帰る場所

暖かな午後の日差しが窓から差し込んで、銀時はふわ、とあくびをする。
ちょっと前までなら、こうやってごろごろしていると、白い目で見てくるメガネとチャイナ娘がいたものだが、その二人はもう独立してそれぞれ違う道を歩んでいる。新八は念願叶って道場を再興させ、一丁前に子供たちに剣道を教えているし、神楽はえいりあんハンターとして宇宙で暴れまわっている。最も、ときどき送られてくる手紙を見るに、成長したのは外見だけで中身は相変わらずのようだけれど。ちなみにどうでもいいことだが、新八は周りがびっくりするほどいい男に成長した。さすがあのお妙の弟、ただの地味なツッコミメガネではなかったようである。ほんとにどうでもいいことだが。


そして二人と入れ代わるようにいっしょに住むようになった恋人は、北のほうで起こったテロ事件の解決に引っ張り出されて、数日前から留守にしている。
第二次攘夷戦争と呼ばれる、高杉たちによる大規模なテロが起こったのはつい最近の話だ。佐幕派も攘夷派も、はては一般人まで巻き込んだテロは、多くの犠牲を出しながら、大混乱のなか収束した。その収束に一役買ったのが真選組で、テロのあと、成長したとはいえまだまだ脆弱だった真選組の立場はよりしっかりとしたものになった。後継も順調に力をつけていて、もう俺がいつここを辞めても大丈夫かな、と少し寂しそうに言った土方に、銀時はだったらいっしょに暮らそう、と半ば強引に万事屋に引っ張りこんだ、というのが土方がここで暮らすようになった経緯だ。だけど攘夷派のなかでもいちばん危険な勢力が事実上壊滅した(と思われている)とはいえ、その残党によるテロ行為はまだまだ続いていて、今回のテロもその類のものだった。ただ今回は少し規模が大きいらしく、最近は前線を退いていた土方も駆り出されることになったのだ。

だから一見だらだらしているだけのように見える銀時は、実は心配で気が気ではなかった。
まあ銀時の心配をよそに、久しぶりの喧嘩だと意気揚々と出かけていった土方には、そういうところは何年経っても変わらないと苦笑を漏らすしかなかったのだけれど。



万事屋を三人でやっていたころは、こうやって心配しながら誰かを待つなんてことはなかった。
むしろ銀時は心配をかけるほうで、たまに無茶をして大怪我をして帰ってくる銀時を神楽や新八が不安そうな顔で待っているのが日常だった。それは二人が銀時の強さを信用していないのではなく、新八に言わせれば、大切なひとが危険なところに行ってるんだから心配するのは当たり前です、ということらしい。そのときはそんなもんか、と思うだけだったけれど、今になってその言葉の意味がよくわかる。土方が強いのは十分知っているし、そうそう死ぬはずがないのも十分にわかっているはずなのだけれど、心配する気持ちは止められないのだ。いてもたってもいられなくて、できれば今すぐ土方のところに赴きたいと思うのだけれど、そうすれば絶対帰ってくると言った土方の言葉を信用していないことになるし、第一一般人の自分が行ったところで現場に近付くことすらできないだろう。神楽や新八はいつもこんな想いで自分を待ってくれていたのか、と少し申し訳ない気持ちになる。だけど銀時はどんなに文句を言っても必ず待っていてくれる二人に、感謝もしていた。あの二人が待っていてくれる万事屋は、確かに銀時の「帰る場所」になっていたから。




そこまで考えたとき、がらりと扉の開く音がして、銀時はがばりとソファから起き上がった。
玄関のほうを見ると、そこに立っていたのは土方で。
「事件の後処理とか、残ってるんじゃねーの?」
だけど銀時の口から出たのは、そんな素直じゃない言葉だった。
そんな銀時に苦笑して、土方は言う。
「ああ。すぐ屯所に戻らなきゃなんねえ。だけど今の俺の帰る場所は、ここだから」
だから一旦帰ってきた、ただいま、と笑う土方を、銀時は思わず抱きしめる。
「おかえり」
待っている時間はとても不安だったけれど、自分が土方の「帰る場所」になるのはそう悪いことではないと、戸惑う土方の肩に顔埋めながら浮かれた頭で銀時は考えた。


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