江戸を立つ土方と銀時の話 「…じゃ、そろそろ帰る」 「おう」 煙を燻らせながら土方は立ち上がった。緩んでいた帯を締め、ふと瞑った目を開けた瞬間に、もうそれは鬼の副長の目になっていた。 器用なもんだな、と銀時はそれをぼんやりと見ていた。 「さっきまであんなに乱れてたのにィ」 「最後の最後までそれかよ。はっ倒すぞ」 冷たい目線がなんだか懐かしい。こうして二人でゆっくり過ごすのは本当に久しぶりだった。そしてこれからも、しばらくはないのだろう。 ーー一応、恋人という関係ではあった。だが、今こうなってしまった以上、この関係はどうなるのだろうか。 「オメーさ…」 銀時が核心に触れようとした時。 「あの酒」 土方がそれを遮るように強く言った。 「……あの酒を飲む時ぐらいは、俺を思い出してくれるか」 独り言のような、懇願のような声だった。一見甘えているような言葉に聞こえるが、それはまるで。 「あたりめえだろ。思い出さねえわけがねェ」 「……そうか。万事屋、テメーとの関係は今日で終いだ」 ああ。 そう答えようと思ったのに、吐息だけが銀時の口から漏れた。予想していたが、やっぱりグサリとくるものがある。だが、痛いほどにわかる。目の前のこの男が銀時に別れの言葉を言わせないように、自ら引導を渡したのだと。 「…ほんとオメーは鬼だよなァ」 そんでもって、鬼のくせに優しすぎる。 「ふん。光栄だな」 目線は合わせられることなく、土方は歩き出した。銀時は思わず声をかけた。 「あの酒を飲みきって、オメーが帰ってきたら、また坂田銀時のこと好きになってくれるか」 「くだらねェ」 言葉よりも優しい声だった。 「人頼みにすんな。また惚れさせてみせろ」 「おーおー言ってくれるじゃねえの。っていうか、オメーそんなこと言って俺のことめっちゃ好きだろ」 「バカか」 「なァ」 最後くらい、甘えてもいいだろうか。 「…そら、好、きに決まってんだろ、言わせんな」 「ほんとオメー可愛いな」 「バカにしてんのか!」 キッと振り向いて睨みつけた土方は、美しかった。銀時は手を伸ばして頭を引き寄せて唇を重ねた。触れるだけの、軽いキスだった。 「…待ってる」 「……あぁ」 だからそれまでは。 「江戸を頼んだ」 お互いのことは忘れ、護るべきものを。 思いのほか、すんなりと手が離れた。ああ、大丈夫だ。自分たちは大丈夫だ。 「じゃあな、土方」 「おう、達者でな」 銀時。 小さなその声は、しっかりと銀時の耳に届いた。ーーまたぜってえ呼ばせてやる。そう思って銀時は土方の背中を見送った。 新しい江戸が始まる。 ***************** 公式を超える銀土はないと思いつつ… 2018.2.4 |