目に沁みるほどのあか
最初に見えたのは真っ赤に染まった腕だった。その赤とは正反対に、顔は青白かった。なぜそんな姿でこのかぶき町にいるのか、というのを訊く前に銀時は腕を引っ張って万事屋に連れ込んだ。
「オラ、腕だせっての」
そう言われて土方はハッとしたようだ。今銀時に気づいたような反応である。
「……─あ?」
「いや、腕だせって。手当てしてやるから」
呆れたように言うと土方は眉をひそめ、いらねェ、と言った。
「いらねェわけねーだろ、その傷で」
「殆ど血も止まってる」
「いや、ダラダラなんですけど」
「別に大丈夫だ」
「顔真っ青だぞ」
「…てめーに助けられる義理がねェ」
「俺んち汚してんだから言うこと聞けや」
ちらりと今まで歩いてきた床を顎で指す。血が落ちていて、掃除するのが大変そうである。土方はぐ、と詰まったような声を出したかと思うと無言で左腕を差し出し、済まねェ、と小さく謝った。
「え、何いきなり」
「なにがだ」
「オメーが謝るなんざ、雪でも降るんじゃねェか?」
「………てめー…」
土方は恨めしそうに銀時を睨み付けた。はっきり言ってこの男に謝られるなど、不思議どころの話ではない。だからこういう憎まれ口を叩き合う方が銀時としては楽だった。
「……左腕で良かったな」
「…、そりゃそう頼んだからな」
隊服を脱がせながらふと言った言葉に返ってきたものは、沈黙を生んだ。
さっきから土方は心此処にあらず、と言ったように話している。
言わなきゃ良かったな、と少し後悔しながらもいつからあったのかよくわからない包帯を患部に巻き付けようとした時、銀時は違和感を感じた。
「おい、」
「……俺が、謝ったら気持ち悪いか」
問い質そうとした矢先に確認するような声が銀時の耳にかろうじて入ってきた。
「………あーいや、なんつーか、なかなか無いから、驚いたっつうか、意外っていうか、…うん、気持ち悪くはない、よ?」
なぜかしどろもどろになって答える。怪しまれただろうか、と表情を盗み見ると、土方は無表情で聞いていた。そしてただ一言、そうか、と呟いただけだった。
「俺は随分謝らない強情な人間だと思われているらしい」
「………」
自嘲した声が掠れて、すぐに消えてしまった。
違うのか、と冗談で問えるような空気でもなかった。
「別に俺ァそこまでガキでもねェし、間違いを誤魔化そうなんざ思ったこともねェ」
言い切った時に丁度包帯が巻き終わり、土方がそれを見計らい、立とうとした瞬間。
「──…っ、」
「おおっと、危ない危ない」
出血のせいで貧血を起こした土方が前のめりになって倒れそうになり、銀時がそれを体で支えた。
銀時の着流しを掴む土方の手が真っ白で、強い力で握られているのがわかる。貧血は相当ひどいようだ。
「…あー肩貸してやるからちょっくら寝てろ」
「っ、バカか、出来るわけ」
「いーから」
己の肩口に土方の頭を押さえつけ、ぽんぽん、とあやすように叩いた。
「……ちっ、」
「え?今舌打ちした?絶対したよね?」
「うるせー…」
少し借りる、と土方は意識を手放した。
「………、」
土方が眠りに落ちたことを確認した後、もう一度傷のことを考えてみた。違和感の正体を。
──あの傷は、腕の内側に真っ直ぐに走るように斬られていた。
そんな場所にそんな傷、相当油断していたか、
自ら差し出したかしかない。
『そう頼んだからな』
きっと、そういうことなのだ。
「──…ったく、オメーはよ」
呆れて物も言えない。この男の責任感は過ぎたものがある。自己犠牲だって近藤を始めとする真選組を護るためならなんだってするのだろう。
だがそれが周りを心配させ、傷つけるとは気付いていないのだ、土方十四郎という男は。
「もっと自分を大事に生きりゃあいいものを」
気付かれないように、ゆっくりと髪の毛を撫でた。
「──…邪魔したな」
起きた土方はおもむろに銀時から離れてふらりとしながらもしっかりと立ち上がった。まだ眠そうだったが、本人が行くと言った以上引き留めることもない。
「土方」
静かに呼び掛けると感情の読めない目がこちらを射抜いた。
「自分で自分を殺すような真似、すんじゃねェぞ」
「……ああ?」
驚いたような声が返ってきた。それはそうだろう、自分だってこんなに干渉するとは思わなかった。
やっぱりなんでもない、と訂正する前に苦笑するような、自嘲するような笑いが聞こえ、思わず口をつぐむ。
「生憎、生への執着は誰よりもあるもんでな」
優しい声だった。何も返せないでいると、土方は音もなく万事屋を出ていった。
──どうやら、杞憂だったようだ、と銀時はため息を吐く。
ふと振り返ろうとして感じた肩口に残る匂いに、銀時は思わず目を閉じた。
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傷ついた土方を坂田が介抱、っていうシチュがほんと好きだ
実は土方サイドで斬られるときのも書こうと思ったが長くなりそうだったのでやめた
曖昧な感じですいません