始まりのはじまり



しまった、と思ったのは最初の段階の方であった。奴の表情が笑いながらも何となく悲しそうに見えた瞬間からまずいとは感じていた。だが自分の性分もありーー銀時に話しかけることもせず土方は万事屋からそそくさと立ち去った。
後悔と戸惑いを持ちながら。




誘われたときは何かと思った。万事屋が家に来ないかと、男の俺を誘っている。偶然出会った呑み屋の席で、だ。今までにないくらい真剣な目で俺を見ている。内心戸惑いはしていたが、前からなんとなくこの視線には気付いていた。熱が帯びたような、真剣な目。今までは勘違い、思い違い、ましてや自分の妄想とさえ考えていた。…それがこれだ。
呑みなおすという名目で土方は了承した。銀時は安心したような、少しどきまぎしたような表情でいるものだから何となく居心地が悪い。二人並んで無言だったのはこの時が初めてだった。どちらからも声を発することなく、ただ黙々と万事屋に向けて歩いていた。

家に着けば何度か入ったことのある万事屋であった。変わっている事と言えば、妙に静かであること。
「チャイナはいねーのか」
ようやく声を発したが、かすれてしまった。緊張したような声が響く。
「…あぁ、今日は新八の家に泊まりだ」
いつもの万事屋の口調のようで何かが違う。違和感を覚えながらソワソワしながらソファに座る。隣に銀時が座った。とりあえず買ってきた酒を取り出し二人でちびちびと呑み合う。仕事の話やお互い抱える問題児の話をし合ったり、そこまではよかった。
「………………」
話が途切れた瞬間、なんとも言えない沈黙が続く。どちらも話そうとしない。お互いに向こうから来るのを待っている。
「あー、めんどくせェな」
ため息混じりに最初に口を開いたのは銀時だった。なにがだ、と聞き返す前に肩を押された。素直に後ろに倒れた。
「……な」
何しやがる、とも言えなかった。何となく予想していたことだった。真剣にこちらを見つめる目。ーー勘弁してくれ、と心底うんざりする気持ちが湧いてきた。そのままにしているとぎゅーっと強い力で抱きしめてきた。
「…おい、やめ」
「は、いやだ?」
笑い混じりに聞いてくるが、戸惑った色をしている。
「………嫌に決まってんだろ」
そう答えると、ますます作ったように笑ってそんなこと言うなって、と顔を寄せた。その真意がわかってしまい、顔を背けた。首筋に顔をうずめた銀時はしばらく無言でそのままだった。
「…帰りたい?」
「………あぁ、帰りてェな」
何となく本当で、何となく嘘だった。
「……そうか」
そう呟くとあっさり体を離し、ソファから降りた。どうしていいのかわからず、何となく帰る準備をした。
「……今日のところはお開きにしますか?」
半笑いの銀時が今度はソファに寝っ転がりながらそう言う。
「……あぁ」
今日はと言ったが、次なんかあるのか、と内心複雑な気持ちでいた。帰りたくはない。けれどどうしたらいいのかわからない。だがこのままも気まずい。
「…邪魔したな」
ぽつりと残すように呟いて静かに玄関まで歩いた。後ろから歩いてくる音が聞こえる。どうやら見送りには来てくれたようだ。
「じゃあな」
「あァ」
もうそう答えた向こうの声には土方への興味は薄れていたような気がして、なんだか苦しくなった。

自分たちの関係は、そんな薄いものだったのだと気付かされたようだった。別に特別な関係になりたいわけじゃない、ただ単に文句を言い合う仲間とも違う、だからと言って戦う相手でもないーー、
そこで土方は自分の思考に矛盾を感じた。結局、あいつをどこにも置けない存在にしようとしていた。
(大概、俺もやられてんな…)
俺も、というのは後ほかに誰を指しているのかと言うと、あの白髪頭のおかしい奴のことである。土方はあの日から数日経ったが、毎日のようにあの目を思い出す。真剣そのものの目。ーー情が篭もった目。
それを考えて背筋になんとも言えないものが走った。気持ち悪かったわけではない。むしろ不思議と、一瞬流されてしまおうかとも思った。その自分が嫌だったのだ。

「ー…さん、土方さん」
「…あ?なんだ山崎」
「あの…報告なんですけど、聞いてました?」
「聞こえなかった、もう一回言え」
それ、副長が聞いてなかっただけじゃん、という文句は黙殺し、もう一度山崎の声に耳を傾ける。
「かぶき町あたりで、攘夷浪士たちが不審な会合をしてるという報告が市民から入りまして、なんでも週に一度程度でやってるらしいのですが、それが…」
「今日の夜ってとこか?」
「はい」
どうしますか、と山崎が様子を伺う。答えは決まってる。
「一番隊と十番隊だけでいいだろ。総悟と原田に声掛けとけ」
「はい」
引き続き山崎には場所を特定してもらうように命令をした。山崎はなにか言いたげだったが、何も言わず部屋から静かに出て行った。
(かぶき町ー…か)
あれから、銀時には会っていない。見廻りでは行くが、どこか奴の縄張りはすぐ見廻りをしたら引き返してしまう。もう一度場所を考え、なんだか胸騒ぎがした。だが杞憂に過ぎないだろう、と切り替え土方は近藤に報告しに行くため腰を上げた。


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