▼ 見るからにうそつき
バレンタインデーとは。
女性が男性にチョコレートを渡し、愛の告白をする日。片想いをする乙女にとって外せないビッグイベント、らしい。
去年も一昨年も驚いたが、日本には本命チョコ、友チョコ、義理チョコ、というものがある。クラスの友達は勇気を出して告白する!という信念のもと、チョコレート作りに励んでいるようだ。
私はといえば、特に誰に作ってあげようとは思わなかった。そもそも、日本とイギリスでバレンタインデーに対する認識が大きくズレているようだ。イギリスではバレンタインデーというのは、恋人達が愛を伝え合うもの。女性から男性にプレゼントをすることも珍しくはないが、どちらかというと、男性から女性にプレゼントをすることが多い。
そんなカップルのためのイベントは、恋人のいなかった私には全くの無縁で。日本に来てからも別に何かしようとは思わなかった。去年期待していた田中さん、西谷さんは物凄くがっかりしていたから、少し罪悪感はあったけど。
まあ、それは去年までの話で。2年生になってすぐ、蛍と付き合うことになったのでバレンタインデーは無視できないイベントとなった。甘いものが好きな彼ならチョコレートを渡せば受け取ってくれるだろう。だけど、彼はモテる。物凄くモテる。去年も両手に抱えきれない量のチョコレートを持っており、漫画みたいなことって実際に起こるんだ、と関心すらした。でも手作りは食べていないようなので、彼に聞いてみたところ、心底嫌そうな顔をされて逃げられた。後でこっそり教えてくれた彼の幼馴染は、「ツッキーは中学で色々あったから……。」と意味深な発言を残していった。
手作りはきっと貰ってくれないだろう。だからといって市販はどうだろう。バレンタインデーまでもう1週間を切った。そろそろなにか考えないと本格的にヤバイ。
「っていうか、chocolateじゃなくても……。」
イギリスではカードを添えて、花やワイン、シャンパンなどを贈るのが一般的だ。プレゼントはチョコレートに限らない。未成年だからお酒はダメだし、花は……そんな奴じゃないよね、うん。
考えてはみたものの、何一つ思いつかない。溜息を吐いて目を閉じた。仕方ない。明日なにか欲しいものがないか蛍に聞いてみよう。悟られないようにさりげなく。
「ケイ!なんか欲しいモノ、とかありマスカ?」
部活が終わり、暗い道を2人で歩いているとエレナが不意にそう言った。山口は嶋田さんのところにサーブの練習に行っているからここにはいない。いつもの他愛もない会話かと思えば、握られた手に力が入っているところを見るとそうではないようだ。
「なんでいきなり。」
誕生日はとっくに過ぎてるし、プレゼントも貰った。バレンタインデーは近いが、バレンタインといえばチョコでしょ。だったら別に欲しいものとか聞く必要ないし。
とにかく分からないから探りを入れてみることにした。
「なんでそんなこと聞くわけ?」
「エッ、ナ、なんとなく?」
「ふーん。誕生日は過ぎてるよ?」
「
I know!」
食い気味に言い返してきたエレナに違和感を覚える。焦ったりすると英語が飛び出すのはエレナの癖だ。何かある。そう思うけど、バレンタインくらいしか思いつかない。
「もしかして、バレンタイン?」
「う、あ、
It is not like that……」
この反応はビンゴか。もしかしたら日本とイギリスではバレンタインデーの概念が違うのかもしれない。エレナも言い逃れは出来ないと悟ったのか、口を開いた。
「バレンタインデー、イギリスでは、coupleのday……ダカラ。ナニカ欲しいもの、知りたくて。」
どうやら本当にイギリスでは違ったようだ。自分のために考えてくれていたのだと思うと、思わず口角が上がりそうになるが、ぐっと堪える。
「ねえ、君さ。弁当いつも自分で作ってるって言ってたよね?」
「え?あ、うん。」
「じゃあ、ショートケーキ作ってよ。」
恋人達の日なら、少しの我儘くらい良いんじゃない?
エレナは僕の好きな笑顔で
Of course!と言った。
見るからにうそつき バレンタインデーはあまり好きではなかったけれど、今年は今までで一番のイベントになるかもしれない。
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