3.「助けたい、手伝いたいって思ったの!」


夜明けと共に目覚めたら、止まらないと思っていた涙はもう渇いていた。
検査してもらったけどやっぱり原因は不明。
「どこかの誰かさんの涙をキミが代わりに流してるんじゃないのぉ?」とロイドさんが言って、「そうかもしれない……」とあたしは不思議と納得した。

『明日から一緒にいられないかもしれない』
と自分で言ったけど、本当にその通りになった。
スザクはその日から任務が続き、部屋に帰らない日が増えた。
ナナリー様を手伝う件はスザクが通達してくれて、滞りなく受け入れられた。
昼は授業、生徒会の手伝いや部活を日替わりで体験させてもらい、ルルーシュさんとロロ君とお茶を飲んだりした。
夕方は先生のお手伝い。
夜はナナリー様に見守られながらローマイヤさんの課題を進ませた。
充実した毎日だった。

あっという間に日々が過ぎて。
学生生活、最終日。
明日から敷地には入れなくなるけど、シャーリー達とは他の場所で会えるから平気だ。
それでも、ミレイさん主催の“ラックライトさんの未来にガーッツ!! 応援パーティー”が終わる頃には寂しくなって、その気持ちを顔には出さないようにして、笑顔でみんなとさよならした。
歩く。前へと進む。
クラブハウスがだんだん遠ざかっていく。
胸の奥の寂しさは増していくばかりだ。

「会えなくなるわけじゃないのに……」

友達になった人とは連絡先を交換した。
会えなくても、電話やメッセージのやり取りだって出来る。
なのに、どうして寂しいんだろう?
一歩一歩進む度、頭に浮かぶのはルルーシュさんだった。

「俺はルルーシュ・ランペルージだ。よろしく」

自己紹介してもらった時、すごくきれいな人だと思った。
サラサラの黒髪は美しくて、紫色の瞳は宝石みたいで。
背は高いけど、スザクみたいに戦ったら折れてしまいそうなほど細くて。

「顔色がひどい。
すぐ横になったほうがいい。
3日に一度清掃しているゲストルームが一室ある。ついて来てくれ」


でも、案内してくれた背中は広くて、頼もしくて、案内しながらも養護教諭の先生に連絡する姿は冷静で、落ち着いていて安心した。

トウキョウ租界で桜は咲くかどうか質問した時、ルルーシュさんは先生みたいに分かりやすく教えてくれた。
きれいな声は心の深いところまで届くようで。
あたしの目的・願いを話した時も、真剣に聞いてくれた。

ルルーシュさんの作ってくれたご飯は……

「……全部、美味しかったなぁ」

料理も、お菓子も、ケーキも、ルルーシュさんの作ったものは全てがあたしには特別なごちそうだった。
“初めてなのに初めてじゃない”と思ったし、“ずっと前からこれを食べたかった”と思った。
食べてる途中、視線を感じて顔を上げたことがあったっけ。
あたしを見るルルーシュさんは柔らかく目を細め、ふんわりと微笑んでいて、その表情にドキィッ!!とした。
その時からあたしは、ルルーシュさんの笑顔にドキドキするようになったんだ。

「トラブルがあったら助けるから。
この歓迎会を心から楽しんでくれ。
行ってらっしゃい」


思い出すだけでドキドキする。
ドキドキしすぎて心臓がうるさい。

「俺と踊ってください」

歓迎会の、あのきらきらした夜。
すごく楽しくて、すごく幸せだった。
ずっと覚えていたい、忘れたくない、宝物のような記憶。

ずっとそばにいたい。抱き締めたい。ルルーシュさんに抱き締めてほしい────そんな気持ちが溢れてきて。
ボボボッと一気に顔が熱くなった。

「……あたし、ルルーシュさんが好きだ……」

気づいたら足が止まっていた。
一歩も進めなくなる。
寂しい理由が分かってしまった。
このまま帰ってしまったら、もう二度とルルーシュさんに会えなくなる。
そんな気がした。

あたしはルルーシュさんと連絡先を交換していない。
ルルーシュさんがお休みの生徒会の日、花が咲くような満面の笑みで電話をしているシャーリーを見て、“ルル”と大切そうに呼ぶ声を聞いて、彼女の気持ちを察して、気が引けたから。

あたしはシャーリーも大好きだ。
明るくて、天使かって思うほど優しくて、笑顔がまぶしくて、ルルーシュさんを熱心に見つめる瞳も、生徒会活動と水泳部を一生懸命やるところも、可愛いところも全部。
シャーリーはいつからルルーシュさんが好きなんだろう?
いつから想い続けていたんだろう?
あたしよりも強く、長く、ずっと。
ルルーシュさんだってシャーリーを大切に思っている。

「いいなぁ……」

シャーリーなら、ルルーシュさんはきっと抱き締める。
あたしは無理だ。頼んでも絶対困らせる。
好きだと思う気持ちも絶対伝えられない。
でもこのまま、さよならしてずっと会えないのも嫌だ。
ルルーシュさんのそばにいたい。
胸が苦しくなって、泣きたくなって。

そうだ!!!!と急に名案を閃いた。

クルッときびすを返し、全力で走る。
パーティー会場に戻れば、飾り付けを外すミレイさん達、皿を運ぶロロ君、テーブルを拭くルルーシュさんがいて、全員が驚きの顔で一斉にこっちを見た。

「ソラさん」
「どうしたんだぁ?」
「忘れ物?」

視線が集まってめちゃくちゃ恥ずかしい。
鏡を見なくても分かるぐらい、あたしの顔は今真っ赤だ。

「ルルーシュさん!」
「は、はいっ」
「2人きりで話したいので外に出てくれませんか!?」

勢いのまま言ってしまった。
視界が狭まって周りが見えない。ルルーシュさんしか見えない。
ルルーシュさんは目を丸くしながらも、訳が分からない様子だったけど、すぐにこっちに来てくれた。
クルッと背を向け、トコトコ歩く。
会場を出てすぐ、ミレイさんとリヴァルの黄色い声が聞こえた。
歩いて、会場から少し離れた場所に行く。
足を止め、クルッとルルーシュさんに向き直る。
急な呼び出しにさすがのルルーシュさんも少しだけ緊張してる。
いつもと違って周囲を気にしている様子だ。

「……ラックライトさん。
俺に話っていうのは……?」

顔が熱い。目も潤んでいる。
今は泣きたくない。頑張れ自分。
ちゃんと深呼吸して。

「ルルーシュさん!」

頑張れ! がんばれ!!

「あたし、ルルーシュさんと仲良くなりたいです!
友達になってもいいですか!?」

お腹から声を出した後、離れたところでガタカタンと物音が聞こえた。
なんの音? 視線が違う方を向く。
いけない、ルルーシュさんをちゃんと見ないと。
気を取り直して、視線を戻す。
ルルーシュさんは大きく戸惑っていた。

「と、友達……?」
「はい!」

頷き、ジッとルルーシュさんを見つめる。
戸惑っていた顔は、じょじょに、ゆるやかに、柔らかい微笑みに変わっていく。
雰囲気がいつもと違う。
スザクと話している時のルルーシュさんの表情だ。

「……分かった。今から俺達は友達だ。
スザクみたいに気兼ねなく接してくれ」
「はい!! ありがとうございますっ!!!!」

熱い顔がでろでろに緩んでしまう。
ルルーシュさんは口元を手で隠した。

「ふ、くくっ、ふふ……はははっ」

笑うようなことは何も言っていないはずなのに、ルルーシュさんは声を上げて笑った。
とんでもないものを見てしまった。
初めてなのに、初めてじゃない気持ちになる。
ルルーシュさんは屈託のない笑顔を向けてくれた。

「友達なら“ありがとう”だろう?」
「……あ」

声を抑えてルルーシュさんは笑う。
すごく楽しそうな顔。

「敬語も無しだ」
「う、うん!
これからはルルーシュさんじゃなくて……」
「ルルーシュ。
俺もちゃんと名前で呼ぶから」

きれいな手を差し出してくる。
『呼んでみて』と言われているような。

「る」

呼ぼうとしたけど声が上ずった。
顔がさらに熱くなり、ゴホンゴホンと咳払いする。
改めてルルーシュさんを見た。

「る……ルルーシュ」

緊張してぶっきらぼうな言い方になった。
そんなあたしを見守る眼差しは優しくて、喜びが無限に湧いてくる。
緊張がほぐれて自然と笑顔になる。

「ありがとう、ルルーシュ」

“ルルーシュさん”と“ルルーシュ”じゃ全然違う。
名前を呼んでほしいと思っていたけど、それと同じくらい、そう呼びたかったことに気づいた。
頷いたルルーシュも「ソラ」と呼んでくれた。
けど、全然嬉しくならなくて、びっくりするぐらい違和感が勝って、『そっちじゃない』と思ってしまう。
表に出そうになった感情を慌てて押し隠す。

「も、もっと早くお願いしたら良かったな。
ごめん……片付けてるところを急に呼び出しちゃって……」
「構わない。心のままに動いてしまったんだろう?
仲良くなりたい、と前々から思ってくれていたのか」
「気持ちがハッキリしたのはついさっき。
このまま帰ったらもう二度と会えないと思って……」
「本国には帰らないって会長とシャーリーから聞いたけど。
身元引受人に何かトラブルが?」
「ううん。そっちは何もないよ。
寂しくなって……あたしがそう思っただけで……」

ルルーシュは口元を手で覆い隠した。
「そうか……」とぼそぼそした声が小さく聞こえた。
その後、帰り道を一緒に歩いてくれることになった。
学生寮の道を二人で進む。

「ソラは学生じゃなくなった後は人捜しを?」
「うん。行ける場所は全部行って……。
……あと、他には“行政特区日本”を手伝いたいと思っている」

紫の瞳を見開き、ルルーシュは大きく驚いた。
初めて見る珍しい表情にあたしも呆けてしまう。
あっという間にルルーシュは表情を変え、意外そうな顔であたしを見た。

「“行政特区日本”……新総督が宣言した政策か。
まさかソラが参加するなんて。
スザクが勧めてきたのか?」
「ううん。あたしの意思だよ。
手伝いたいと思ったの」

芯の強い紫の瞳が曇ってしまう。
ユーフェミア様の“行政特区日本”をルルーシュも知っているんだろう。
心配させたくない。

「前に……涙がずっと止まらなかった日があって、その時寄り添ってくれた人が“行政特区日本”の成功を望んでいて……」
「優しくしてもらったから、そのお礼に?」
「優しく?
……うん、そうかも。すごい優しくしてもらった。
『人の体温は涙に効くんです』って言って、あたしのぼろぼろの顔を撫でてくれて」

思い出すだけで幸せな気持ちになる。
心がぽかぽか温まる。

「初対面なのに……会ったばかりなのに……家族みたいに接してくれて。
助けたい、手伝いたいって思ったの!」

ルルーシュの心配を払拭できたのか、安心したように微笑んでくれた。
やわらかい光を帯びているような優しい笑顔。
見ていると胸が締め付けられて、好きだ、と思ってしまう。

校門まで進んだところで、あたしは少し走ってルルーシュから離れた。

「ここまでで大丈夫だよ。
あとは一人で帰れるから、ルルーシュはみんなのところに戻って」
「一人で?
ここは治安はいいけど女の子ひとりだけじゃあ……」
「大丈夫! 朝もひとりで通ってる道だから!」

走って離れて、ルルーシュに笑顔を向ける。

「ここまでありがとう!
ロロ君に電話するからその時に話そうねー!」

上機嫌の笑顔でバイバイと手を振り、さよならした。
走って走って、友達になれた喜びでどこまでも走っていけそうな気分になって────


 ピピピ、ピピピ、ピピピッ
 

────謎の電子音が聞こえた。

「えっ?」

驚いて足を止める。
周りを見て、音の出どころを探したけど、音はもう聞こえない。

「……今の何?」

よく分からないまま、また歩く。
意味不明でひたすら気になる。
モヤモヤを抱えたまま、あたしはまっすぐ帰路を歩いた。

 


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