面倒なことになった。

土方は直感的にそう思った。
後ろについてくるこの少女は一体、どういうつもりなのか。

「……おい」
「何だヨ」
「何で、ついてくるんだ」
「悪いアルか」

悪いわけじゃあねえが、と口ごもった。危ない理由を此処で言うのは憚られる。さて、どうしたものか。

「俺と一緒にいると危ねェぞ」
「後ろについてきてる奴らのことアルか?」
「………」

わかってんじゃねェか、と悪態を吐きそうになった。そしてますます土方は内心面倒だと思った。わかっているなら何故、ついてくるのか。

「なら、早く帰れ。保護者が心配するぞ」
「ならお前も帰るネ。ゴリラが心配するアルよ」

眉間に寄っていた皺がもっときつくなる。

「…いいから帰れ。こいつらをこのままにはしておけねェ」
「じゃあ私も帰れないアル」
「はあ?」

大声を出してしまい、ふっと殺気が周りから感じられ、まずい、と声を低めた。

「何してるネ」
「テメーが変なこと言わなきゃ良かったんだよ」
「私のせいじゃないアル」

神楽はそう言うとつい、と目を細めた。

「マヨラ、わかっててあの人数相手するつもりカ」
「……、それがなんだってんだよ」

ついムキになったように答えてしまったのは仕方ない。そう言うと神楽はにかっ、という効果音の似合う屈託のない笑顔を見せた。

「依頼、するアル」
「………は?」

またしても耳を疑う。だァかァらァ、と間延びした少女の声がなぜだかあの銀髪のものに聞こえた。
そのくらいの、デジャブだった。
あの男も何かと依頼と言ってお互いの逃げ道を作るのだ。

「私が敵倒すの手伝うから、腹一杯なんか食わせろヨ」
「バカか、んなこと、」

異論を唱えようとした瞬間、もう彼女はそこにいなかった。あ、と思った時には数名の動揺と呻き声が聞こえた。──なんでこうも俺の周りにゃ話を聞ける奴がいないのか。土方は頭を抱えたい気持ちになった。

「なんだこの小娘は!!」
「真選組にこんな奴がいたのか!?」
「いるわけねーだろ」

土方が鍔に手をかけて言った。神楽も不快そうに鼻を鳴らした。

「残念ながら真選組は女人禁止でなァ」
「誰があんなやくざの仲間ネ!私は万事屋グラさんアル!」

言い終わるのと同時に土方が刀を抜いて三人を斬り、一気に辺りが血腥くなる。どうやら敵もあの夜兎の少女も人気のないところを選んでくれたらしい。さっきまで燻っていた衝動が、今にも暴れだしそうだ。

「生き残った奴にはどこの浪士か洗いざらい吐いてもらうぜ」

そこから体が勝手に刀を振り回し、ただ敵を斬ることが全てだった。だが、頭の中は異様に静かで、落ち着いていた。まるで、音もない水中にもぐっているかのような感覚が心地よい。
この心地よい時間はいつまで続くのだろうか、と土方はぼんやり思った。
神楽は跳んだ勢いに任せ、一気に五人ほど蹴り倒した。空いた手で周りの奴を殴り、一息吐く。
マヨラは全部片付けたか、と思った時、視界の端に小さな子供が見えた。まずい、と神楽は足を踏み出した瞬間。

「─……!」

もう訳もわからなくなった浪士が子供に斬りかかって行こうとする。向こうに行こうにも周りに敵が多すぎて進めない。
間に合わない、と神楽がすがるように手を伸ばした。
黒い物体がすごい速さで動くのが見えた瞬間、浪士は刀を降り下ろした。
一瞬、静寂が下り、子供の泣き声が聞こえてから神楽はハッ、と息を呑んだ。

「マ、マヨラ!」

子供の前には、肩から大きく斬られた土方が立っていた。そしてまた強く刀を握ると、呆気に取られてしまっていた浪士を斬った。子供に見えないようにしながら。

「──…大丈夫か」

土方が子供に目線を合わせて問うている。そして無理矢理走らせて、逃げろ、と囁くような口調で言った。子供が震える足で駆け出したのを見てようやく一息ついたところで痛みが襲ってくる。クラリと頭が回る。
これは久しぶりにやばい、と本能が警報を鳴らした。助けるためとはいえ、ここまで斬られてしまうとは、自分も堕ちたものだ、と自嘲する。

「鬼の副長とはまさしくだな、その傷でもまだ動けるとは」

相手には余裕が見えた。勝てる、と読んだのだろう。

生憎だが、死ぬ気はねェ。

そう言おうとして、自分が虫の息だった、というのに気付いた。声にならない吐息が絶え間なく出てきては短く吸い、の繰り返しだ。
それでも体は敵を倒すことに夢中だった。もうニ、三人斬ってから足元の血の海が目に入る。まだ800ccってくらいだ、あと200ccならいける、と無意識に計算される。だが土方は一般の男性が流していい血液の量を明らかに越えていた。
チャイナ娘の声もどこか遠くだ。あいつだけは逃がさないと、

そこで諦めかけている自分に気付く。だが体は諦めていない。必死に息をし、心臓もどうせは流れ出てしまう血液を送り出している。

まだ生きている。俺はまだ死ねないのだ。

近藤の笑い顔を思い出し、ギリッと歯を食いしばった。舌打ちが聞こえ、目の前から数人が斬りかかってくるのが見えた。来る、と思ったが恐怖なぞ感じなかった。
土方が刀を振り下ろす瞬間、視界に銀色が見え、世界が止まった。

「───…よォ、楽しそうなことしてんじゃねェの」
「銀ちゃん!」

うちの神楽ちゃんまで巻き込んじゃってさァ、と嫌みが聞こえるが、土方はそれどころではなかった。

「……、てめェ、何で、」
「うちの定春の散歩コースなんだよバカヤロー」
「…はっ、っ暇人か、ただの」
「ちょっと?銀さんいっつも忙しいからね?今日はちょっとなかっただけで」
「っは、嘘つけ、てめー…」
「あーハイハイ、その話はまた後でってことで…」

ビジネスと行こうよ副長サン、と嘯いた奴に思わず笑い、ガキにも同じことを言われた、と反論した。

「そりゃ、お金が一番だからな」
「……この、偽善者、が」

偽善者でけっこう、と木刀を振り回し、不敵そうに笑う。
土方も感覚が麻痺し、痛覚を感じなくなった体で必死に斬り続ける。向こうでは破壊音が聞こえてくる。数人斬ってから跳んで下がると、背中に体温を感じた。何気ない瞬間の出来事であった。

「で、いくらくらい貰えるわけ?」
「それは、歩合制だ」
「流石は副長サン、厳しいねェ」

前を向きながら話す。囲まれているのに危機感が感じられなかった。この男のせいだろうか、こんなにも戦場で落ち着き払っているなど。

死ぬなよ、と静かに呟いた声がかろうじて聞こえた。

「死んだら依頼料貰えなくなるだろうが」
「……はっ、上等だ」

この麻痺した体で何ができるだろうか。よくわからないが、この戦いはすぐ終わると確信に近いものがあった。思わず口角が歪んだように持ち上がる。


さァ、楽しい喧嘩の始まりだ。










****************



土方と神楽の話にしたかった+土方が斬られる話が書きたかったがためにぐちゃぐちゃに…


すいませんでした


鬼の副長は気力で倒れないような気がする












人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -