何故、とは訊けなかった。
いや、訊きたくなかった、というのが本音か。目の前にいる男は恨めしいほどに安らかに眠っている。叩き起こしてやろうか、とも思ったが起きたあとにどうしたらいいかわからなくなるのは自分であるとわかっていた。小さく息をつく。
「なんで、こんな──…」
ふと口をついた疑問は呑まれて消えていった。銀時の瞼が微かに震えたからだ。
「──…おー」
気のない声が起きたことを知らせる。いきなり先ほど悩んでいた自分がバカらしいと感じた。
「……帰る」
「おぉ、早えなまだ五時だぞ」
「隊士が起きる」
「……ああそう」
どうでもいいように欠伸をしながら銀時はいつもの黒い洋服を羽織った。土方もしわくちゃになったワイシャツをなんとか着て立ち上がる。そして見渡してズボンが見当たらず、銀時の方に振り返る。
「なあ、俺のズボ──…、っ!」
腕を引かれて世界が傾いたと思ったらまだ温かみの残るベッドに倒れ込む。一瞬、何が起こったのかわからず顔をあげようとすると、銀髪がちらりと見えた。起き上がろうとして両方の手が押さえつけられていることに気づいたのは、すぐあとだった。
「……な、」
んのつもりだテメー、と繋げようとした言葉が不自然に区切れた。紅い瞳と目があった。すぐ近くで。
しまった、と思うよりもはやく、ワイシャツが剥がれた。
「朝から盛んな!」
「別にいいだろ」
「良くねえ、仕事だ!」
そう言っても、銀時はやめる気配がなかった。直接肌に感じる熱に危うさを感じた。
「やめろ……っ」
「なに、いまさら」
銀時が多少なりとも驚いた、というような声で手を止めた。銀時は余裕そうに涼しい顔をしているのに、自分だけ息が荒れているということにも腹が立つ。腹が、立つのだ、この男にもそれをどこかで許してしまっている自分にも。
「…いきなり盛んなっつってんだよ」
「オレはそーゆー気分」
「ふざけんな」
「オメーだって…」
耳元に熱い吐息がかけられ、ビクリと反応してしまうが、それでも相手を睨み付けた。
「今日非番なんだろ?」
思いもよらない言葉に固まってしまい、動揺が走ったのがバレバレだ。どうして、いつから、という疑問が頭の中を巡る。
だがその疑問は口に出す前に終息していった。
「おたくの監察、口が軽いねえ」
「……、どうせテメーが脅したんだろ」
「人聞きの悪い」
これからこいつはどうするつもりなのだろう、今まで俺がずっと避けてきたことを指摘するつもりなのだろうか。だが今まで黙っていたんなら、このまま知らないふりすればよかったものを。
「なんで、嘘ついてたの」
ああ、と内心ため息をつきたくなった。このお陰で名前もつけられないような関係が終焉を迎える。そうしたら俺は。
「別に、嘘でもねェ。隊士が起きる前に帰りたいのは本当だ」
「ふうん」
答えた言葉はあっさりとした嘆息に消された。そしてまた手首を押さえる力に圧迫がかかった。もういい加減痺れてきた。
「じゃもいっこ質問」
「……なんだ」
「オレに聞きたいこと、あんじゃねーの」
息が止まった。この男は今、何と言ったか。聞きたいこと、だと?
「教えて、やろうか」
「……んなもん、ねェ」
「あ、そ」
そう言うと、銀時は首筋に顔を埋めた。制止する前に、チリ、という微かな痛みが走った。
「っバカ、痕つけんな」
「けち」
悪びれもない様子で本格的に事に及ぶつもりだ。──まあ俺も非番であるわけなんだが。
──…聞きたいこと。
無いわけがないだろう。
どうして意味もない所有印をつけるのか、わざわざどうでもいい嘘を暴くのか、
──どうして、俺を抱いているのか。
始まってしまった日の、耳元で囁かれた名前とか、温度、痛みすら覚えてしまっている自分にもほとほと呆れるが。
それは偶然始まったのか、必然的なのか、それをすべてお前に聞いたら、答えを聞かせてくれるのか。…否、お前もわかっているのか。
「……っ、よろず、やァ…」
「っ、そゆ声、やめろ、っつの」
流されることには慣れている、お互いに。
**************
終わり方がわからない…
二人とも知らないふりしてればいいよ