18話(後編)


ルルーシュが起きた4時間後、天子ちゃんも起床した。
乗艦している全員が活動している為、斑鳩内は賑やかだ。
敵がいない安心感にみんなの表情は柔らかい。
艦体の修復作業や機体の調整、やるべきことは他にもたくさんあって、全員が一生懸命取り組んでいる。

甲板の上から見える景色は美しい。
眩しい太陽に照らされた大地の色は鮮やかだ。
小型飛行機が甲板に着陸し、チャンリンさんと巨漢の武人さんと3人の部下が降りてくる。
天子ちゃんとシンクーさんのお迎えだ。
見送るのはC.C.と幹部メンバーとゼロ。
横並びで勢ぞろいしている。

天子ちゃんの目の前でシンクーさんは跪いた。

「天子様。
あなたを縛る全ての意思は潰えました。
我らは天子様の望みを、願いを尊びます。
どうぞお申し付けください。
天子様が望む外の世界に、どこへでもお連れ致しましょう」

シンクーさんをジッと見つめる天子ちゃんは、胸の前で握っていた手をゆっくり下ろした。

「あの……それでは朱禁城に」
「よろしいのですか?」

シンクーさんは目を見開き、顔を上げる。
天子ちゃんは縮こまってモジモジした。

「だって、朱禁城の外を見ることが出来たし。
それに、あの、おしまいってことじゃなくて。
その……」

シンクーさんに手を握られ、天子ちゃんは「あっ」と声を上げた。
昇る太陽が二人を明るく照らす。
シンクーさんと天子ちゃんを祝福しているみたいだ。

「これからもお守りいたします。
とこしえに」

大きな手が小さな手を包み込む。
シンクーさんは指を動かし、二人の手がゆびきりの形になる。
天子ちゃんのまん丸とした赤い瞳から涙が溢れた。

「変なの……嬉しいのに……」

ぼろぼろと泣く姿に、自分の涙腺も刺激される。

「私、嬉しいのに……!」

だ……ダメだ! ちいさい子の涙にあたしは弱い!!

「ゼロ。
天子の婚姻が無効になったと、世界中に喧伝する必要があります」

背後でディートハルトの声が聞こえた。
後で言いなよ後で。今すごい幸せなところなんだから黙っててくれないかな。
「そうだな」と返事したゼロの声は素っ気なくて無感情だった。
ディートハルトはグイグイいく。

「その場合、同時に日本人の誰かと結婚していただくのが上策かと考えますが」

え? この空気でそれ言う?
めちゃくちゃ口塞ぎたいんだけど。
もし今あたしが生身だったら後ろ髪引っ張って強制退場させてるところだ。
ディートハルトはさらにグイグイいく。
天子ちゃん達を微笑ましそうに見守っていた千葉さんの顔が険しくなった。

「よろしければ、私のほうで候補者のリストを……」
「なりません!!」

神楽耶ちゃんが怒り顔で拒絶した。

「くっ! 神楽耶様、これは高度に政治的な問題で……!」
「単純な恋の問題です!
政治で語ることではありません!!」
《そうだそうだ!!
神楽耶ちゃんありがとう! もっと言って!!》
「うん。そうだな」

C.C.も頷いた。
苦い顔をしていたディートハルトは眉を吊り上げる。

「私達は戦争しているのですよっ」
「お前は黙っていろ」
「お前!? 参謀にむかって!」
《千葉さん! 千葉さん最高!!》
「ふふふふっ」

ラクシャータさんにも笑われ、ディートハルトは舌打ちする。

「ゼロ、ご裁可を!」
「ゼロ様なら分かっていただけますよね!?」

ディートハルトと神楽耶ちゃんに言われ、ゼロは少し俯いた。
仮面の内側できっと溜め息をこぼしている。

「……分かりやすすぎるが、ディートハルトの策は妥当な手だ。
しかし、断る」

うぐ!とディートハルトは呻き、神楽耶ちゃんはパァッと笑顔を輝かせる。
ゼロは数歩前に出て、天子ちゃんとシンクーさんに近寄った。
接近に気づいたシンクーさんは腰の剣に手を当て、天子ちゃんは緊張に身を固くさせる。

「天子よ!」

ゼロは右手を高々と上げ、マントが大きく広がった。

「あなたの未来は、あなた自身のものだ!」

上げた右手を天子ちゃんに差し出す。
大げさだけど、握手を求める動きだった。

「ゼロ……」

シンクーさんは戸惑い、天子ちゃんは驚いた。

「さすがですわ! ゼロ様!」
「しかし……力関係はハッキリさせねば……」

不満そうなディートハルトを、ゼロは振り向いて一瞥する。
すぐにシンクーさんに視線を戻した。

「力の源は心にある。
大宦官に対して決起した人々も、私たち黒の騎士団も、心の力で戦ってきた」

扇さんは嬉しそうに笑う。

「……ああ。
ああ! そうだな!!」
「心の力……」

ボソッと呟くディートハルトは渋面だ。
理解できない、毛嫌いしているような顔。

シンクーさんは剣に添えていた手を下ろす。
ふ、と息を吐いて微笑んだ。
晴れた空がよく似合う美しい表情だった。

「ゼロ。
君という人間が少しだけ分かった気がする」
「進むべく道は険しいが、だからこそ、明日という日は我らにある」

シンクーさんはゼロに歩み寄り、握手に応じた。
その後、小型飛行機に乗ろうとした天子ちゃんは、勇気を振り絞った様子でゼロの元まで戻った。

「あ、あの!」
「私に何か?」

高まる緊張に目を潤ませながら、天子ちゃんはドレスからもぞもぞと写真を出してきた。
ゼロがシンクーさんに渡したあたしの写真だ。
ズイッと見せてくる。

「いつか、いつか!
空に会いに行ってもいいですか!?」

涙がグワッと込み上げる。

《もちろんだよーーーーー!!!!》
「……彼女もあなたに会いたがっている。星刻にも心から。
私も再会を願っている。
会える日を楽しみに待っていてくれ」

天子ちゃんは天使みたいな笑顔で頷いた。
シンクーさん達が全員小型飛行機に乗り、飛び立った後、

「ゼロ。あの写真をなぜ天子が?
空さんは中華連邦に逃亡していないはずですが。
いつ天子と親しくなったのですか?」

ジーーーーーーーーッと見据えるディートハルトの眼差しにゼロは応えない。
玉城が「それは俺が教えてやるぜぇ!」と得意気に近づき、ディートハルトは「お断りします」とサッと避けて扇さんのところに行く。

斑鳩も出発する。
ゼロはC.C.と自室に戻った。

「これからどうする?」
「カレンのこともあるしな。
ひとまずエリア11に戻る」

扉にロックをかけた。
ゼロはクローゼットを開き、仮面を外す。
C.C.は上の黒い服を脱いでテーブルに雑に置き、ブーツを脱ぎ、白いインナー姿でソファに横になる。
彼女は柔らかいチーズ君に顔を埋めた。

「中華連邦は?」
「確かにまだ反対勢力は残っているが、民衆が立ちあがった以上、星刻や藤堂の敵ではない。
それに見てみたいだろう? 心の力を」

朗らかに言うルルーシュに、C.C.は嬉しそうに微笑んだ。

「成長したな、坊や」
「黙れ魔女」

軽い口調で楽しそうに言い合っている。
ルルーシュは脱いだマントをハンガーにかけた。
ゼロの衣装に似合うカッコいい形をしている。特注品のハンガーかな?

「……ともかく、これでやっと本来の目的に向かえるというわけだ」
「嚮団か」
「ああ。ギアスの使い手を生み出し、研究している組織。
嚮団を押さえれば、ギアスの面でも皇帝を上回れる」
「だが、嚮団の存在は人の世から周到に隠されてきた。
それに当主が交代するごとに嚮団はその位置を変えている」
「嚮主が今も変わらないなら、嚮団は中華連邦の領土内にある」
「そうだ。私の後の当主、V.V.はそう言った。
しかし、この国は広い。
ロロとかいうやつも詳しい位置は分からないのだろう。
どうやって探し出す?」

嚮団があるのは洞窟内部だ。
でもただの洞窟じゃない。
地上にあの石造りの広大な街は建てられない。

《嚮団は地下にあると思う。
潜って探そうか?》
《潜らなくていい。それはただ辛いだけの作業だ》

してほしくない。そんな気持ちが強く出ている声音だった。

「……物資の流通、電力の供給、通信記録……痕跡は必ずある。
それらを調べ上げ、探し出す」
「国の力を使って?」
「中華連邦は大きな国だからな。
C.C.はこちらに残り、嚮団の情報が入り次第、俺に連絡をしてくれ」
「……わかったよ」

騎士団の人間にはお願いできない。
C.C.は苦笑しながら引き受けた。


  ***


ゼロとシンクーさんが握手を交わした日、合衆国日本と中華連邦は同盟を結んだ。
その2日後の早朝、日の出前。
ゼロは単身、蜃気楼で日本に戻った。
小型潜水艦に変形して(フォートレスモードとラクシャータさんは言っていた)空を飛行しないでひたすら海中を進む。
あたしもすいすい泳いだ。
魚になった気分でワクワクした。

ゴール地点は機情局が管理している水族館だ。
専用のトンネルが海と施設を繋いでいて、そこを通って中に入る。
一本道のトンネルの先は水族館の地下管理室。
そこでロロと咲世子さん(ルルーシュに変装中)が待っていた。

「おかえりなさい! 兄さん!!」

きらっきらの笑顔のロロに、蜃気楼のコクピットを開いてルルーシュは微笑み返す。

「ただいま。ロロ」

蜃気楼から地上に降りる。
咲世子さんの変装姿は完璧だ。
ルルーシュのドッペルゲンガーだと思ってしまう。

「咲世子。留守中に何か変わったことは?」
「緊急のものは特に。
詳細は指示されたファイルに入れてあります」
《声! 声もルルーシュだ!!》

まじめで大人しい口調で違和感ある。
咲世子さんに見送られ、ルルーシュとロロは円形のエレベーターで上に行く。
水族館の裏側探検ツアーみたいな感じだ。
関係者以外立入禁止のエリアを進み、巨大水槽の横を歩いていく。
無人で静かだ。照明は薄暗い。

「兄さん、しばらくはこっちにいられるんでしょ?」
「ああ。ナイトオブラウンズへの対抗策も打たなくてはいけないからな。
ランスロット一機だけでも厄介なのに、トリスタンやモルドレッドまで出てくるなんて」
「僕がヴィンセントで戦ってもいいけど……」
「……そういうことはもうやめろと言っただろ」
「うん……」

ロロはシュンとする。
ルルーシュの助けになりたいとずっと思っているんだろう。

「咲世子のサポートはロロにしかできない。
あとはソラとの通話だな。
友達になったが、スザクに勘繰られるから俺はあまり話せない」
「そうだよね。
それは僕にしか出来ないよ」

ロロは自信溢れる笑みを浮かべた。
本当の弟みたいに見えてくる。

「ソラとは最近話したか?」
「うん。昨日にね。
お世話になってる人とお茶を飲んだって言ってたよ。
あとは……話してる途中、電子音かな? 小さい音が聞こえてきたんだ。
外に出てる時、身につけてる医療機器がたまに鳴るって、少し困ってる様子だった。
『故障してるよ。身体に悪い影響を与えるから身につけないほうがいい』って伝えたら慌てて外してたよ」

位置情報を常に発信している心拍計。
それを外したってことは、保護するタイミングは今しかない。

《ルルーシュ……》
《……ああ。またとない好機だ》

ルルーシュは複雑そうだ。あたしも素直に喜べない。
ちゃんと生活していて、優しくしてくれる人がいて、抱き締めてくれる友人もいて、そばにはナナリーもいる。

《保護するなら今しかないが……》

保護じゃなくて誘拐だ。
失踪したらスザクが怖いし、ナナリーには痛いほど心配させてしまう。
ルルーシュの眉間のシワは深かった。
身体に戻りたい。一刻も早く戻りたいけど。本当にそれでいいの?

《……ごめん、ルルーシュ。
あたしの身体は……保護しないで》

無理やり、絞り出すように言う。

《保護してもすぐに戻れないかもしれない。
赤目も全然出てこないし、会えないし……。
行方不明になったらスザクはきっと捜す。そうなったらルルーシュは動きづらくなる。
身体に戻ってから政庁を去った方がいいよ……》

ルルーシュの顔が悲しそうに曇っていく。
遠い目をして、それから、

《……そうだな》

力なく呟いた。
あたしも何も言えなくなって、ルルーシュも沈黙する。

水族館から外に出て、まっすぐアッシュフォード学園へ、クラブハウスに帰宅する。
時刻は8時前だ。
正面玄関に入ってすぐ、思い詰めた深刻そうな顔のシャーリーと会った。
今日は生徒会の日か。

「シャーリー? 何かあったのかい?」
「……ねえルル。昨日のことなんだけど……」
「昨日?」

ルルーシュは横目でロロを見る。
ロロは訳が分からない顔でルルーシュに視線を向けた。

「おはよう、ルルーシュ君」

背後から聞こえたアーニャの声にルルーシュはビクッ!とした。
あたしとロロも驚いた。
後ろには中等部のピンクの制服を着たアーニャが立っている。

「ナ、ナイトオブシックス……!?」
《なんでいるの!?》

さらに、彼女の後ろには制服姿のジノとリヴァルが。

「やあ! 会いたかったよ、副会長のランペルージ卿!
私達は……」
「“俺”達」
「……ああ、そうか。
俺達、この学園に入ることにしたから!」

明るく笑う。
機情を掌握して自由に動けると思ったのにこれは厄介だ。
ルルーシュの顔は緊張で強ばっている。

「それと社会的立場は学校では無視してくれたまえ!」
「普通の学生ってのを経験したいんだって。
今話し方を教えてたとこ」
「ははは!」

パタパタ走ってくる。
ルルーシュより身長が高くて肩幅も広い。

「よろしく〜先輩!」
「は、はい……」

陽気な笑顔だけど迫力がある。
ルルーシュはぎこちなく頷いた。
  




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