20-3
ダイニングの窓から見える夜空は塗り潰されたように黒々としている。
今日もルルーシュは帰れないと知った後のナナリーは、寂しさを見せる事なくずっと笑顔だった。
咲世子さんが淹れてくれた紅茶をふたりで飲み、ホッとして顔が緩んでしまう。
「……わたし、空さんと一緒にいる時間が好きです」
「え」
思いがけない言葉に、ぼけっと口が開いてしまった。
「空さんがいる時は、お兄さまと一緒にいる時みたいに落ち着くの」
嬉しい事を言ってもらえて顔がさらにニヤニヤしてしまう。
「ありがとう。
あたしも一緒にいるとホッとするよ。
こうやってナナリーとゆっくりする時間が大好き」
大好きで幸せな時間だ。
ずっとこんなのが続いたらいいなぁ、と思ってしまう。
そろそろお風呂かなと時計を見た瞬間、電話が鳴った。
「ルルーシュかな?」
「違うと思います。
お兄さまなら私の携帯にかけてくれるもの」
「そうだよね。誰だろう?」
こんな時間に電話をかけてくる人物が思い当たらなくて、電話機まで行ったけどなかなか受話器に手が伸びない。
鳴り続ける電話に、このまま放置もダメだろうと思い、慌てて受話器を取った。
「もしもし。アッシュフォード学園クラブハウスです」
『やっほ〜ソラ。ボクだよ〜』
間延びした上機嫌な声はマオのものだった。
「え!? マオ!?」
『だぁい正解!
えへへ、嬉しいなぁ。ずぅっとソラの声が聞きたかったよ。
急に倒れたけど、具合はもう大丈夫?』
「うん、もう平気だよ。心配かけてごめん……。
……あの、さ。マオはこの番号誰から聞いたの?」
久しぶりに声が聞けたのに、嬉しい気持ちにならなかった。
心が変にざわついてしまう。
『ルルーシュだよ』
「ルルーシュに?
マオ、いつルルーシュに会ったの?」
『今日だよ。一緒にチェスをしたんだぁ』
マオがルルーシュとチェスを?
意外だ。あのルルーシュが。
驚いたけどそれ以上に、ルルーシュが顔を合わせて間もない相手に自分の住んでる家の電話番号を教えたことにびっくりした。
チェスをして意気投合したのだろうか?
『ねぇソラ。明日、キミをある場所に連れていってあげる。
静かで風が気持ちよくて空がキレイなすごくいい場所なんだ。
行こう。ボクと一緒に』
明日の何時だろう? ナナリーが学校に行ってる間なら行けるかも。
なんて事を思って返答しようとすれば、転がり込むような勢いでルルーシュが帰ってきた。
「ルルーシュ!?」
全速力でずっと走ってたように顔色が悪い。
息切れしながらフラフラとこっちに来る。
『え? ルルーシュがそこにいるの?』
「う、うん。今帰ってきたの」
恐ろしい顔で接近するルルーシュにビクッとした。
すごい剣幕と威圧感に思わず後ずさりすれば、さらに距離を詰められた。
「相手は誰だ」
殺意を帯びた低い声だ。ナナリーが怯えた顔をする。
いつもの余裕が全然無い。
「ま、マオだけど……」
答えた瞬間、ガッと受話器を奪われた。
叩きつけるように受話器を戻し、ルルーシュは更に受話器を外した。
何が起こっているか理解が追い付かないまま、腕を強く掴まれた。
ルルーシュは歩き出し、ぐいっと引っ張られる。
「ル、ルルー、シュ……」
「ごめんナナリー。
ちょっと空と話してくるから」
『相手は誰だ』の時とは真逆に違う優しい兄の声だ。
キッチンから顔を覗かせた咲世子さんに「ナナリーをお願いします」と言い、
ルルーシュは廊下に出た。
ぐいぐい引っ張られて廊下を歩く。
「はな……はなして……」
声が喉でつかえているように喋りづらい。
ルルーシュが今は怖く感じて、掴む手を振りほどいた。
「離して!!」
ルルーシュがゆっくりと振り返る。
「何があったの!? いきなりあんな事して!! ひどいよ!」
「マオはギアス能力者だ。
空、お前が友達だと信じていた奴は敵なんだ」
何を言われたのか、心が全然追い付かなかった。
「マオが、敵……?」
ルルーシュはなにを。あのマオが。
マオが敵だなんて。
ルルーシュが何か言っているけど、耳に入るのはただの音だった。
手をまた握られ、びくりとする。
苦しそうな顔のルルーシュに、胸が押し潰されてしまいそうになる。
「部屋に行くぞ。C.C.を待たせている」
手を引いて歩く。
先ほどと違い、引く力はこちらを伺う優しさがあった。
あたしの部屋に入る。
C.C.はベッドの上にいた。
「マオは敵で、ギアス能力者とだけ伝えている。
後はお前が言え」
ぶっきらぼうで冷徹な、怒っている声。
ルルーシュは腕を組んでC.C.を見据えた。
床を見つめるC.C.はどこか人形めいているように生気が無い。
おそろおそる近づき、ベッドにそろりと座った。
「マオは昔────11年前に契約を交わし、私がギアスを与えた人間だ。
私がルルーシュと新たに契約を交わしてここにいるという意味がどういうことか分かるだろう。
私は、契約を果たせないと判断してマオを捨てたんだ」
「捨てた……?」
なんだその、物みたいな言い方は。
カッと怒りが湧き上がり、だけどぐっと言葉が詰まる。
何も言えなくなった。C.C.の顔を見てしまったから。
冷酷な言い方なのに、すごく苦しそうな表情をしている。
「捨てられたことに気づかずにここまで来たということか。
お前を取り戻すために空に近づき……。
俺を……そしてシャーリーまで……」
「あたしに近づいた? マオが?」
「マオは相手の思考を読むギアスを使う。
思考を読めないおまえがC.C.に関係していると思って近づいたんだろう」
「そんなことない!!
マオに近づいたのはあたしだよ!? 具合悪そうだったから声をかけて……」
「出会いは偶然だったとして、それ以降はどうだろうな。
あの男の目的はC.C.だ。その為におまえに何度も接触した。
ピザの配達を注文した『アラン・スペイサー』は俺が使っていた偽名だ。
思考を読み、自らピザ屋に配達を依頼して、偶然を装いここに来た。くだらない芝居だ。
今日、俺はあいつとチェスをした。狡猾で残忍な男だった」
「そんな……。
それじゃあ……今までのマオは全部……?」
「……嘘だ」
マオとのやり取りは覚えている。
人懐っこくて弟みたいで子どもみたいに笑ってた。
あれが嘘だなんて────演技だなんて思えなかった。
「あの男はC.C.と契約した俺に敵意を持っている。
シャーリーを使って俺を殺そうとした」
「シャーリーを……?
……マオはシャーリーに何したの!? 」
「今日起きた事を話してやる」
ルルーシュに何があったのか。
シャーリーはマオに何をされたのか。
順を追って淡々と話すルルーシュの声音は静かだ。
けれど瞳にはぎらぎらとした怒りが宿っている。
マオがシャーリーに、ルルーシュに何をしたのか聞いていけばいくほど、心が悲鳴を上げていく。
「あの男が次に狙うとしたら俺の急所だ。
ナナリーだけじゃなく、おまえも危ない。
マオは電話で何を話していた?」
「明日、静かでキレイなところに連れていってあげるって。
一緒に行こう、って……」
「行くなよ。奴の誘いには絶対に乗るな」
ルルーシュの瞳を見つめて頷いた。
もちろん行かない。行くわけにはいかない。
だけど、話せるなら話したい。
だって自分の知ってるマオと、ルルーシュの言うマオが全然違う。
もしかしたらマオの名を騙る別人かもしれない。
そんな馬鹿な考えが頭を一瞬よぎる。
あたしは信じたくないんだ。
友達のマオが、シャーリーとルルーシュにひどい事をしたのを。
あたしは馬鹿だ。
ルルーシュみたいに、マオも自分を偽るのが上手なだけかもしれないのに。
本当のマオを知りたい。
『話したい』という気持ちが、締め付けるほど心にあった。
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