「あっちぃ…」
練習が終わった後の誰もいない部室。
練習中もずっと閉めきられていた部室の中は、体育館よりもはるかに温度も湿度も高く感じる。
汗でべたべたのTシャツを着替えようとここに来たものの、こうも不快指数が高いと何もしたくなくなってきた。
もう、ここで一眠りしちまうか。
そう思い、ベンチに横になった時、
「青峰っち!どんだけ待たせるんスか!」
ガチャ、とドアが開かれ、怒声と共に黄瀬が入ってきた。
あぁ、そういえば外で待たせてたんだったか。
さすがに俺が忘れていたなんて考えてもいないであろう黄瀬は、横になったまま起き上がろうともしない俺の格好を見て、さらに文句を言い始める。
「っていうか、着替えてもいないし!まさか、俺のこと忘れてたんじゃないっスか…?」
あれ、バレた。
珍しく察しの良い黄瀬に少し驚く。
けれど、わざわざ本当のことを言うほどイイコじゃないわけで。
「忘れてなんかねぇよ」
「…怪しいっス」
「あーもーうっせぇな、覚えてたっつってんだろ」
「本当にー?…まぁ、いいか。とりあえず早く着替えて、青峰っち」
「へーへー」
半分納得したようなしてないような微妙な返事だったが、あんまり気にしないことにする。
会話の間もずっと横たえていた体をようやく起こして、ほったらかしていたスポーツバッグを近くに引き寄せて、中から制服のワイシャツを取り出す。
適当にバッグに詰め込んだそれは、見事にシワだらけになっていた。
けど、そんなことを気にするほど、俺は繊細でも几帳面でもないのだ。無視無視。
少し汗が乾き始めて冷たくなったTシャツを脱いで、これもまた適当にバッグに突っ込む。
ワイシャツに袖を通し、ボタンを留めた時、それまで大人しく携帯をいじっていた黄瀬が、急に口を開いた。
「ってか、ここ異常に暑くないスか…?」
「あ?じゃあドア開けりゃいいじゃねーか」
当たり前のことを言ったつもりだったのだが、何故か黄瀬は信じられないといった顔をする。
「えっ!?だって青峰っちまだ着替えてるじゃないっスか!!」
……はい?
なんでこいつ顔赤くなってんの?そんなこと言ったか俺?
というか、そもそも。
「いや、外誰もいねぇし」
「……あ、」
ようやく勘違いに気付いたらしい黄瀬は、先ほどとは恐らく違う意味で顔を赤くしていく。
「そういえばそうっスよね!うわぁー!!はずかしー!!」
よっぽどこたえたのか、顔を両手で覆いながら、じたじたしている。
普段、人の感情や場の空気を読むのには長けている癖に、どうもこういう変なところで、コイツは頭が弱い。
まぁ、そんなとこも可愛いのだが。
「いやぁー、てっきり青峰っちが露出狂にでもなったかと思った」
前言撤回。
冗談だと思えないくらいに本気で安心したような顔をする黄瀬に無言で拳骨を落とす。
「いったぁ!何するんスか青峰っち!」
黄瀬は目に涙を浮かべて、ぎゃんぎゃんと文句を言っているが全て聞き流す。
これは俺でなくとも怒るだろう。
しばらくそのまま無視し続けていたら、言っても反応が無いことにあきらめたのか、そのうち黄瀬は大人しくなった。
やはり、暑いのは変わらないらしく、手をぱたぱたしてみたりして、どうにか涼をとろうとしている。
結局、ドアは閉められたままだから暑くて当たり前だろうに。
そんな、頑なにドアを開けようとしない所が何だかいじらしい。
ずっとこんな暑苦しい部屋で待たせるのもかわいそうに思えてきて、さっさと着替えてやるか、と制服のズボンを取ろうとした時。
何気なく視界に入った黄瀬が、カッターの襟元をぱたぱたしていて。
その隙間から、ちらちらと覗く鎖骨プラス胸元。
見えたり隠れたりを繰り返すそれらを見ているうちに。
必然、
抑えがたい何かが沸き上がってきてしまったのは仕方がないことだろう。
「え、うわっ!!!!ちょ、青峰っち!?」
バッグに伸ばしかけていた手を止めて、黄瀬の肩を掴みベンチに押し倒す。
突然、何の前触れもなく仰向けにされた黄瀬は、思考が追いつかないのか目を白黒させている。
「いきなり何するんスかっ!!」
「んなもん決まってんだろ」
当然のように言ってやると、黄瀬はしばらく考えるような素振りをした後に、ようやく理解できたのか、顔を真っ赤にしながら睨んできた。
そんな顔で睨まれても全く怖くなんてない。むしろ今はそれすら着火剤なわけで。
「あんた何考えてるんスか!?ここ部室っスよ!?」
「誰もいねぇんだから関係ねぇだろ。ドアも閉まってんだし」
「だからって…!!」
上に覆い被さった俺をどけようと、ぐいぐい肩を押してくるけど、どうやったって俺の方が有利。
でも、本気を出せば俺を突き飛ばすくらいできるだろうに、そうしないってことは半分了承してるってことなんだろう。きっと。
合意の上ってことなら問題はない。
まぁ、そもそもやめてやる気なんてさらさら無いのだが。
こちとら健全な男子中学生なのだ。
急には止まれない。
「ごちゃごちゃうるせぇよ」
「や、青峰っち…!!」
黄瀬の抵抗を押し退けて顔を近づけると、ぎゅっと閉じられる瞼。
ほらみろ、やっぱり満更でもねぇじゃねーか。
そんなことを思いつつ、唇にかぶりつこうとしたその時。
パシャッ
突然響いたシャッター音。
唇が触れるか触れないかのところで停止したまま、首だけを回して音のした方を見ると。
いつの間に入ってきたのか、とっくに帰ったはずの黒子が携帯を片手にそこに立っていた。
「不純同性交遊は家でして下さい」
さすがに驚き過ぎて何も言えない俺達に、そう言い残し、さっさと立ち去ってしまう。
一瞬のうちに起きた出来事に頭の整理が追い付かない。
けどまぁ、そんなに気にすることでもないか、と考えることを放棄して、続きをするべく再び顔を近づけようと、
「青峰っちのばかぁぁぁぁ!!!!!!」
「うぉわっ」
する前に黄瀬に突き飛ばされた。
「なに平然と続きしようとしてんスか!!く、黒子っちに見られたんスよ!?もう明日からどうやって生きてけばいいんスか!!!!!!」
真っ赤な顔で涙目になりながら何やら訴えてくる黄瀬。
いや、見られたどころか写真まで撮られてたけど。
そんなことまで教えてやったら本当に登校拒否しかねないから黙っておく。
「生きるとか、お前大げさ過ぎんだろ。テツなら大丈夫だって」
「何がどう大丈夫なんスか!!!!あー、だから外じゃいやだっつったんスよ!!」
「ほー。じゃあ外じゃなけりゃいいんだな」
「…え」
しまった、と言いたげな顔をする黄瀬に、にやぁと勝ち誇ったような笑顔を向ける。
「い、いや、そういうことじゃなくて…」
「さーて、さっさと着替えて黄瀬ん家行くか」
「だから違うんスよ!!!ってか俺の家なんスか!?」
黄瀬の文句には答えることなく、放り出されたままだったズボンを再び手に取る。
もう今日は泊まりで決定。
明日の朝飯が楽しみだ。
あ、でもまず着いたらすぐにエアコン点けるか。
そんなことを思いながら、まだどこか不満そうな黄瀬の手を取って、部室を後にした。
だって、しょうがない。
(好きな奴ほど、なんとやらってな)
次の日、黒子の撮った写真を見た赤司たちに、いじり倒された黄瀬が泣くハメになるのは、また別の話。
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真っ黒子が好きです^^