18話(前編)


沼に沈んだ全てのナイトメアの救出、脱出が完了して、斑鳩は砲撃しつつ敵を退け、“天帝八十八陵”と呼ばれる地まで逃げ切った。
見晴らしが良く、建物は無し。
巨大な岩山がひとつそびえ立ち、出入り口は大きくくり抜かれ、中は洞窟になっている。
ここは歴代の天子を祀る、中華連邦にとって神聖な地だとゼロが教えてくれた。
中は巨大戦艦の斑鳩もすっぽり入るほど広い。
日が沈んでも、設置されている照明のおかげで視界は良好だ。

「残存全ナイトメア、回収完了しました」

いちじくちゃんの報告に、ソファでゴロンとしているラクシャータさんは目を細めた。

「なるほど。
天帝八十八陵に立て籠もろうってわけね」
「確かにここなら敵も攻撃しづらい」

ディートハルトは小さく頷く。
モニターには前方の映像が拡大表示されている。
神虎率いるシンクーさんの部隊が横一列に並んでいた。

「敵は正面から来るしかないが」と呟いたC.C.に、扇さんが「その場合は艦首ハドロン重砲を撃てばいい」と言った。
「連射はできませんがね……」とむつきちゃんはため息をこぼす。
藤堂さん達はいつでも戦えるように斑鳩のそばで待機していて、ブリッジに戻って来たのは玉城と千葉さんと省悟さんだ。

「あとはインド軍を待つだけかぁ〜」
「来るはずないでしょ」
「援軍なき籠城戦ってこと」
《シンクーさんが動くまで、か……》
《いいや。動くのは大宦官だ》
《え?》

モニターに映るシンクーさんの部隊が突然砲撃に襲われた。
南さんがパネルを操作してアングルを変える。
ピラミッド型の戦艦が神虎を囲んで攻撃している映像に切り替わった。

「これは大宦官か。
まさかあんな手を……」

南さんの言葉に綾芽ちゃんは青ざめた。

「籠城戦だけなら、まだ交渉の余地はあったのに……」

砲撃の向こう側────夜空にモルドレッドとトリスタン、アヴァロンまで確認できた。
絶望的な状況に、場の空気が見て分かるほどに重々しくなる。
扇さんは途方に暮れた顔をした。

「どうする?
ナイトオブラウンズまでは計算していなかった……」
「大宦官は私達だけでなく、星刻までここで抹殺するつもりだな」

C.C.はチーズ君を椅子に座らせた。

「ディートハルト、仕掛けの準備を」
「な……!
ここで……ですか?」

ゼロの指示に、ディートハルトは珍しく驚いている。

「全てそろった。
最高のステージじゃないか」

笑みを浮かべた、勝利を確信した声。
援軍は来ないしブリタニアもいる。
この状況をどうひっくり返すんだろう。

「どうすんだよ! 援軍もないってのにィ!」

玉城の荒ぶる声に扇さんがたしなめる。

「落ち着け! こっちには天子様がいる。
相手だってヘタに手出しは出来ないから……!」

ドーン!!と破壊音が上のほうで響く。
ゴゴゴゴ……と地響きの音まで聞こえてきた。

「これは?」
「ここを爆撃している」

ゼロの言葉に、場の空気が緊張で凍りつく。

「それじゃあ……!」
「そうだ。
中華連邦はこの天帝八十八陵ごと、我らを押し潰すつもりだ。
つまり、天子を見捨てた」
《あいつら……!!》

激しい怒りに震えそうだ。
待機している藤堂さん達は出撃した。
緊張で言葉を失っていたブリッジも慌ただしくなる。

「私も暁で出る」
「C.C.」

格納庫に向かうC.C.を、ゼロはすかさず呼び止める。

「不利になったら脱出しろよ」

わずかに目を見張り、C.C.は微笑んだ。
少し嬉しそうだ。

「その前に手を打っておけ」

颯爽と出ていった。
パイロットは全員出撃した。
警告音が鋭く鳴る。

「敵軍、第二次空爆部隊、接近中!
このままでは、この斑鳩ももちません!!」

シンクーさんの部隊がブリタニアと戦っている。
モニターに映るブリタニアの数は増えていく一方。
数で圧殺するつもりだ。

ディートハルトは手元のパネルを操作し、ゼロに合図を送る。
頷いたゼロはボタンを押し、小型モニターに大宦官達を映した。
ビデオ通話だ。
天子抹殺を決め、満足している顔は下品で最悪だ。ひたすら気持ち悪い。

『ほ〜。じきじきに敗北を認めるのかな?
しかし、もう遅いわ』
「どうしても攻撃を止めないつもりか?
このままでは天子も死ぬ!」

大宦官一同はニヤッと笑った。

『ふふっ、天子などただのシステム』と大太りの大宦官があざ笑う。
『代わりなどいくらでもいる』と眼鏡の大宦官が愉快そうに言う。
『取り引き材料にはならぬな』と老人の大宦官が言い捨てる。
ここに天子ちゃんがいなくて良かった。
こいつらはもう、どうしようもない。腐りきっている。

「貢物として、ブリタニアの爵位以上を用意しろと?」
『ほほっ! 耳聡いこと』
『安い見返りだったよ、実に』
「領土の割譲と不平等条約の締結がか!」
『我々には関係ない』
『そう。ブリタニアの貴族である我々には』

気分良くペラペラと喋っている。
ゼロはさらに突きつけた。

「残された人民はどうなる!?」
『ゼロぉ。君は道を歩く時、蟻を踏まないよう気をつけて歩くのかい?』
『尻を拭いた紙は捨てるだろう? それと同じだよ』

最低な言葉のオンパレード。
いちじくちゃん達はドン引きの顔をしていた。

「国を売り、主を捨て、民を裏切り、その果てに何を掴むつもりか!」
『驚きだな。ゼロがこんな理想主義者とは』
『主や民などいくらでもわいてくる。虫のようにな』

天帝八十八陵が、砲撃の嵐に襲われて崩壊していく。
警告音は鋭く鳴り響いたままだ。

「第二、第五輻射障壁機関、停止しました。
これじゃ甲板がむき出しに……!」

ブリッジ内の照明がチカチカと明滅し始める。

「腐っている! 何が貴族か!!
ノーブルオブリゲーションも知らぬ官僚が!」

鋭く怒鳴りつける。
ゼロがここまで怒りをあらわにしているのは初めてかもしれない。
モニターの左下に別のアングルの映像が映し出される。場所は甲板上。
天子ちゃんがひとり、走っていくのが見えた。

「ゼロ! 天子様が外に!!」

気づいた扇さんが一番に声を上げた。
ゼロが片手を上げる。
頷いたディートハルトは、大宦官達との通信を切った。

蜃気楼 しんきろうで出る」
「やぁっとお披露目ねぇ。調整は完璧よ」

ラクシャータさんは満足そうに笑った。

《蜃気楼?》
《ラクシャータが開発した、ゼロ専用機だ。
天子を助けに行く。近くで見るか?》
《見たい!!》

あたしの即答にルルーシュは笑った。

《甲板で待て》

天子ちゃんの所で待てばいいのか。
するりとすり抜け、ブリッジから甲板へ。
外に出た瞬間、暴風雨かと思える爆撃音で身がすくむ。
前方を見て驚いた。
神虎がたった一機、うずくまる天子ちゃんを守っていた。
両腕のハーケンを高速回転させ、すべての銃撃を弾いている。
大宦官が命じて、表に出た天子ちゃんを集中攻撃しているんだ。

『お逃げください、天子様!!』

呼びかける声がしっかり聞こえた。

「え! 星刻!?」
『せっかく外に出られたのに、あなたはまだ何も見ていない……。
ここは私が防ぎますから』

シンクーさんの声は、苦しいのを我慢して微笑む優しい声だった。
天子ちゃんは逃げない。
一心に神虎を見上げている。

「でもあなたがいなきゃ! 星刻!
私はあなたが! あなたがっ!!」
『もったいなきお言葉、されど……!!』

弾ききれない銃撃が少しずつ神虎を壊していく。痛々しい破壊音がいくつも。
ダメだ! このままじゃ……!

《ゼロ! 神虎がもたない!!》

助けてほしい、と全身で思った。

『……誰か! 誰でもいい! 彼女を救ってくれ!!』
『わかった。
聞き届けよう、その願い』

聞こえた声は救世主みたいだった。
どこからともなく颯爽と現れた機体は先頭に降り立ち、赤いクリスタル色のシールドを展開する。
一部の装甲が金色の、漆黒のナイトメア。
これが蜃気楼?
凛と立つ後ろ姿は美しかった。
矢継ぎ早に大砲を打ち込まれ、直撃音が絶え間なく聞こえる。
でも蜃気楼は無傷だ。
シールドじゃなくて結界みたい。
全ての砲撃を防いでいる。魔法みたいな光景だった。

『中華連邦ならびに、ブリタニアの諸君に問う。
まだこの私と、ゼロと戦うつもりだろうか!』

戦場にいる全ての人がきっと驚いている。
宙で待機するスザクも、ぼろぼろになったシンクーさんも、天子ちゃんも大宦官も。
蜃気楼は前方に広くシールドを展開させる。
美しい赤色。半透明のガラスみたいな見た目なのに、一斉射撃に割れたりしない。
キィーンと涼しげな音が鳴り、シールドを解除する。
次は何をするのかワクワクしてしまう。
急いで空へ急上昇した。
蜃気楼は何かを勢いよく射出する。目を凝らせば弾丸っぽい形をしている。
次いで、閃光色の細いビームを撃つ。
射出した弾丸に直撃した瞬間、ビームは四方に拡散された。
ただの一撃が数え切れないビームとなって、中華連邦全軍を穿つ。
ビームは遠くのモルドレッドまで届き、押し勝っているのも見えた。
まばたきできない。

《か……》
《か?》
《かっこいいいいいいぃいいい!!!!》

変な高い声が出た。
仕方ない。痺れるくらい本当にかっこよかったから。
興奮しながら蜃気楼内に滑り込む。
ガウェインと違い、こっちは一人乗りだ。
仮面を外したルルーシュは喉を鳴らして笑っていた。

「……かっこいい。
そうか。熱狂的な声が出るほどだったか」

シンクーさんを襲う脅威はほとんど排除された。
ルルーシュはコクピット内のボタンを押す。

『哀れだな、星刻』

ぼろぼろの神虎にゼロは淡々と言い放つ。

『同国人に裏切られ、たったひとりの女も救えないとは。
だが、これで分かったはず。
お前が組むべき相手は私しかいないと』
『だからといって、部下になる気はない』

誘いの言葉を、シンクーさんは強気な声で跳ね除ける。
ふ、とゼロは笑う。

『当たり前だろう。君は国を率いる器だ。
救わねばならない、天子も貴公も。
弱者たる中華連邦の人民すべてを!』
「そのナイトメアでこの戦局を変えられると思っているのか?」
「いいや。
戦局を左右するのは戦術ではなく、戦略だ」

パネルを操作し、映像が表示される。
神虎と天子を守る蜃気楼の映像と共に流れる音声は────

『天子などただのシステム』
『代わりなどいくらでもいる』
『残された人民はどうなる!?』
『ゼロぉ。君は道を歩く時、蟻を踏まないよう気をつけて歩くのかい?』
『主や民などいくらでもわいてくる。
虫のようにな』

────録音された会話だ。少し省略されている。

《これ……もしかしてディートハルトが編集した!?》

映像が切り替わり、ひどく怯える天子ちゃんがアップで映し出される。
純白のドレスは土煙で汚れ、見ていて胸が苦しくなった。

《この映像を中華連邦全土に流した。
今頃、各地で暴動が発生しているだろう。
天子のおかげで大宦官の悪役っぷりが際立った》

悪どい顔でルルーシュは微笑む。

『まさか。あいつらが裏切ると読んだ上で……』

あ然としたシンクーさんの声。

「そう。君のもうひとつの策略、クーデターに合わせた人民蜂起!」

蜃気楼のレーザーの射程範囲外に潜んでいた騎士団のナイトメアが全て出撃する。

《あとはブリタニアだね》
《違うな。兄上なら》

三機の暁を相手に戦っていたモルドレッドがエナジー切れ?を起こして地上へと落ちる。
その後だ。アヴァロンがゆっくりと退避する。
それに合わせてブリタニアが全機撤退し始めた。

《……あなたならそうすると思った》
『ゼロ。私は今から大宦官を終わらせる。
天子様を』
「ああ」

神虎が風を切って前方へ、中華連邦の本陣にシンクーさんは行く。
それと同時に、甲板に神楽耶ちゃんが飛び出してきた。
天子ちゃんに駆け寄り、ギュッと抱き締める。
それを確認してから、蜃気楼も神虎の後を追う。
シンクーさんはすでに本陣に突入しているのか、ピラミッド型の戦艦には乱暴にこじ開けた穴が空いていた。
蜃気楼もスッと入る。
司令室らしき空間は暗く、神虎のコクピットが開いていた。
斬り捨てられた大宦官の遺体が……そっちは見ないでおく。
奥でチャンリンさんが一人、拘束されていて、シンクーさんが彼女を解放している途中だった。

『紅月カレンはどこにいる?』

戸惑うチャンリンさんに、シンクーさんが「紅蓮のパイロットだ」と教える。
チャンリンさんは頷いた。

「捕虜でしたら移送されました」
『なに!?』

拘束を解かれたチャンリンさんはスッと立ち、蜃気楼を見上げた。

「大宦官が引き渡しました。ナイトオブセブンに」
『……スザクに?』
《今カレンは……アヴァロンに……》
《……そうか。
そうやってお前は俺から全て持っていくつもりか……!》

救出が困難なところに連れ去られてしまった。

《空。
俺は必ず、必ずカレンはこの手に取り戻す》
《うん。あたしも何だってやる》

連れて行かれたカレンは捕虜としてどこかに収容される。
場所を特定するのも、最短距離で救出に行けるルートを探すのも、リスク無しで出来るのはきっとあたしだけ。
やるべきことが分かり、心に消えない炎がボッとついた。

捕まっている部下の救出をチャンリンさんに頼み、シンクーさんは斑鳩目指して神虎を飛ばす。
すぐに追いかける蜃気楼のコクピット内に、あたしはヌッと入り込んだ。

ゼロは通信中で、カレンが移送されたことを伝えていた。
次に大宦官の討伐報告・黒の騎士団の勝利宣言。
そして、全員への労いの言葉・戦場にいる全ての団員に帰還指示を出した。

日本では考えられない大きな戦いだった。
黒の騎士団の勝利だけど、無傷での完勝は有り得ない。
団員の誰かは傷ついた。戦死した人もいるかもしれない。
あたしの知っている人が、もしかしたら。
気持ちが重く沈んでいく。

蜃気楼は進む。
静寂の闇の中、斑鳩が見え始めた。
コクピットから外へ飛び出し、先行する。
天子ちゃんは神楽耶ちゃんと共に甲板にいた。
シンクーさんの帰りを一歩も動かずに待っている。
減速した神虎は甲板にふわりと降り立ち、コクピットが開く。

「天子様!」

シンクーさんの着地は軽やかだ。
天子ちゃんがぶわっと泣く。

「星刻! 星刻っ!!」

まっすぐ駆け寄り、シンクーさんに飛びついた。
あたしの涙腺も決壊した。

《よがっだぁあああああああああ!!!!》

蜃気楼からゼロも降りる。
仮面は装着済みだ。
神楽耶ちゃんは「ゼロ様ぁ〜!!」と安心しきった笑顔で駆け寄った。
ハグしようとする彼女をするりとかわし、ゼロはシンクーさんのほうに行く。
いつの間にか、シンクーさんは天子ちゃんをお姫様抱っこしていた。
安心して緊張の糸が切れて気を失った……そんな感じで天子ちゃんは眠っている。

「星刻」
「なんだ? ゼロ」
「君達を今すぐ洛陽に送り届けたいが、先に艦体の損傷を直さなければならない。
天子と君が休める場を提供するが……如何かな?」

ゼロの申し出にシンクーさんは真顔になった。
ちらり、と一瞬だけ神楽耶ちゃんを見た後、ゼロを見据えた。

「天子様のそばに皇神楽耶さんがいらっしゃるなら」
「ああ。もちろん。
ひとりだけで心許ないなら、キミが信頼している部下を呼んでくれていい」
「……いや。私ひとりで十分だ。
仲間を全員、大宦官に攻撃された負傷者の救出に向かわせる」
「救援物資が必要なら言ってくれ。
提供する準備は整っている」
「ゼロ……キミが天子様にした全ての無礼千万を私は許さない。
しかし、今は全てを呑み込む。
その厚意、受け取らせてもらおう」
「星刻さん。天子様が休める部屋にご案内しますわ。どうぞこちらへ」

やる気に満ち溢れた神楽耶ちゃんがシンクーさんを中に案内した。
天子ちゃんを軽々と抱き上げたまま、追いかけて甲板を去る。
一息つく間も無く、暁が一機、空からやって来た。
コクピットが開いてC.C.が姿を見せる。

「帰ったぞー」
「無事か、C.C.」
「ああ。機体の損傷も無い。他は……。
……いや、いい。空はいるか?」
《ここにいるよ。
あ、ゼロの隣に》
「俺の隣にいると言っている」
「それなら直接伝えられるな。
大きな戦いに激しい砲撃……それらを見て、心を砕いたことだろう。
戦場に出たヤツは全員無事だ。
大なり小なり傷を負っているが、誰も死んでいない」

包み込んでくれるお姉さんみたいにC.C.は微笑んだ。
表に出さなかった不安に気づいてくれて嬉しくなる。その場に沈むほどホッとした。

《う”んっ!!
ありがと……C.C.……!》
「……ありがとう、と言っている。
深く安心しているようだな。声が震えている」
「カレンのこともあったからな。
艦内が落ち着いたらたくさん話してやれよ。
空の心を癒せるのはお前の声だけだ」

夜の闇の中でもC.C.の髪は美しい。
長髪をさらりと揺らし、彼女は歩く。

「腹が減った。
勝手に食べさせてもらうぞ」
「ああ。ゆっくりしろ」

団員が次々に帰還して、外が慌ただしくなってきた。
甲板に扇さんが出てくる。
続いてラクシャータさんも。

「ゼロ! お疲れ様!!」
「拡散構造相転移砲、美しかったわぁ。
第2射も問題なく射出できそうね」
「たった一機で! 本当にすごい!!
あんな風に戦うのは君しかできないってラクシャータが言っていた!!」

扇さんの笑顔はキラキラしていた。
ゼロの肩をポンポン!とする。

「疲れただろう。 休んでくれゼロ!
あとの事は俺達に任せて」
「休息が必要なのは私だけじゃない。
扇、キミにもだ。
大宦官亡き今、この地に我々を害する脅威は存在しない。
動ける者も全員、夜明けまで身を休めるよう伝えてくれ」
「あ、ああ!」

マントをバサッとしてゼロは行く。
それを見送る扇さんは満面の笑みだ。
ゼロを見る眼差しはまっすぐで、尊敬の気持ちに溢れていた。

艦内の通路は無人で静かだ。
遠くが少し騒がしい。
近くで聞こえる物音はゼロの足音だけ。
誰とも出会わなかった。

広々とした私室に入り、ゼロはロックをかけた。
両手で仮面を外す。
ルルーシュは溜め込んでいた息を全て吐いた。

「C.C.はおそらく来ない。
俺と空の二人きりだ」

マントも外し、首元のスカーフもわずかに緩めた。
首のあたりがあたしと違う。
髪の色も瞳の色も宝石みたいに深い色だ。
すごい間近でジーッと見たい。
あぁでも、ずっとは見れないかもしれない。
絶対恥ずかしくなる。

「空?」
《ご、ごめん!
ボケっとしてた!》
「疲れただろう。先に横になっていろ。
眠れなくても気分が違う」
《はーい。
ベッドの半分借りるねぇ》

ふわふわ飛んで、ふわっと乗る。
ベッドの柔らかさは感じないけど、ゼロの私室のベッドだからきっと柔らかいはずだ。

む”ー、む”ー、とルルーシュから音が聞こえた。

《電話?》

ゼロの衣装をごそごそ探り、ルルーシュは携帯を出した。

《シャーリーだな》
《こんな遅くに?
なんだろう。何か緊急事態かな?》

日付が変わった時間だ。
ルルーシュは携帯を耳に装着する。

《気になるだろう。
そばで聞いていろ》
《いいの?
ありがとう!》

盗み聞きの罪悪感はあるけど、確かにすごく気になった。
ひとっ飛びでそばに行く。
ピタッと携帯にくっついた。

『ごめんねぇ、こんな時間に。
ルルは今、大丈夫?』
「なんだい? わざわざ」
『直接話したら良かったんだけど、話せるタイミングがなかなか無くて……。
ごめんね、ルル』
「いい。気にしないでくれ。
それで、話したいことは?」
『会長の卒業イベントをね。
リヴァルがいたら筒抜けになっちゃうから』
「それなら会長自身に決めさせてあげたほうがいいんじゃないかな?」
『そうかぁ〜』

話はそれ以上続かなくて、不自然な沈黙が流れてしまう。
電話の向こうでゴホンゴホン!とシャーリーが咳払いする。

『あ! あのさぁルル!』
「あ、ああ」

珍しい。シャーリーの勢いに少し押されている。

『ルル、何かあった?
最近のルル……いつもとちょっと違うから』

ルルーシュの顔つきがガラリと変わる。
柔らかい目元が厳しくなり、戦場に出ているような微笑みを浮かべた。

「いつもとちょっと違う?
どうしてそう思ったの?」

声だけじゃない。全身で猫を被っている。

『んー……なんだろう……。
ほんとにちょっとだよ。ルルっぽくないなって。
いつも通りなんだけど、妙に優しかったり。
他は……うまく言えないんだけど……』

今、アッシュフォード学園では咲世子さんがルルーシュのフリをしている。
完璧な変装、満点の影武者だ。
声も話し方も姿もルルーシュそのもの。
『これなら兄さんも安心です』とロロが言うほどだったのに。
ルルーシュは眉間にシワを寄せ、不可解そうな顔をしていた。
でもあたしには分かる。
ルルーシュを想うシャーリーの気持ちはよく知ってるから。

『今……なにか悩んでる?
困ってるなら話してほしいな。
ルルは今まで助けてくれたでしょう?
みんながやらない大変な事とか、すごく面倒な書類片付けたりとか、私が気づかない小さな事まで。
だから次は私が助けたいの! ルルを!』

必死に伝える声に泣きそうになる。
こみ上げるのは嬉し涙だ。
ルルーシュの顔つきもふわりと柔らかくなった。

「ありがとう、シャーリー」

電話の向こうで大きく息を呑む音が聞こえた。

「……困ってるわけじゃないんだけど、少しトラブルになりそうなんだ。
とあるカップルを別れさせたい人が現れるかもしれなくて」
『えー……?
別れたいの? そのふたり』
「いや。政治的要因……つまり外交の。
だから、家の問題」
『だめだよ〜!』

元気いっぱいに否定した。
電話の向こうで話してるシャーリーの顔が簡単に思い浮かぶ。

「どうして?」
『恋はパワーなの!
誰かを好きになるとね、すっごいパワーが出るの!!
毎日毎日その人のことを考えて詩を書いちゃったり、早起きしちゃったり、マフラーを編んじゃったり滝に飛び込んでその人の名前叫んじゃったり! 私だって!!』

言葉のひとつひとつに熱い力がこもっている。
全部やったことあるのかな?と思った。

『……その……ルルにはないの?
誰かのために、いつも以上の何かが……』

ルルーシュは紫の瞳を大きく見開き、ハッとした。

《そうだ、俺も……。
……俺もナナリーのために世界を作り変えようと思った》

すっごいパワーが出る。
あたしもそうだ。最初からそうだった。
ルルーシュを好きじゃなかったら、あたしは異世界に行かなかった。

「想いには世界を変えるほどの力がある!
そうなんだな? シャーリー!」

大事なことに気づいて、世界が鮮やかに色付いたみたいな声。
晴れやかな表情だ。

『え? あぁ、うん……』

シャーリーの返事は、よく分からないまま頷く曖昧なものだけど、嬉しそうに微笑んでいる声だった。

『トラブルは解決しそう?』
「ああ!
ありがとう。キミと話せて良かった」
『何かあったらまた言って。
たくさん! たくさん話聞くから!
それじゃあね。おやすみなさい、ルル』
「ああ。また学校で」

電話を終え、ふ……と吐息をこぼした。
次の瞬間、ルルーシュの目が据わる。
シャーリーと話していた時の柔らかさが消えた。

「次はロロに電話する。
終わったら声を掛けるから好きなところを散歩してくれ」
《はい!!》

ひとっ飛びで退室する。
ロロに電話……シャーリーの件を話すのかな?
その会話内容を咲世子さんにも。
伝えておかないとシャーリーがまた不審に思ってしまう。
違和感が強くなったらスザクの耳に入るかもしれない。
それは阻止しなければ。

散歩してくれと言われたけど、すぐ戻れるように散策はしない。
ひたすら上をすり抜け続けて外に出て、視界が一気に広がった。
深い深い紺色の夜空に数えきれない星々が輝いている。
クラブハウスの屋根で見ていた星空と全然違う。別世界だ。
満天の星空の吸引力は凄まじく、ずっと見ていたい気持ちになる。
奇跡みたいに、宝石みたいに美しいけど、見ているとだんだん寂しくなる。
この星空をルルーシュと見たくなった。

《空、こっちは終わった。
待たせたな》
《はーい! 戻るね》

待ち望んでいた言葉に、あたしはまっすぐ帰宅する。

《ただいま》
《お帰り。今から二人の時間だ》

ルルーシュはベッドに座っていた。
手袋を脱いでいる。
どこに座ろうかな?と一瞬悩み、ルルーシュの太もも辺りに滑り込んだ。
膝枕してもらってる体勢になった。

「隣に座ったのか?」
《ううん。
隣じゃなくて……》

膝枕、とは素直に言えなくて少し恥ずかしくなった。

《……ルルーシュのところでゴロンってしてる》
「頭はどこだ?」

右手をあっちへこっちへ動かし始めた。
目で追っていたらちょうど真上に来て、《あ》と呟いたらピタリと止まる。

「ここか?」
《うん。
ルルーシュの手がちゃんと上にある》
「そうか」

大きな手が、撫でる動きをする。
ゆっくりとした手つきだ。
ルルーシュの手の感触も、温度も何もかも感じないけど。
幸せだ。胸がいっぱいになる。

《さっきまで星を見てたよ》
「壮大な景色だったろう。
街の灯りが無い分、星々がよく見える」
《そうそう! 本当によく見えたよ!
すごくきれいでずっと見ていたいなーって思ったけど、だんだん寂しくなってきて……。
……途中からルルーシュと一緒に見たくなった》
「今から見に行くか」
《ううん。一緒にいるならこの部屋がいい。
ここを出たらゼロに戻らないといけないから》
「そうだな」

撫でていた手が止まる。
手の位置はあたしのおでこ辺りだ。
ルルーシュの顔が近い。
見下ろしてくれているけど、穏やかな眼差しはあたしの視線とぶつからなかった。
それでもいい。
ここにいるあたしを見ようとしてくれているから。

《ねぇ、ルルーシュ》
「なんだ?」
《あたし、シャーリーの呼ぶ『ルル』が大好き
なんだよね》
「大好き?
……そう思ってくれるのか」
《シャーリーの『ルル』は、アッシュフォード学園のルルーシュを思い起こすから。
笑顔のシャーリーが頭に浮かぶの》
「笑った顔……確かにそうだな。
色んな表情を覚えているが、特に笑顔が多かった」
《元気な声を聞くのも好き。
だから電話の、シャーリーの話を聞かせてくれてありがとう》
「遅い時間の電話だ。俺だけ聞くのは悪いと思った」
《大切な話だったね。 
『ルルを助けたい』……シャーリーのその気持ちが、すごく嬉しかった》

ルルーシュは優しい色をした瞳を伏せた。
苦しそうだ。

「気持ちだけもらう。
助けてもらうつもりはない」

聞いてて悲しくなる。
そばにいるのに遠く感じた。

《シャーリーを巻き込みたくないから?》
「そうだ」

巻き込みたくない。
その気持ちでシャーリーを遠ざける。
失いたくないから。大切に思ってるから。
シャーリーだけじゃなく、ナナリーやあたし、ルルーシュを大切に思う全ての人を、ルルーシュは遠ざけるんだ。

重苦しい顔をしている。
孤独の表情に壁を感じた。

《助けてもらうつもりはなくても、シャーリーの言葉はルルーシュを助けるよ》

わずかに開いた瞳には、何を言ってるんだ?という戸惑いがあった。

《シャーリーの気持ちと言葉を思い出す度、ルルーシュの心にすっごいパワーを生んでくれる。
そのパワーがルルーシュを助けるの》
《思い出す度に……》

ふ、と笑みをこぼす。嬉しそうだ。
ゆらりと起き、ふわりとベッドに飛び乗った。

《はい。次はあたしがルルーシュを膝枕するよ。
ここにちょうどいい枕があるからゴロンってして》

ルルーシュの瞳が枕に向く。
視線が少し動いた。あたしを捜してる。

《明日から忙しくなるから少し寝て?
起きたい時間に起こすから》

ルルーシュは溜め息を吐いて立ち上がり、流れるような動作でマントを外した。
きれいに畳んで仮面の隣に置く。

「ずっと俺の寝顔を見るつもりか」
《ルルーシュの髪を撫でながらね。
さっきやってくれたみたいにあたしも撫でたい》
「姿が見えないのが惜しいな」

ルルーシュはすぐ横になる。
あたしは枕元で座り、自分の膝を枕の下あたりに沈めた。
幽霊 あたしの姿を写真に収められるなら、すごい心霊写真が撮れそうだ。

「……すまない。少し寝る」

初めての膝枕。
ルルーシュの顔が真下にある珍しいアングルだ。
ドキドキよりもワクワクが勝り、あたしは“アレ”をやりたくなった。
幼い頃……小学生の……いつだったかな。多分低学年。
寝る時に親にチュッてしてもらったのを思い出す。あたしも同じのをやりたい!
良い夢が見れますようにと願いを込め、顔を近づける。

《おやすみなさい、ルルーシュ》

今の姿じゃチュウできないからリップ音がちゃんと音になるように意識して……。
チュッ。と、小さくてかわいい音が出た。
次の瞬間、ルルーシュが大きく寝返りを打った。
枕から落ちて、うつ伏せになる。
ぴくりとも動かない。
「身体に戻ったら……同じことをおまえにしてやる……。覚えていろ……」と低く固い声で言った後、ルルーシュはそのまま寝た。
何時に起こしましょうかルルーシュさ〜ん?と思ったけど、沈黙する。
艦内で誰かが活動を始めたら声を掛けようかな、と思った。

C.C.は言っていた。
“空の心を癒せるのはお前の声だけだ”と。
本当にその通りだ。
ルルーシュの声をたくさん聞いて、精神的にすごく楽になった。
幸せな気持ちが心をいっぱいに満たした。
 


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