夜の静けさの中、息を切らせて走る。
一日中仕事をこなした体は疲れているはずなのに、それすら今は全く気にならなかった。
はやる気持ちのそのままに次々に足が前へと出ていく。
いつも通りのはずの家までの道のりがとても遠く感じた。
普段はマネージャーの車で家まで送り迎えをしてもらっているのだが、今日は少し寄りたい所があって駅で降ろしてもらったのだ。
それが裏目に出た。
こんなことなら、最後まで送ってもらえばよかった。
今更ながらに後悔を覚えるが、だって、しょうがない。

それを聞いたのはついさっきで。
マネージャーの車を降りてから目的の本屋に寄り、店を出た直後、携帯が震えた。
マネージャーから明日の連絡だろうか。
いや、確か明日はオフだったはず。
じゃあ、友人の誰かからの遊びの誘いだろうか。
元々、久々のオフになる明日は昼前までたっぷり睡眠をとってから、溜まっていた家事をこなしつつ、ゆっくりと過ごす予定だったので、悪いけれど誘いに乗るつもりもない。
しかし頭の中で断りの文章を考えながらポケットから取り出した携帯のディスプレイには、マネージャーでも友人でもない、全く予想もしていなかった人物の名前。

[青峰大輝]

「………は?」

あまりの衝撃に思わず携帯を取り落としそうになるのをどうにか堪えて、もう一度ディスプレイを見るが、そこにはやはりアメリカにいるはずの恋人の名前が表示されている。
彼がこの国を離れてからもう2年になるが、その間に連絡を寄越してきたのは、年末年始にこちらに帰る予定を入れてくる時ぐらいのもので、多分まだ両手で足りてしまう程の回数だろう。
もっとも、他に全く連絡を取り合っていないという訳ではなく、普段はネット通話などで事足りてしまっているからわざわざ携帯を使わないだけなのだけれど。
それが、何で急に、こんな時期に。
着信を告げる携帯のバイブレーションはもう止んでおり、どうやら電話ではなくメールだったらしい。
おそるおそるメール機能の中の受信ボックスを覗くと、新着メールが一通、そしてその差出人の所には彼の名前が。
件名はなし、開いてみないと内容がわからないというのが、また妙な緊張感を煽る。
意を決してそのメールを開けると、そこには絵文字もなければ句読点すらない、たった一行だけ。
けれど、衝撃を与えるには充分過ぎるものだった。

今日そっち行くから待ってろ

気付いたら足は走り出していた。




はぁはぁと乱れた呼吸が夜の中に静かにこだまする。
いきなり帰るだなんて、一体何を考えているのだろうか。
こっちにだって、次に会える時には彼の好きなものを用意して迎えようだとか、部屋も綺麗にしておこうとか色々考えていたのに、全部パァだ。
しかも、今日の何時に着くとかそういう詳しい情報もなし。
あれでは何のための連絡だかわかりゃしない。
もし家に着いた時に誰もいなかったらどうするつもりだったのだろう。
まぁ、合鍵は渡してあるから入って待っておくことはできるのだけれど。
色々それはもう沢山、彼に対して文句が浮かぶが、でもそんな間にも足が止まることはないのだから、自分もかなりほだされているんだろうなぁ、なんてどこか他人事のように考える。
その上それすら嬉しかったりしてしまうから、笑うしかない。
経緯はどうあれ、久しぶりに彼に会えるのだ。
思っていたよりも早く、しかもサプライズ。(本人にそのつもりがあったかは分からないが)
嬉しくない訳がない。
ようやく見えてきたマンションの自室に明かりがついているのを見て、思わず口元が緩んだ。

おかえり
(今は自分が言われる立場だけれど)

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なんだかんだでやっぱり好きっていう。

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