馬鹿! 離れろ!!」
外見がスザクのままなら、ルルーシュも乱暴に振りほどいていただろう。
空の声と容姿にどうしても抵抗できない。力が出ない。
中身はスザクだと分かっているのに。
一生懸命抗うルルーシュと、楽しむスザクは気づかない。
スザク(中身空)がムクッと起きたことを。
ぼんやり顔で二人のやり取りを見ていることを。
「ほらほらルルーシュ。恥ずかしいなら恥ずかしいってちゃんと言わないと」
「ふざ、ちょ、おまえ、どこ触って!
触るな! 遊ぶな!! 悪ふざけが過ぎるぞ!!」
ベッドの上のぼんやり顔が驚愕に染まった。
「あたしがルルーシュとイチャイチャしてるっ!!!?」
声はスザ子の時よりもっと高い。
ビタ!と止まった空(中身スザク)はすぐにルルーシュを解放した。
「本当にごめん」と真顔で謝ってくる。
疲れ切った顔のルルーシュは「ああ」とだけ返事した。
***
ルルーシュ達に分かりやすく丁寧に説明され、
空は事態を把握した。
それでも心は追いつかない。
今にも泣きそうな顔になる。
ああ……空だ……とルルーシュは切なく思った。
抱きしめ、広い背をぽんぽんと叩く。
いつもと同じように頭を撫でた。
「大丈夫だ、空。
スザクも俺もいる。
だから何があっても最悪な状況にはならない」
じわじわと涙が浮かび始め、「うん!!」と腕を回してギュッとする。
自分とルルーシュが抱きしめ合ってる……とスザクは遠い目をして思いつつも、それと同時に嬉しかった。
ルルーシュがちゃんと空を抱きしめてるように見えたから。
しっかり抱きしめ合い、その後。
泣きそうな顔も落ち着きを取り戻して、ベッドを降りて身体を動かし始めた。
「夢みたい……精神が入れ替わるなんて……。
すごいね! 急に身長が伸びたみたい!」
にっこにこと楽しそうな笑顔は空を思わせた。
「元に戻るまでは頑張ってスザクのフリするね!」
「不安じゃないのか?」
「大丈夫だよ。ルルーシュとスザクがいるから」
明るい表情だ。
本当に心の底から大丈夫だと思っている。
スザクはより一層不安になった。
このまま戻らなかったら任務に支障をきたしてロイドさん達に迷惑をかけてしまう。
できれば今日中には戻りたい。
「ねぇルルーシュ。
頭と頭をぶつけたのが入れ替わりの原因なら、また同じ事をしたら元に戻るかもしれない?」
「分からない。
まるっきり同じように再現するのは難しいから……」
「一回やろう、ルルーシュ」
キリッとした顔で戦場に向かうような声で言う。
頑張って僕のフリしてる、とスザクは微笑ましくなった。
「うん。やったほうがいいよ。
このまま何もしないで待ってても進展しない」
「……分かった。
行くぞ、生徒会室に」
***
生徒会室は無人だ。
アーサーも散歩に出かけている。
3人はホッとした。
「生徒会が休みの日で助かったな」
「安心しちゃダメだよ、ルルーシュ。
会長さん達が急に来るかもしれないんだから」
「すぐ始めよう!」
最初に動いたのは空(外見スザク)だ。
入れ替わる原因になった脚立に早足で行き、ルルーシュ達は血相を変えた。
「おい! ゆっくり行けっ」
「ゆっくり! ゆっくり乗るんだよ!!」
慌てる二人の声を聞きつつ、空は注意を払いながら脚立に登る。
身長が以前の自分と違うのをすっかり忘れ、いつもと同じように立ってしまった。
天井にグンと近づき、ギョッとする。
驚いてバランスが崩れ、グラリとよろけてしまった。
「わっ!!!」
落ちそうになり、ルルーシュとスザク(外見空)がとっさに動く。
タイミングはほぼ同時だった。
受け止め、体重を支えきれずに全員倒れる。
脚立まで大きく倒れた。
全員、ガンと殴られたような痛みがして、一瞬目の前が真っ暗になる。
くらくらする頭で起き上がったルルーシュは「すまない、支えきれなかった」と謝った。空の声で。
「大丈夫……僕も同じだから……」とふらふらしながらスザクは言う。ルルーシュの声で。
「いたた……。
スザクの身体だってこと忘れてたよ。ごめん! ケガしなかった!?」と起き上がって空は謝る。スザクの声で。
「「「え?」」」
全員の声が重なった。
同時に扉が開き、他の生徒会メンバーがみんな揃って入ってくる。
「何してるのー? 私も混ぜなさい!」
「えっみんな大丈夫!?」
「ここで何があったんだぁー!?」
「棚の掃除中……?」
「もしかしてケンカしてた?」
さらに、何人も何人も入ってくる。
「ルルーシュ! 遊びに来ました!」と輝く笑みのユーフェミア。
「私も来たぞ」と傲慢な声で押しかけるコーネリア。
何を考えてるか読めない顔でニコニコ微笑むシュナイゼル。
さらには「ルルゥーーシュぅうううう!!!!!」と言いながら現れた、背丈がナイトメアサイズの皇帝まで。
ひどい悪夢だとルルーシュは思った。
気が遠くなって、そして────
────ガバッと飛び起きた。
ルルーシュはバッバッと周囲を確認する。
ここは真っ暗な自分の部屋で、隣でC.C.が眠っていた。
「……なんだ、今のは……。
夢か……」
声が自分の声だ。
心臓がやけにドキドキする。
嫌な夢で、夢にしてはリアルだ。
現実みたいな夢だった。
ひどい悪夢。
寝たら同じ夢を見るかもしれない。
ルルーシュは少しだけ怖くなって廊下に出た。
安心したくて空の部屋を訪れる。
顔を見たら自分の部屋に戻ろうと思ったのに、ルルーシュは空のそばを離れられなかった。
少しだけ。そのつもりで手を握ったのに、手を離したくないと思ってしまった。
夜明けまであと数時間。
ウトウトしてルルーシュは寝落ちした。
その後、夢を見ないで熟睡したルルーシュは、最高の気分で目が覚めた。
頭がすっきりして体が軽い。心は晴れ渡り、幸せな気持ちに満ちている。
空はまだ眠っていた。
ものすごく愛しく思い、額に軽くキスを落とす。
もう一度キスしたくなって顔を寄せれば、タイミング悪く目覚めてしまった。
ルルーシュはギクリと固まる。
空は大きな目を丸くさせた。
「お、おは。
おはよ……?」
なんでここにいるの?と言いたそうな彼女に、ルルーシュは爽やかな笑顔の仮面をかぶる。
流れるようにベッドから離れた。
「今日の朝食はサンドイッチ4種とスープとベリーソースのヨーグルトだ」
流れるように空の部屋を出て、ルルーシュは全力疾走で廊下を駆ける。
めちゃくちゃ恥ずかしくなって逃げた。
《頭をぶつけて精神が入れ替わった夢の話》/終わり