17話(後編)


澄み渡る晴天。結婚式にふさわしい空。
式場の誰も知らない。
牧師さんの頭上に造設した隠しスペースにゼロが潜んでいることを。

赤色のバージンロードの最奥、牧師さんの前に立つ新郎新婦。
新郎は穏やかな面持ちだ。
眼差しには大人としての気遣いがあり、人の良さがにじみ出ている。
新婦────天子ちゃんの顔色はウェディングドレスよりも白い。全てを諦めた表情。
これは愛し合う者同士の結婚式じゃない。
本当に嫌な光景だ。

式を見守るシュナイゼルとカノンとロイド、大宦官は最前列。
その後ろには護衛のラウンズとセシルさんが座り、2階席には神楽耶ちゃんとカレン。

式が始まったら間もなく登場する。
花嫁を強引に奪うゼロと、花嫁を救出しに来るシンクーさんが。

早く天子ちゃんを助けてほしい。
そんな気持ちで祈っていたら、厚みのある式場の扉が乱暴に開いた。
先頭にシンクーさん。
後ろには武装した部下が4人。
会場にいる全員が振り返り、目を剥いた。

「我は問う!
天の声、地の叫び、人の心!!
何をもって、この婚姻を中華連邦の意思とするか!!」

覇気のある声が広い空間全体に、天子ちゃんの元まで届く。
大宦官のひとりが慌てて立ち上がった。

「血迷うたか星刻!!」
「黙れ趙皓 ジャオハオウ!!」

瞳は燃え盛る炎みたいだ。
シンクーさんは剣を抜き、前方に鋭く突きつけた。

「全ての人民を代表し、我はこの婚姻に異議を唱える!!」
「取り押さえろッ!」
「放送を切れ!」

式場全体に配置された警備兵達が一斉に動く。
シンクーさん達も同時に駆け出し、束になって攻撃を仕掛ける兵士達を相手に剣を振るう。
会場はぐっちゃぐちゃの大混乱だ。
シュナイゼル一行がオデュッセウスに駆け寄って安全そうな端まで退避したり、スザクとセシルさんが避難口を開けて外に飛び出したり、参列者が我先に脱出したりするのも見える。
大宦官は口々に命令したり、牧師はオロオロと後退したり。
誰も天子ちゃんを気にかけない。
彼女は壇上中央に一人きりだ。

《ゼロの言った事が本当になったよ……》
《天子を守ろうとする者は誰もいない。好都合だ》

多勢の兵士に囲まれても、シンクーさんは押し負けない。
後方で部下に助けられながら兵士達を少しずつ戦闘不能にしていく。

「不忠なり! 天子様を己がものとしようとは!!」

剣と槍とが激しく打ち合う攻防の音、殺気立つ兵士達、鬼気迫る顔の苦しそうなシンクーさん────現実離れした光景に息が詰まるような感覚がした。

「天子様に!! 外の世界をッ!!」
「星刻ーっ!!」

天子ちゃんが叫ぶ。
泣きながら右手を上げて、何度もシンクーさんの名前を呼ぶ。
心から助けを求める声だった。

《そろそろ行く》
《……うん》

この後を考えるとひたすら良心が痛む。
でも必要な事だ。自分に言い聞かせた。
シンクーさんは束になって襲い来る兵士達を一撃でなぎ倒す。
苦しみを断ち切った晴れやかな表情だった。

「我が心に! 迷い無し!!」

兵士達を振り切り、シンクーさんは走る。
そのタイミングでゼロが仕掛けを作動して、壁に吊り下げている国章を外した。
ゆっくりと落下する大きな国章は小さな天子ちゃんを覆い隠し、シンクーさんの足を止めさせる。
潜んでいたゼロは表に飛び出し、スタッと着地してサッと天子ちゃんのそばに立ち、「えっ?」と声を上げる彼女の肩に手を置いた直後、国章が床に落ちる大きな音が響いた。
やってる事がマジシャンだ。

「な、なぜあの男が……」

“いるはずがないゼロが突然現れた”……そんな風に見えるだろう。
あ然とするシンクーさん、驚愕に震える大宦官、笑顔が消えたシュナイゼル一行、反応は様々だ。

「感謝する星刻。
君のおかげで私も動きやすくなった」
「ゼロ、それはどういう意味だ」

シンクーさんは鋭く睨み、一歩前に出る。
「動くな!!」とゼロは拳銃を握り、天子ちゃんに突きつけた。
ビクッと震え、怯える天子ちゃんに「卑劣な!」とカノンは非難する。
あたしも本当にそう思う。

「ゼロ……あれほど忠告したのに……」

シュナイゼルが哀れむ眼差しを向けてくる。
ゼロを少しも脅威に思っていない顔だ。
シンクーさんは一歩も動かない。
ゼロを見据える眼差しは刃物みたいに鋭かった。

「黒の騎士団にはエリア11での貸しがあったはずだが」
「だからこの婚礼を壊してやる。君たちが望んだ通りに。
ただし、花嫁はこの私がもらい受ける」

ゼロの手が小さな肩を押さえつける。
涙をこぼす天子ちゃんに、シンクーさんは痛ましそうに顔を歪めた。

「この外道がッ!!」
「おやそうかい。
はは! ふふははは! ハハハハハ!!」

ものっすごいノリノリでド悪党を演じていらっしゃる。
今の天子ちゃんを見ていると罪悪感でひたすら申し訳なく思った。

「ゼロ!! 天子様を返す気はないのか!?」
「星刻、君なら天子を自由の身にできるとでも? 違うな」

斜め上方向から凄まじい破壊音が響き、天井を破って登場したのは藤堂さんの専用機・斬月だ。
ゼロの前に華麗に着地した。
埃や塵が巻き上がり、視界はしばし不明瞭になる。
あたしは見た。ゼロがマントで天子ちゃんを覆い、落ちてくる破片が彼女に当たらないようにしているのを。
粉塵が消え、こちらを険しく睨むシンクーさんがまた見えた。

「ナイトメアまで用意していたか!」
「藤堂! シュナイゼルを!」
『分かった!』

斬月はすぐ動いた。
刀身の長い藤堂さんの武器はシュナイゼルには届かない。 
上から飛んできた何かが武器を強く弾いたからだ。

《え!?》
『もう来たのか』

驚いたのはあたしだけ。藤堂さんは違う。
急降下で強襲してくるランスロットに、斬月は飛翔滑走翼を広げて飛び立った。
あっという間に空中戦だ。

『スザク君!!』
『まさか……藤堂さんですか!?』

二人の声がどんどん遠ざかる。

「殿下、今のうちに!」

ジノの声に、視線をハッと会場に戻す。

「仕方ないね。兄上」
「う、うん……」

余裕のある足取りで逃げていく。
ランスロットが現れなければ、とルルーシュは歯がゆく思っていそうだ。
大宦官達が逃げる相談をしているのも聞こえてくる。天子ちゃんが捕まってるのになんて奴らだ。

破壊された天井から、正方形のコンテナが降りてきた。
運ぶのは千葉さんの機体・暁。
手足はシュッとして細い機体なのに力持ちだ。

『ゼロ。こちらは予定通りです』
「よし、サードフェイズに入る」
『分かりました』

コンテナを下ろし、暁は前方に移動する。
腕にはバズーカを装着していて、いつでも威嚇射撃できるようにシンクーさんに向けて構えた。
コンテナがウィーンと開き、中には紅蓮弐式が格納されている。
2階席からここまで全力で駆けつけて来た神楽耶ちゃんとカレンも合流し、ゼロはコンテナ内に天子ちゃんを連れていく。
シンクーさんの名を天子ちゃんはいつまでも叫んでいた。
あたしもヌッとコンテナに入る。

暁が威嚇射撃でシンクーさんを牽制する。
その間、カレンは紅蓮弐式を起動させてコンテナを出て、飛翔滑走翼を広げた。
そこでコンテナがウィーンと閉じる。
ぼろぼろ泣く天子ちゃんをゼロは解放した。

「手荒に攫い、すまなかった」
「天子様!」

駆け寄る神楽耶ちゃんを天子ちゃんはギュッと抱きしめる。
コンテナが揺れた。
中からは見えないけど、千葉さんの暁が外に運び出している最中だろう。
ゼロはひとりがけのソファに座って、壁に設置されたモニターをつける。
映るのは、空で斬月とランスロットが戦っている映像だ。
斬月がフロートユニットの右側をズバァッと一刀両断している。
ランスロットはすぐに反撃して、息もつかない激闘を繰り広げていた。

「藤堂、そこはひとまず退け。
ランスロットのフロートを破壊しただけで十分だ。
私達を追うことは出来なくなったからな」
『わかった』

神楽耶ちゃんは天子ちゃんを支えながら、壁際に設置された紺色の長いソファに彼女を座らせた。
沈黙する天子ちゃんの瞳には涙が浮かんでいる。

「天子様。まもなく朱禁城の外に」

優しく話しかけると、天子ちゃんはハッと顔を上げた。

「えっ!? 外なの!?」

コンテナを運びながら飛行しているけど、今はとてつもなく危険な状況だ。
紅蓮弐式と斬月が周囲を守ってくれているけど、遠距離で攻撃されたらコンテナは墜落してしまう。
追手が来ないかどうか、コンテナの底からヌッと頭を出して確認した。
飛行スピードは速い。
周囲は荒野だけ。一本道の道路になっていた。
ぐんぐん進んでいき、大型トラックに接近した辺りで減速する。
大型トラックの貨物部分の屋根がパカーッと大きく開き、コンテナと暁は中に格納された。
墜落の不安が解消されてホッとする。
コンテナをすり抜け、トラックの内部、広い空間に出た。
杉山さんが走って現れる。

「藤堂将軍、千葉の暁から補給を始めますが」
『分かった。
斬月と紅蓮は斑鳩に戻ってからでいい』
「では、それで手配を」

ゼロ、神楽耶ちゃんと天子ちゃんがコンテナから出てすぐ、大型トラックの開け放った屋根がウィーンと閉じた。
あちらに行くぞ、とゼロは視線で神楽耶ちゃんに移動を促す。
今いる場所から階段を降りれば休憩スペースだ。
先頭をゼロが進む。
最後尾の天子ちゃんは緊張してガチガチだった。
階段を踏み外しそうになり、神楽耶ちゃんがとっさに支える。

「大丈夫ですか? 天子様」

優しい声が天子ちゃんの表情を柔らかくさせる。

「ここが……外なのですか?」
「はい。このような乱暴なやり方で、天子様の夢を叶えることになろうとは……」
「あ! 覚えていてくれたのですね。あなたも!」

天子ちゃんはやっと笑顔になった。

休憩スペース、3脚の椅子がテーブルを囲んでいる。
ひとつだけ肘掛け付きの椅子。残りは水色のパイプ椅子。
ゼロが一番良い椅子に腰掛け、天子ちゃんに着席を促した。天子ちゃんがパイプ椅子なんだ……。

天子ちゃんはおずおず座り、上目遣いでゼロを見る。
怯えた眼差しと困惑の表情。
心の距離はめちゃくちゃ遠い。
奥から女性の団員さんが来て、天子ちゃんに飲み物を渡した。
ファーストフード店で注文したら出てくるようなカップだ。青いストローつき。
天子ちゃんは両手で持ち、緊張しているのか口をつけない。

「私達の国……合衆国日本は、もっと巨大な合衆国連合の一部であると考えている」

いきなり話し始めるゼロに、天子ちゃんは目を丸くさせた。

「……あ。はぁ……」
「合衆国中華、そのためにあなたが必要なのです」
「すでに南部省、インド軍区と話がついています。モンゴルやビルマも動くでしょう」

神楽耶ちゃんの説明も天子ちゃんを困惑させた。

「合衆国連合はブリタニアに対抗するための枢軸なる」
「でも……たしか、我が国は連邦制で……」
「システムにも寿命があります!」

ゼロに強く言われ、ビクッとした天子ちゃんはさらに縮こまる。
逃げるように手元のジュースを飲んだ。

「大宦官は己が保身の為にあなたを売ろうとしたのです。許せることではない」

立ち上がるゼロに天子ちゃんはサッと顔を背ける。
あああ……めちゃくちゃ怯えてる……。

「あの……難しい話は、その……」

困り果てている彼女を神楽耶ちゃんが助けた。

「天子様。
黎 星刻、将来を言い交わしたお方ですか?」
「えっ」

青ざめていた頬が一気に色づいた。

《きゃーーーーかぁわいい!!》

天子ちゃんはモジモジする。

「そ、そんな……ただ、約束を……」
許婚 いいなづけとして?」
「あ、その……外に出たいと。
6年前に……」
「そんなに昔のことを? 運命の人ですね!」

神楽耶ちゃんは身を乗り出した。
目がキラッキラに輝いている。

「そ、そうかしら……」
「素敵です!!」

《そりゃあシンクーさんも怒るよ……。
天子ちゃんを助けにどこまでも追いかけて来そう……》
《星刻は今頃大宦官の連中に捕まっているだろう。テロを起こした者として》

天子ちゃんを神楽耶ちゃんに任せる形でゼロはその場を後にした。
ふよふよ追いかける。
奥へ進み、自動扉が開く。
進んだ先は運転席で、6人は座れる広々とした空間だった。
左ハンドルで運転するのはC.C.だ。
そして、右端の席にいる玉城が地図を広げている。

窓ガラスにチーズ君シールがたくさん貼られ、C.C.の隣にはチーズ君ぬいぐるみが着席していた。
助手席に座るゼロをC.C.は一瞬だけ横目で見る。

「いいのか? 神楽耶任せで」
「どうも理屈で話すタイプではなさそうだからな……」

C.C.は面白そうに笑う。

「苦手か?」
「……分析しづらいだけだ」
「なぁゼロ〜。
俺の役職ってまだ決まらないのかよ?
今さらヒラでもねぇし、財務大臣か金融長官のポストを……」

「玉城は宴会太政大臣」と突き放すC.C.に、玉城は目を吊り上げた。

「そういう冗談は止めろって言ってるだろ!
なぁ〜俺たち親友じゃねぇかよぉ〜」
《今の状況でする話じゃないよねソレ》
《俺も同じことを思った》

ゼロは玉城を見ずに、「その話はここをくぐり抜けてからだ」と言った。
C.C.はトラックを減速させる。
停まってから、玉城は地図を放り投げる勢いで前方を見た。

「なんだ!? 橋が無くなってるぞ!!」

左右は小高い丘、前方は橋が落ちた渓谷。
後方から中華連邦の軍団の敵影が現れた。
ぞろぞろとした群れだ。
どれだけいるんだ。

《ふふふ。予測通りにハマってくれたな》

「朝比奈!」とゼロが指示を出し、
『はいはい』と省悟さんの余裕たっぷりの声が聞こえる。

『全軍、攻撃準備!!』

省悟さんの号令に、トラックのモニターに赤い丸が無数に表示される。
前もって待機させていた伏兵か。
後方の映像も表示される。
モニターには、ロケット型の輻射波動で敵を一網打尽にする映像が映っていた。


  ***


斑鳩が来て、最初にトラックが格納された。
次に補給が必要なナイトメアが全機収容される。
格納庫で、紅蓮弐式から降りたカレンや、トラックを降りた玉城に女性団員さんが飲み物を配った。
ゼロは飲み物を受け取らずに操縦室を目指す。
C.C.はチーズ君ぬいぐるみを両手で抱え、ゼロの隣を歩いた。

「予想以上にスムーズだったな」
「これも全て星刻達が仕掛けてくれたおかげだ。
優秀だよ、あの男は」

トラックを降りた神楽耶ちゃんと天子ちゃんを3人の団員さんが迎えた。
安全な別室に連れて行くのかな? どこかに案内するのが見えた。
ゼロとC.C.はエレベーターに乗り込み、あたしも隣に立つ。

「どうして彼らがクーデターを画策していると分かった?」
「私も同じ事をやろうとしていた」
「ECMや伏兵もか?」
「ああ。しかし、想定ルートのひとつに誰かが先回りして仕掛けを施そうとしていた」
「なるほど。その場にいた反乱兵から自白剤でも使ったか?」
「ギアスという名のな。
……あとは空だ。聞いた話を逐一教えてくれた」
「それは彼らも気づかない。筒抜けだな」

エレベーターは下へ下へと降りていく。
ポーンと小さく到着音が鳴り、扉が開いた。
最初に振り返ってゼロを見たのはディートハルトだ。

「蓬莱島の状況は?」とゼロが問いかけ、
「インドからの援軍はすでに到着しております」とディートハルトが答えた。

「あとは帰って合流するだけだが……天子様の方は?」と扇さんが聞いた瞬間、ドーンッ!!!と凄まじい衝撃に襲われた。
警告音がけたたましく鳴り響く。

「……敵襲!?
先行のナイトメア部隊が破壊されていきます!!」
「止まれ! 全軍停止だ!」

扇さんはすかさず指示した。

《おかしい……!
敵軍と遭遇するにしても、あと1時間は必要だったはず。
読んだ奴がいるのか? こちらの動きを!》

「ナ、ナイトメア?」
「ズームだ! 早く!」

いちじくちゃんがフロントガラスに前方の映像を拡大表示させる。
土煙で隠れて、確認できるのはナイトメアのシルエットだけだ。

《空!》
《行ってくる!!》

出せる全速力で飛ぶ。
土煙が消える前に到着した。

初めて見るナイトメア────真新しく艷やかな濃紺の機体だ。
黄色の仮面を装着して、胸には白色の宝玉が埋め込まれている。
紅蓮弐式と同じ飛翔滑走翼で滞空している。
急いでコクピットに頭を突っ込んだ。
長い髪をポニーテールにしたシンクーさんが操縦している。

「これでまだ出力40%……。
大宦官め、なんてものを……!」
《ゼロ!! 破壊したのはシンクーさん!!
出力40%って言ってる!!
どう攻撃してくるか分からない!!》

伝えるのに必死だった。
あたしを置き去りにしてシンクーさんのナイトメアはあっという間に斑鳩へ飛んでいく。
『神速』────そんな文字が頭をよぎった。
速すぎて追いかけるだけで精一杯だ。
シンクーさんは迎撃に出た機体を容赦無く攻撃した。
ゼロに伝えられる情報は多分無い。

《ごめん。速すぎて何も言えない》
《いい。よく行ってくれた》
《戻るね》

斑鳩に帰還すれば、入れ替わりで紅蓮弐式が発艦した。

「いけー!! やっちまえカレン!!」

玉城が声援を送るのが見えた。

「無茶です! 補給前だったのに!」
「心配すんな! あの紅蓮は、ナイトオブラウンズとも互角に戦ったんだぞ!」

玉城と団員さんの会話だ。
補給前と聞いて、エナジーが切れたランスロットを思い出す。
あの時はゼロがエナジーフィラーを持って行ったからスザクは助かったけど、今回は違う。
外で戦っているのは紅蓮弐式だけ。
他に出撃できる機体が今は無いんだ。
あの時のランスロットみたいになったら……と思ってしまう。
怖くて不安で落ち着かない。嫌な胸騒ぎがした。
壁をすり抜けてブリッジに入る。
ソファに横になっていたラクシャータさんが立ち上がっていた。
難しい顔をしている。

「……そうよ。作ったのはウチのチームだからね。
紅蓮と同時期に開発したんだけど、ハイスペックを追及しすぎてね。
扱えるパイロットがいなかった孤高のナイトメア、それが神虎 シェンフーよ」
「神の虎……名に相応しき神速だな」

パイロットスーツで待機している卜部さんと仙波さんも戦意が溢れてピリピリしていた。
C.C.はチーズ君を抱きしめながらモニターを睨む。

紅蓮弐式と神虎が荒野の中で戦っている。
拡大しても映像は鮮明だ。
輻射波動砲を撃つ紅蓮弐式に、神虎も業火のビームを放つ。破壊力は互角。
激しくぶつかり合い、生じた衝撃波が艦内を揺らす。

「なんて破壊力だ……」

扇さんだけじゃない、綾芽ちゃん達もあ然としていた。

「それがなぜ敵の手に渡っている!」
「インドも一枚岩ではない、ということでしょう」

憤るゼロに、ディートハルトは冷静に呟いた。
ラクシャータさんは忌々しそうに顔を歪める。

「マハラジャのじじい……!」
「ラクシャータさん! 弱点は無いのか!?」
「あのパイロットが神虎を乗りこなせていなかったらね。
あとは輻射機構が無いことくらい」

輻射機構────紅蓮弐式の片手にあるやつか。

「ヤツが飛ばしたハーケンを無効化して、それを利用して間合いを詰め、輻射波動を叩き込む。
おそらく、それが唯一の……」

仙波さんが呟いた後、言った通りの光景がモニターに映し出される。
紅蓮弐式が掴んだのは左腕のハーケン。
だけど輻射波動は叩き込めなかった。
右手の赤黒い閃光が消え、紅蓮弐式は落下する。

「カレン!!」
《エナジー切れだ!!》

神虎は右腕のハーケンを飛ばし、紅蓮弐式のコクピットを秒で巻く。
これじゃあ脱出できない!

『挟撃で神虎のワイヤーを!!』
『承知!!』

千葉さんと省悟さんの通信が聞こえる。
二人の暁が動こうとするも、神虎は鋭利な武器をコクピットに突きつけ、救助を許さなかった。

『このような真似したくはないが、私には目的がある。
天子様だ。天子様を!!』

“天子ちゃんを取り戻しにどこまでも追いかけて来そう”とは思ったけど、まさかその通りになるなんて……。

緊急事態を告げる音が大きく鳴り、モニターに周囲の地図がパッと表示される。
下を埋め尽くす無数の黄色マークと“後方警戒 特級”の文字。

「後方より中華連邦軍、大部隊です!」

激しい集中砲火と共に現れ、土煙が巻き上がって映像を不明瞭にする。
武器を突きつけたまま、神虎は後方目指して飛んでいく。

《カレンが!!》
「捕まった!」
「中華連邦軍にか!?」
「カレンを連れて行くんじゃねぇーーーーー!!!」

遠くで玉城の怒鳴り声も聞こえた。

ゼロは手元のキーボードを操縦する。
モニターに“音声通信 交信中”と表示された。

「カレン! 無線はまだ生きているか!?」
『す、すみません! 失態を……』
「そんなことはいい!」

余裕が無い必死な声に泣きたくなった。

「諦めるな! 必ず助けてやる!
いいな! ヘタに動くな!!」
『は、はい! 分かっています!
諦めません!! これ────』

ザザッと雑音が入り、通信が切れた。
斑鳩にも砲撃の雨は降る。
中は揺れているけど艦体は無傷だ。
以前、ラクシャータさんに聞いたことがある。
輻射波動機構が展開して、全ての砲撃を防いでいると。

「斑鳩を回頭させるんだ! 今すぐ!!」

扇さんの指示に、ディートハルトが立ち上がった。

「私は撤退を進言します」
《はぁッ!?》
「なぜです!? カレンを取り戻さないと!!」

声を荒らげる扇さんと違い、ディートハルトの顔つきは普段と同じ。
冷静な表情だ。見ていると怒りの感情が噴き出してくる。

「紅月カレンは一兵卒に過ぎません」
「見捨てろと言うのか!?」

南さんも激昂した。

「皆さん、これは選択です。
中華連邦という国と、ひとりの命……比べるまでもない」

中華連邦は攻撃の手を緩めない。
激しい砲撃の音は今も絶え間なく聞こえてくる。

「ここは兵力を温存して、インド軍との合流に備えるべきです」

説得する声音で言った後、ディートハルトはゼロに視線を向ける。
熱い眼差しだ。

「ゼロ、ご決断を。紅月隊長には先程おかけになった言葉で十分です。
これ以上は偏愛、贔屓と取られ、組織が崩れます」
「……ッ!
しかし……!」
「情けと判断は分けるべきでは?
大望を成す為には、時に犠牲も必要です」

目の奥からカッと熱が吹き出す。
怒鳴りそうになった口を慌てて塞いだ。
判断するのはゼロだ。あたしは何も言っちゃいけない。

ここでカレンを見捨てたらもう二度と会えない気がした。
助けてほしい。カレンを助けて!
目をギュッと閉じてひたすら祈る。

バサッ、とマントがはためく音が聞こえた。

「決着を付ける! 全軍反転せよ!!」

冷酷な進言を跳ね除け、ゼロは命令する。  

「なぜです!? 組織の為にも!」

ディートハルトは大きく動揺する。
ゼロに拍手喝采したくなった。

「インド軍が裏切っている可能性もある」
「それは……」
「千葉と朝比奈に鶴翼の陣を敷かせろ!
星刻に教えてやる。戦略と戦術の違いを!!」
「あ、ああ!」
「ありがとう! ゼロ!!」

南さんと扇さんは安心した笑顔を見せ、それぞれの持ち場に急いで戻る。
卜部さんも微笑んだ。

「『切り捨てるという発想だけではブリタニアには勝てない』だったな、ゼロ」
「ユニットの交換が終わり次第、出撃の合図を。我らはいつでも出れるぞ」

仙波さんと卜部さんは急ぎ足でブリッジを出ていった。

《ゼロ、あたしも行ってくる。
カレンがどこに運ばれたか確認するね》
《ありがとう。
その後は星刻に張り付き、あちらの指揮を逐一報告してくれ。
気づいた事も全てだ》
《了解!》

斑鳩をすり抜け、神虎のようなスピードで空を駆ける。
紅蓮弐式をワイヤーで宙ぶらりんしたままの神虎と並び、敵の本陣に飛び込んだ。
格納庫に中華連邦の軍人が待機し、下ろした紅蓮弐式を固定台に取り付ける。
中でカレンはゴロンと横になり、無心を努めているのか瞑想している。
無傷でホッとした。
確認してすぐ、神虎のコクピットにお邪魔する。

「地形は高低差が少なく、お互い、地理的優位は望めない。
加えて、敵の軍は急ごしらえ。
指揮系統はゼロに集中させるしかない。
しかしナイトメアフレームの性能は敵が勝る。
全軍に通達せよ。神虎を前面に押し立てての中央突破だ!」
《ゼロ!
こっちは神虎を前面に押し立てて中央突破!》

今度は置き去りにされないよう、コクピット内に留まるのを強く意識する。
出撃した神虎は風を切って飛行する。
空は濃い黄色だ。
斬月が荒野から飛び立ち、こちらに向かって斬りかかってくる。
神虎は手首からワイヤーを射出し、高速で回転させて暁の斬撃を防いだ。

「第3竜騎兵隊! 射程ではこちらが勝る。
砲撃しつつ、突進せよ!」

指揮内容をゼロにそのまま伝える。
外の光景だけじゃなく、神虎のコクピットのモニターにもちゃんと視線を向ける。
中華連邦は黄色、黒の騎士団は赤色。
色分けされていて分かりやすい。
黄色の本陣は戦車型、赤の本陣────斑鳩は戦艦型。
シンクーさん率いる先行部隊は黄色の三角形。
対する騎士団の赤色は、斑鳩の前に展開する陣は長方形、左右に分かれた陣は正方形だ。
黄色の本陣の前に3つの黄色正方形が配置されている。
動いているのはシンクーさんの先行部隊だけ。

外の状況もしっかり見る。
斬月の剣撃を、神虎は高速回転させたハーケンで防ぎ続けている。
その間、地上の敵は荒野をひたすら突き進んでいく。
次にコクピットのモニターの表示を見る。
黄色が中央の赤色を突破し、またまだ進んでいく。

「敵艦正面、天任区画を抑えろ!
敵軍、左右両翼は無視していい!!」

指揮内容をそのままゼロに伝えた。
突破はされたものの、左右の赤色は無事だ。
左右両翼は無視していい、のシンクーさんの指示に従い、敵は突き進んでいく。

赤色の左右の陣が形を変える。これはゼロの指示だ。
画面中央、シンクーさん率いる先行部隊の黄色を包囲していく。
三角形の黄色は形を変え、突き進む黄色と神虎に分かれた。

『星刻! 天任区画は抑えたぞ!!』
「よくやった!!
敵はこの神虎が一手に引き受ける!」

武将らしき人の通信、初めて聞く声だ。
天任区画?に何があるんだろう。
会話内容をそのままゼロに報告した。

《天任区画……ここで仕掛ける気か。
条件はクリアした。
総力を上げ、神虎のエナジー切れを誘う。
星刻を抑えればこちらの勝ちだ》

地上で神虎と斬月はお互い一歩も引かずに斬り合っている。
モニターの赤色が増えた。
騎士団の本陣から、20以上の赤い丸が続々と現れる。

「援軍!?
総力を上げて潰しに来たか、ゼロ!!」

シンクーさんにとってはマズイ状況のはずだ。
なのに、彼は歯を見せてニッと笑う。
狙い通りになって喜ぶ表情。

《ゼロ!
騎士団の援軍にシンクーさんが笑ってる!! 何かするかもしれない!》

援軍の赤い丸がシンクーさんを潰そうと迫る。

「第1竜騎兵隊! 爆破せよ!!」

その指揮内容も即座に伝えた。

《爆破……運河の決壊か。
それが星刻の策。
ふふふ、水量は減らしておいたんだよ》

すごく悪い笑みを浮かべているような声だった。

《先手を打ってたの!? すごい!》

運河の決壊、と聞いたら物凄い脅威だけど、水量を減らしているなら戦闘に支障は無さそうだ。
シンクーさんは操縦桿を素早く動かし、神虎は急上昇して地面から飛び立った。
モニターを食い入るように見つめる。
ナリタ連山の土砂崩れの時と同じスピードで、運河の水を示す紫色が画面の半分以上を染めていく。
斑鳩含め、全ての赤色が巻き込まれている。
モニターを凝視しているから気づいた。

《運河の水の、紫が……。
……黄色を避けて流れてる!》

紫色の被害を受けているのは赤色だけだ。
シンクーさんの先行部隊が今いる場所、天任区画? そこは無事だった。

「取るに足らぬと考えたな。
ゆえにゼロ、君の負けだ」

勝利を確信した顔でシンクーさんは微笑む。
コクピットから地上を見た。
水量はナイトメアの膝下の高さ……だけど、ズブズブと沈んでいく。

《まさか、読んでいたのか?
私が決戦を挑むと! この布陣を取ると!!》
《ゼロ……!!》

決壊した運河が荒野を沼に変えた。
沈んで動けない騎士団を、天任区画にいる敵が狙撃する。

「我らに勝利をもたらすは、我が国の大地そのもの。
ゼロ! お前の負けだ!!」

モニターに
“天愕覇王荷電粒子重砲 砲撃”と表示される。

『まだ! 決着はついていない!!』

下から響いた藤堂さんの声。
斬月が死角から現れ、神虎を一閃した。
フロートで沼を脱出したんだ。
地上に向けた神虎の砲撃は、藤堂さんが攻撃したことで虚空に打ち上げられた。

「さすがは奇跡の藤堂!!
しかし! 敵の主力はここで止まった!!」

斬月を抑えながらシンクーさんは言う。

「全部隊、進軍開始!! 敵ナイトメア部隊は後回しだ!!
敵艦動力部に砲撃を集中! 対物理障壁も無尽蔵ではない。
勝利は我にあり!!」

その指揮内容もゼロにそのまま伝える。
モニターの表示が少し変化して、いつの間にか紫色が減っている。
沼が乾き、荒野に戻った箇所がいくつもある。
黄色の本陣を守っていた黄色正方形3つが動き始める。
紫色じゃなくなったところを、両翼に分かれて進んでいく。
包囲される!と思ったら、モニターの黄色が“撃毀”の文字になって画面上から消失した。
バッと顔を上げて外を確認する。
斑鳩のハドロン砲だ。
巨大な赤黒い閃光が両翼の敵を全て破壊する。
息を呑む災害だった。

「さすがだな、ゼロ!
まだ手を残していたとは……!!」

爆炎が上がる中、斑鳩は転回する。
宙で斬り合っていた神虎は斬月から飛び退いた。

「各竜騎兵隊は散開! 固まると狙われる!!」
《撤退する。戻ってくれ空》
《うん……!》

言われてすぐ、あたしも斑鳩に帰った。

 


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -